第三百二十六話 楽市楽座の検討

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 お抱え商人が二つになったわけだ。まあ住友の富士屋はできたばかりなのでどうなるかわからないけど。

 もっと商人たちを呼び込みたいなと思い楽市楽座について雪に話を聞いてみた。


「楽市楽座ね、たしかに織田信長が有名だけど、最初にやったのは六角定頼ね。観音寺城の城下町の石寺って言うところで始めたのがそうらしいわ」


 六角定頼か。たしか戦国初期というか俺と同世代か。南近江の雄で三好ともがっぷり組み合った巨人だな。


「ふぅん、なるほどなぁ。一度六角定頼に会ってみたいな」


「確か永正十五年に還俗して家督を継いだはずだからまだどこかのお寺にいるはずよ」


 永正十五年か今が永正七年だからあと八年先か。


「そうか……じゃあ後で左近に調べてもらうか」


 もし話が合うならいいなぁ。


「あとは今川氏真も楽市令を敷いて信長の楽市楽座令に影響を与えたとか」


「そうなの?」


「そうらしいわ。詳しくは知らないけれど」


 そうなると今川氏真ってそんなに無能ではないように思う。桶狭間で今川義元と重臣らが討たれていなかったら、後を継いで無難に治めてたんじゃないだろうか。


「それはそうとして、楽市楽座ってどういうものなんだ?」


「そうねぇ、どこで商売してもいいし座に属さなくても商売ができるってやつね。楽市はそれまで決まった場所にあった市以外でも商売していいよってやつだし、楽座は座に関係なく商売して言いよってやつね」


 自由経済ってことか。流通が発達していない貨幣も浸透していないこの時代の遠野で下手に自由競争をやらせてどうなるだろうか。碌なことにならない気はするし人が増える可能性は今のところどうだろう難しいかな。


「楽座の最大の問題は宗教勢力と敵対関係になり得ることね」


「ああ、座は寺社がもってるからそうなるな」


「最終的に秀吉によってある意味協同組合な座が解体されて江戸時代の御用商人などの大店がでてくるようになる訳ね」


 なるほど資本の集約がおこるわけだ。弊害はあるけど近代化には必要かもな。


「それはそれとして宗教勢力を弱体化させないと近代的な経済は作れないわよ?」


「それはそうか……。難しいな」


 宗教勢力に商業が規制されては産業が発展しにくいから、ここで寺社勢力の力を削いでしまわなければならないか。まあこの奥州の田舎なら見逃されるとは思うが、他にも真似するものが出てくるかもしれぬな。それならそれでいいか。


「ある意味武家を打ち倒すより難しいと思うわ」


 真綿で首を締めるようになんとかできぬものだろうか。


「一番簡単だけど損害も多いのは信長がやったような直接的な対応ね」


「他の手は?」


「家康がやったように寺請制度とかする?」


「寺請制度ってのは檀家制だっけ?」


「宗門人別改とか檀家帳とかの戸籍管理と結婚とか旅行で村を離れるときの手形を発行するのを担った制度よ」


「ほぼ役所なわけだ」


「そうね。だからお寺によっては廃仏毀釈でひどい目にあったりしたわけね」


「あれも寺だけが一方的に被害者って訳じゃないって聞いていたけど、そういうことか」


「あと寺請制度はキリシタン対策でもあったわけね」


「宗門人別改だと菩提寺に属するからキリシタンが炙り出されると」


 はぁ、家康はよく考えてるなぁ。とても思いつかないぞこれ。


「それと菩提寺と檀家になったお陰で檀家に寺院の維持費を出させることが出来るから幕府とかが費用負担しなくて済むのよ」


「費用負担も民に投げたってことか。寺からすれば座のかわりの安定収入源を得たわけだけど、質の悪い住職が来たら民は大変だな」


「その結果がさっきも言ったけど廃仏毀釈運動の地域差に繋がるんじゃないかしら」


 なるほどな。それだけではないだろうけど、そういうこともあるだろうというのは納得の行くところだな。明治時代に寺の力が大きく削がれたのはこういうこともあったのだろうな。


「ただいきなりこれを導入できるかと言われたら難しそうだな」


「殿の目指す国家のあり方は多分明治維新政府でしょう?だとどこかで大きく寺社勢力を弱体化させなきゃ行けないんじゃないかしら。キリスト教を広める?そうすればある程度寺社を弱体化できるかもしれないわ」


「この時期のキリスト教は危険だから制限せざるを得ないし、一向宗も有るから信教の自由は難しいな。まあ今すぐ答えが必要ではないしゆくゆく考えていくよ。ありがとう」


 結局信長みたいな軍事力で破壊する役回りは誰かがしなくちゃいけないのだろう。本能寺の変みたいに返り討ちに合うかもしれんな。まあしょうがない。


 手を叩いて部屋の外で待機していた左近を呼び入れる。


「すまぬが、六角の後継ぎとその兄弟について調べてくれぬか」


「どうなさるので?」


「上方の雄たる六角と誼を通じておきたい」


 といってもこちらは陸奥の田舎国人であちらは近江守護。家格が違うので門前払いされるかもしれないがな。うまくいくなら大内とあわせて何人か学びに行かせたいな。


「六角と仲が良ければ甲賀衆や伊賀衆らとも縁を持てるかもしれぬし」


「そうなるとわれらは?」


「心配せずとも今まで通りこき使うさ。しかし如何せん保安局も人手が足りぬだろうし、他の流派に学ぶのも見識が広がって良いことだ」


 保安局も規模を拡大させたいし、技術の向上も目指したいし。


「まぁそれは……そうですな。しかし甲賀衆も伊賀衆も我らのところに来るでしょうか」


「この地は上方からはあまりに遠い。そうそう来るもの好きもおるまいが、後々のために縁を持っておくのだよ」

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