第三百二十四話 幕臣をお迎えする支度をします

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 稲刈りが始まった遠野盆地を背景に評定が開かれる。


「京など上方で雑兵を集めて居ると清之から報せが来ました」


 清之からの文を父上等にも見せる。


「それと朝廷から私を正七位下陸奥大掾にするとも来ております」


 そう言うと父上らが盛大に吹く。


「ごほごほ!そっちのほうが重大事ではないか!」


 官位では飯は食えないんだけどな。まああればあったで助かるけれど。しかしお礼にまた金銀を送らねばならん。困ったものだが仕方が無い。それはそれとしてだ。


「何を言うのです。我々は武士であります。武士であればまず戦に勝つことが求められましょう」


「いや、それはそうかもしれんが儂の少初位下が霞むのぅ」


 父上のぼやきは無視して話を進める。


「話を戻します。上方で三千の雑兵を雇って連れてくるということですので、これがすべて蠣崎の手にわたりますと当家はかなり苦しくなってしまいます」


「ではどうすると言うのだ」


「十勝守が沈めてくれるのを期待するしかありませんな」


 それでも全ては沈められないだろうから思ったより蠣崎討伐は骨が折れるかもしれない。かといって今から兵をだすと、冬になってしまうので間に合わない。


「敦賀商人に話をしてみてはどうだ」


 敦賀商人の勢いを殺せば朝倉も弱体化するだろう。そうすればますます上方があれるだろうから幕府が失くなるのが少し早くなるかもしれない。まあ一応歩み寄る姿勢くらいは見せてもいいか。裏切る商家も出てくるかもしれないか。


「では清之に敦賀商人と接触するよう仕向けましょう」


 保安局に文を持たせる。


「それともう一つ、幕臣の住友某とやらが当家を見たいとか」


「幕臣が?斯波や大崎に任せるのでなく直接見に来るのか?」


「そのようです」


 そんなに悪い事したかな。せいぜい斯波を事実上うちの傀儡にしたくらいだが。というか住友って住友財閥の祖先か?関係ない気もするし、そうでなくても幕臣とつながりが得られるなら大いに利がありそうだ。


「饗応の支度をせねばなるまい。出迎えは守儀、貴様がやれ。饗応は守綱にやらせる。太郎、お前は領内の各国人らが集まるよう指示を出せ。儂は泊まるところを準備しよう」


 幕府の遣いとなれば何人も同行してくるだろうとのことで慌ただしく支度が始まる。朝廷が勝手にとは言え、当家は幕府に伺いも立てずに官位を得てしまっているから少しでも心証を良くしておきたい。


「なんか大変なことになったわね」


「幕府の役人が一体何用なんだろうな」


「もしかしたらお金をせびりに来るのかもー?」


「有りそうだから困る。四条様への心付けだけでもこれ以上は厳しいのに」


 資本作りで高機も要請したけどこっちは無理ときたから明から直接手に入れるしかない。


「明との貿易で少し財政が落ち着くと良いなぁ」


「何か売るもの有るの?」


「刀とか売れないかな……それと、ああそうだ」


 懐から桐箱を取り出す。輸出品にできないかと思って作らせてみたやつだ。


「なんの箱?」


「開けてみて」


「何なのよ……って、これ……かんざし?」


「ああ、野田村で見つかったバラ輝石なんだが使い道がないからな」


 その奥には多分マンガン鉱山があるんだろうけど人手も足りないし今は諦めている。でもせっかく大きめのバラ輝石が見つかったので磨かせてかんざしにしたわけだ。


「せっかくだし着けてみてよ」


「う、うん」


 手鏡を見ながら下ろしている髪を団子に束ねてかんざしで固定していく。


「下ろしているのも良いけど、こういう髪も良いな」


「そ、そう?」


「そうねぇ、綺麗な黒髪に桃色のかんざしが良く似合っているわ」


 評定が終わるのを待っていたのか母上が現れる。食い物のとき以外も感度高くないか。


「ねえ太郎や」


「おねだりでしたら父上に言ってくだされ」


「はぁ、かわいい嫁には贈り物をするのに母は何もいただけぬと言うのですか。そんな親不孝に育てたつもりはなかったのですが」


 よよよ、とわざとらしく袖を目元に当てて泣いてみせるのはまためんどくさいな。


「かわいい妻であるから贈り物もするというものでございますよ」


「わぁ、雪義姉さまいいなぁ。にいさま、私もほしいのですが」


 母上の影から豊がひょっこり顔を出してねだってくる。


「やれやれ仕方がない。お前が嫁入りするときには作ってやるから勘弁してくれ」


「むーしょうがないなー」


「母にはなにもくれないというのですか?」


「あーもう!わかりました!良い石が見つかれば作らせます!」


「ならよろしい」


 そう言うと嵐のような時間が過ぎていく。


「すまんな」


「はぁ、まぁしょうがないよ」


 なかば諦観と言った感じだな。


「ところでファンデーションの原料って聞いてもいいかな」


「いいけど、ファンデーション作るの?」


「ああ、鉛だと危ないからな」


「ふぅん、まああんまり詳しくないけど粉タイプならマイカ、おしろいならグリセリンとタルクとか使ってるってきいたことあるわ」


 グリセリンは石鹸製造で出てくるな。


「タルク……滑石のことか?」


「ごめん、わからないわ」


「マイカは雲母か……」


 雲母鉱山は三河の設楽郡にある粟代鉱山が大きいが取りに行けないな。


「いや、ありがとう。とすれば蠣崎を落とせばファンデーションが作れるかもしれんぞ」


「え、そうなの?」


「ああ、これで雪に安全な化粧品を作ってやれそうだ」


「ふぅん、じゃあますますきれいになっちゃうよ?」


「望むところだよ」


 確定ではないが滑石、ということであれば松前に大きな鉱山があったはず。最盛期には国内の滑石産出の二割ほどにもなったと言うから量は問題にならないだろう。


「よしじゃあ頑張って蠣崎をとっちめないとな」


 しかしこうやって考えてみると戦国武将をしているのか鉱山開発しているのかわからんな。

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