第三百二十三話 雑兵集めに出くわしました

京 浜田清之


 浪岡北畠氏が大光寺南部に攻め滅ぼされたと言う報せは敦賀商人を経由して京に齎されていた。そして少し遅れて殿が大光寺を攻め滅ぼしたとも。そして殿からも同じ内容の文が齎された。殿はご活躍されているようで儂も鼻が高い。


「それで四条様、某にご用事とは一体如何なることでございましょうか」


「ほほほ、悪い話ちゃうからそんな固くならんでええ」


「は、はぁ、それは如何なるご要件で」


「ほっほっほ、お武家はんはせっかちやな。まあ湯でも出すさかい足伸ばしとくれや」


 そう言うがそんな脚を崩すなど出来るはずもない。出された湯を恐縮しながら口につける。


「それでな津軽の北畠はんが討たれたやろ?」


「そう伺っております」


 殿からもそういう内容の文を頂いた。


「津軽の北畠はんはあれで堂上家であてや山科はんらと懇意でな、南部を討ってやろうと息巻いてはる家も少なからずあってな」


「しかし殿からも北の御所様をお救いできなかったと」


「えらい火事やったって言うからな、それはまあしゃあない」


 殿のことだから何か細工をしたようにも思うがここでそんなことを言っては大事になるかもしれぬ。


「それはそうと大光寺とかいうのを討ったのを山科はんも喜んではってな、なんか褒美をやれんかと相談を受けたんやけど、阿曽沼の殿さんはなんか欲しい物あるんか?」


「であれば殿からの文で、西陣にあるという高機がほしいと」


「ほぉ、また珍しいなぁ。自分の官位などではなく、そんな物を欲しがるなんてなぁ」


「京のように何でも手に入る土地ではございませぬから」


 何でも手に入るが何となれば襲われかねない物騒な土地でもあるので気が休まらないけれど。


「ほほほ、それはそうやな。せやけど高機は西陣の連中が出したがらへんから無理やな。その代わりにや逆賊を討ってくれた褒美や。ついに阿曽沼はんも二十万石の一端の大名になりましたさかい、正七位下陸奥大掾を与えるっちゅう話になりましてん」


 正七位下、空耳だろうか。


「は、しょ、正七位でございますか」


「なんやもっと高い官位がよかったか」


 儂の声を不満と取られてしまったか。


「めめめ、滅相もございませぬ!不満などあるはずがございませぬ!し、しかし当家にそこまでしていただくとは」


「ほほほ、ならええねん。しかし最近は室町はんもあてにならしまへんからなぁ」


 そういえば大内周防権介は年が明けたばかりに近江へと兵を出して敗れておったな。それでは朝廷も大樹をあてにできぬか。


「ついでで申し訳ございませぬが、殿に代わってお願いが御座います」


「申せ」


「は、蝦夷を得る勅許を賜りたく」


「蝦夷か……ふむ、まあ構わんけどちょっと日にちもろてええかな」


「は、もちろんでございます。何から何まで御面倒をおかけいたしまするが、何卒よしなに」


「ほほほ、阿曽沼には期待しとりますさかいな」


 殿であれば期待以上に答えてくださるでしょう。


「では某はこれで」


 四条邸を辞して京の街を歩く。ふと雑兵を集める物の声が聞こえてくる。いつものかと思いきや行き先は蝦夷だという。


「すまぬ。蝦夷で雑兵を使った戦をするのか」


「お、これはお侍さんやあらしまへんか。そうなんですよ。阿曽沼とか言うぽっと出に蝦夷を荒らされるので討伐するための兵を蝦夷管領が集めてます」


 なんと、当家を攻めるためだとな!驚きつつもなるべく平静を装って話を続ける。


「ほぉう、それでどれほどの数を?」


「三千でございます。そうだ、お侍さんも如何ですか?飯も銭も出るようですよ。その上蝦夷に残るのなら開墾した土地を所領として認めるとも」


 確かに遠く蝦夷での戦だからか蝦夷までと戦の間の飯が与えられるとある。さらにどこで使うえるのか分からぬが銭もでるようだし、蝦夷に所領を得られるとなれば様々な者が殺到しているのも納得だ。


「ふむ、なかなかいい稼ぎにはなりそうだな」


「そうでしょう、そうでしょう」


「しかし蝦夷は遠いな。また今度にしよう」


 そう言うと興味がなくなったのか次の男に声をかけていく。


「しかしそうか、蠣崎は雑兵を集めておるか。これは殿に報せねば、保安局の者は誰ぞ居るか」


 そうつぶやくと近くに居た柴売りの女が声をかけてくる。


「お侍さん、うちの柴を買ってくれへん?うちのは火の付きがとってもええんやで」


「蝦夷の木でもよく燃えるか?」


「それはもう」


「では頂こう」


「ありがたいねぇ。急いで帰らなくっちゃ」


 そう言うと銭をくるんだ文を胸にしまい込み、人混みに消えていく。ゆっくりと市を巡り殿にお送りすべき書が無いか探すも之という物は見つからず、大宮様の裏庭を借りて造った京番所兼自宅に戻ると玄関先に初老の武士が待っている。


「何か御用ですかな?」


「貴方が阿曽沼様の?」


「如何にも京留守居の浜田清之でござる」


「申し遅れました、拙者住友忠重という者でござる。此度は阿曽沼殿にお願いがあって伺った」


 住友といえば確か幕臣のはず。一体拙者に何の用だ。


「ここでは何ですのでお上がりくだされ、湯くらいでしたらすぐにお持ちしましょう」


「これは忝い」


 湯を出してお互い一息ついたところで話を切り出す。


「それで拙者、いや阿曽沼にご用途は一体?」


 大樹からの命でござろうか。


「いやなに、戦と官位とで相争っているこの京にほとほと愛想が尽きましてな、聞けば陸奥の田舎でありながらずいぶんと栄えているところがあると聞き及びましてな」


「はぁ」


「幕臣としての生活も苦しゅうなりましてな。こう言うと後ろ指を指されるかもしれませぬが、武士と言えど銭がなければ生きて行けぬのです」

 

 そこで住友忠重殿が湯で喉を濡らし再び話し出す。


「それで倅と話しましてな、こう血なまぐさい武士をやめて商人として生きていこうと言うことになりましてな。もし阿曽沼殿が儂等の考えに合致する地であるなら店を構えたいと思っておるのです」


 なんと商人になりたいとな。しかし商人で言えばすでにお抱えの葛屋が遠野商会として仕えており、これは殿の判断を仰がねばならぬ。


「最近陸奥からずいぶんと質の良い銭が出回り始めたとも聞いております。某は阿曽沼殿が私鋳しているのではないかと思っておりましてな」


 幕府に私鋳しているのが気付かれたか。


「わかりました。しかし某の一存ではなんともできませぬので、紹介の文を用意いたします故少々お待ちくだされ」


 硯を取り出し、要点だけ記した簡単な紹介状を作成し、住友忠重に渡す。


「確かに頂きました。それでは……」


 そう言って住友殿が辞していく。


「保安局!先ほどの者の後をつけろ。殿に害を為すと思えば殺して構わん」


「御意」


 さてこの住友とかいう者は当家にとって、善き者となるであろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る