第三百二十二話 銅板はフジツボ対策になるそうです

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 糠部郡と津軽の大半を制圧し二十万石が見えてきた。しかし同時にかつて無く領が広がってしまったので迅速な対応ができかねる事態となっている。先の小湊館は増援が間に合わず陥落したのもそのせいだ。


「それで殿はいくつか常備の兵を作ると言うのだな」


 先日不承不承婚儀を挙げた守儀叔父上だが、その後は戸沢の姫を気に入ったのか機嫌が良い。


「何年も前から言っておったな」


 父上はいつも通りだ。


「はい。余裕が有るわけではありませんが、今のままでは兵を集めるだけで数日かかってしまいます。この先小湊館と同じように増援が間に合わず落とされる城がでてくるやも知れませぬ」


「兵が早く集まれば攻めるも守るも迅速になるからして悪いことではないな。しかし殿よ余裕はあまりないのはさっきも言っておったように自覚しておるのだろう?」


「ええ、勿論です。かといって今まで通り各村から募兵をしていては後手になり、却って損が増えるのではないかと」


 移入者管理のために戸籍もどきは作ったが役人が足りなくて遠野と大槌以外は結局ガバガバになってしまった。領土を広げながらというのは難しい。


「そうかもしれぬな。それで常の備はどのくらいの規模だ」


「概ね二千五百です」


「そんなものか」


「常に訓練をするとなるとこれくらいでなければ当家の蔵が証文であふれてしまいます。それをこの遠野、岩谷堂城、津軽、十勝に分散配置いたします」


 いざとなれば五千くらいは出せるかもしれないけど海軍もあるから目一杯は使えない。それに兵じゃないけど占領地域の警備を担当する憲兵の整備も始めなければ。


「そして糠部に錬成所を置いて兵の質を均そうかと思います」


「金がかかるのぅ」


 父上がぼやく。


「金はかかりますが、これで一糸乱れぬ戦闘ができれば敵の雑兵が多少束になったところで我らの敵では無くなるでしょう」


 指揮統制を確実に行うための通信方法も考えなければな。晴れた日中なら鏡を使ってモールスとかがいいかな。山の中とかでも使えないからイマイチかな。電波なり有線通信なり使えれば良いんだけどね。


「それと兵法を研究する学校を作ろうかと」


「兵法、武経七書をやるのか?」


「はい。それと当家なり他家なりの戦を調べて比較しより確実に敵を屠ることが出来るようにしようかと」


「なるほどな」


 ついでに効率運用のために今のうちに兵科も作ってしまおう。


「特に反対するところはない。守綱、守儀貴様らはどうだ」


「随分大胆な改革ではあるがやってみても良いのではないか」


「そうだな。もし問題があればその都度変えればよいだろう」


 とりあえず常備兵は作れそうだ。実際に運用が始まるには一年二年かかるだろうけど、軌道に乗れば他家を圧倒できる……かもしれない。


「では陸軍はこれくらいですね。次に海軍ですが、十勝守、船の整備はどうだ」


「最近少し帆の製作が早くなりまして順調でございます」


「何かあったのか?」


 帆が早く作れるようにって、織機なんて手を付けていないんだが。


「工場に出入りしている娘が地機を少し改良したようです」


「む、なんと。その娘を今度連れてきてくれぬか。話を聞きたい」


「わかりました。大槌に戻り次第手配します。それと一つお願いがございます」


「なんだ?」


「銅の板がほしいのです」


「銅を?どういうことだ」


 銭を作るのにも必要なんだが。


「船のフジツボ対策でございます」


 なんでも長期航海しているとフジツボなどが付いて一割ほど船足が遅くなるそうだ。これに対して銅を貼り付ける、あるいは塗りつければそういうことを予防できるという。


「もちろん良いぞと言いたいところだが、銅は足りておらん」


 どうぞと言うのは無理だな。銅だけに。


「ご安心を!そうおっしゃるかと思われましたので以前殿が仰っておられた田老をくまなく探しまして銅山を見つけましてございます」


「おい!そういう大事なことはもっと早く言え!」


 思わず突っ込んでしまったが、父上等皆そうだと言わんばかりに首を振っている。


「とは申しましても見つかったのがほんの五日前でございますから。明神岳の西側で銅と鉛の石を、北側で銅の石を見つけたと金堀衆が言っておりました」


 十勝守が得意満面である。まあ実際値千金の働きだから仕方が無いな。


「わかった。急ぎ精錬所を造ろう。んーでも銅板を使うのか……」


「長期航海出来れば海の向こうから銅を運んでくれば良いのです」


 一体何時それが実現するというのだ。まあいいけど。


「わかった。ただ銭の製造を優先するからな」


「はは、有り難く」


「父上等もよろしいか?」


「構わぬが、海の向こうとは外つ国から銅を買うのか?」


「そのようでございますな」


 チリの銅鉱山が手に入れば、この時代であればほぼ無尽蔵な埋蔵量だからなぁ。まあそれは置いておこう。


「左近、蠣崎の動きは何かあるか」


「は、どうやら蠣崎とつながりのある敦賀商人等を集めて何やら話をしたようでございます」


「詳細はわかるか?」


「申し訳ございませぬ。そこまでは……」


「いやわかった」


「何か気になるのか?蠣崎は蝦夷の交易をしておるのだから商人を呼びつけるくらい有るだろう」


 父上が当然の疑問を投げかけてくる。


「そう思うのですが……。左近、上方などで何か変わった動きはあるか?」


「今のところは」


「考えすぎかもしれんが、敦賀商人を使って何かしようとしているのかもしれん。十勝守、できれば敦賀商人の舟を一隻捕まえろ」


「どうするので?」


「色々聞くべきことがある」


「しかし当家がやったとわかればどうなるか」


「船団を組んでくるだろうから一隻だけ捕まえろ、あとは不幸な事故で沈むだろう」


 航海術が未発達なこの時代だ、運悪く海難事故に遭ってもおかしくはないだろう。


「降伏してきたら如何しますか?」


「無視して沈めろ」


「銭を払ってきたら?」


「銭を受け取って沈めろ」


「私掠しても?」


「構わん」


「承知しました。ではそのように」


 十勝守が口角を上げ平伏する。


「のぅ太郎よ一体何をするつもりじゃ?」


「無論、蠣崎討伐の支度でございますよ」


 何かは知らんが思い通りにはさせぬぞ蠣崎。

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