第三百二十九話 津軽沖海戦
津軽半島沖 大槌十勝守得守
よく晴れて暖かな日差しが降り注ぐも冷たい海風にさらされて寒い海の上。今日は比較的穏やかだが、毛皮を着ていても風が刺すようにいたい。
「カシラ、今日はあらわれますかねえ?」
「わからん」
わからんが今日を逃せば次いつ波が落ち着くかわからんからきっと来る。
「おかしらぁ!陸から狼煙があがっていまぁす!」
「やはり来たか!」
頭上からの声に思わず身体が熱くなる。
「どっちだ!?」
小浜の船なら攻撃するわけにはいかないが。
「緑の狼煙!小浜ではありませぇん!」
「よぉし、てめえ等!漁の時間だぁっ!しかし慌てるなよ?慌てちゃあ大物を取り逃がしちまうからなぁ」
「へへっ、わかってますってカシラァ」
前世はただの船員だったのにな、戦になるとこうも昂揚するのは元になった孫八郎の感情か、それとも前世の俺も実はどこかで戦狂いだったのか、こっちに来て戦狂いに染まっちまったのか。
「ま、何でもいいか」
「カシラ、どうかしましたか?」
「何でも無い。それより計画通り第一艦隊はこのまま待機、玄蕃率いる第二艦隊は先行して敵の後方に回り込むよう通達しろ」
手旗信号で第二艦隊に指令を送ると、直ちに櫂を海に刺し沖へと出て行く。
「よし。罐はどうだ!排水もどうだ!」
「問題ありません!」
「よし!罐をしっかり炊け!炭をケチるなよ!」
「合点!」
馬力は弱いし航続距離も短いがこれで自由に突っ込んでいける。実際使うかはわからないけどな。
「大砲はどうか!」
「全門問題ありません!装薬も問題ありません!」
「よし!これより海龍作戦を開始する!総員戦闘準備!」
阿曽沼の家紋を織り込んだ戦闘旗が帆柱に翻ると僚艦からも同じように戦闘旗が上がる。まあまずは停船させて臨検だな。抵抗するなら容赦しないが。
正午頃になってようやく敵船団を視認する。
「よし、まずは相手の足を止めさせろ!」
旗艦遠野型蒸気船、蒸気自動車の延長で外輪船にしたほうが構造上は楽なのは分かっていたが、波の荒い日本近海では出力が安定しないのがな。尤もスクリューシャフトからの浸水が馬鹿にならないが。端切れに油を染み込ませたものでは長期航海では染み込んでくるな。今後の課題だな。
「おかしらぁ!敵の船団が足を止めましたぁ!」
監視員から敵船団が帆を下ろしたと続く。
「よし!一応カッコにて臨検を行う。本船並びに砲艦は砲撃態勢で待機!」
数隻のカッコが敵船団に近づいていくと矢が飛び始める。
「投降もしないか。よし、手はず通り行くぞ!砲撃開始の旗を上げろぉ!全部は沈めるなよ!」
まあ戦いは生き物だからうっかり全滅させてしまうかもしれない。
「殿には悪いがな」
そういう間に大砲の射程距離に近づき、敵の雑兵等の顔まではっきり見えるようになる。初めて見る我らのスクーナーやこの蒸気船をポカンと口を開けて眺めている。
「右舷、砲撃戦開始!」
必中距離まで到達すると黒煙が上がり硝煙の匂いが海風に混じる。最初は何が起こったのか分かっていなかったような敵船が、慌てて進路を変更する。
「逃がすと思うか!帆を畳んで追撃する!他の船は左右に展開して包囲しろ!」
この先の第二艦隊が待つ海域にさながら追い込み漁の如く、敵船団を追い立てる。手漕ぎで逃げる敵船には速さでは劣るが、持久力はこちらが上だ。疲れて手が止まった船から仕留めていく。
「はは、カシラはえげつないなぁ」
「海の者として本来なら救助するべきであろうが」
「とてもこの船にはのりませんぜ」
「そうだな」
ここは心を鬼にして敵船を追撃する。
「かしらぁ!第二艦隊が見えましたぁ!」
「白兵戦の準備をしろぉ!」
「いよぉっしゃあああ!」
皆砲撃戦よりも気合入ってるな。わかるぞ。
「銛を装填しろ!」
「カシラ!敵船から小舟がきます」
「ちっ、まあいい上げろ」
殿から一隻は残せと言われてたし、頭は確保しておくか。
「俺は阿曽沼家海軍提督大槌十勝守得守だ。貴様は?」
「へ、へぇ、敦賀の川舟座、その座長の川舟屋当主川舟一郎太でございます」
さすがは商人といったところか、顔面蒼白ではあるが船に乗り込むや見える範囲をすべてつぶさに見ている。そして両手をもみながら口を開いてくる。
「その敦賀の商人が何故雑兵と思しき奴らを積んでいるのか」
「へぇ、これは大館の蠣崎様から依頼された品でございます」
商人に掛かれば人も商品に過ぎぬか。
「なるほどな、ではなぜ蠣崎は雑兵を求めた」
「戦があるとのことでして」
「ふむふむ、ところで貴様等が蠣崎をそそのかしたとも聞いているが?」
「はて何のことでしょうか?」
「一隻沈めろ」
川舟屋が惚けて見せたので見せしめに一隻沈める。
「もう一度聞く、蠣崎に肩入れしたな?」
「へへ、へい、そそ、その通りでございます」
「では如何するか分かるな?」
「ど、どう、とは?」
「やれ」
数門の大砲が火を噴き、さらに数隻の船が沈む。
「あわわ、い、命だけは……」
「ふむ、ではまず雑兵以外のありったけの荷と銭だ」
そう言うと慌てて川舟屋はありったけの銭と荷を運び込んでくる。
「おお、ずいぶんと米が多いな」
これだけの雑兵がいるのだからこの米の量も当然か。
「カシラァ、これだけ有ればだいぶ贅沢できますぜ?」
「殿もお喜びになるだろう」
「こ、これですべてです」
最後に銭函を甲板に積み上げていく。
「これでどれほどだ?」
「二千貫文でございます」
結構な大金じゃないか。
「ふむ、よいだろう。では貴様の乗っている舟を連れてこい。殿に会わせよう」
「は、ははぁ!」
恐縮して見せてはいるが口角が上がっておるぞ。銭の匂いを嗅いだかな。
「それと、このあと向かってくる舟はあるか?」
「へ、へい何分総数三千の雑兵でございますから、何度かに分けてございます」
「なるほどよく分かった。川舟屋の乗っていた舟を残し、すべて沈めろ!」
「へっ?」
「何を惚けておる。貴様が命だけは助けろと言ったでは無いか。貴様の命と舟の一隻だけは残してやると言ってるのだ」
第二艦隊も加わって一方的に砲撃と火矢を打ちかけていく。
「恨むならこの阿曽沼を相手に戦をしようとした蠣崎と、それに乗じて儲けようとした川舟座を恨むのだな!」
津軽海峡の手前で燃え上がる船団に向けてつぶやく。
「カシラァ!玄蕃殿から蠣崎を攻めぬのかと問いかけが来ておりまぁす!」
「まあ攻めたいところではあるが中途半端に攻めて降るようでは困るからな」
それでは借りを返せねぇからな。
「へへ、さすがはカシラ!俺たちなんかよりよっぽど悪ですなぁ」
「第二艦隊に通達、貴様等はこのまま残って次の船団が来るのを待てと」
「合点!で、俺たちはお役目終了ですかい?」
「心配するな、殿の御前に川舟屋を突き出したらまた来るぞ。まあとりあえずはこの米でも食うか」
「へへ、そう来なくっちゃね」
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