第三百二十一話 傭兵を手配します

勝山館 蠣崎若狭守光広


 まずい、まずすぎる。根城も大光寺もあまりに呆気なく阿曽沼に負けてしまった。まだ雪の残る時期に奇襲を仕掛けられた根城はまだやむを得ぬとして、自ら攻め入ったくせに阿曽沼の火を噴く仕掛けで当主が大怪我をしたせいで敗北してしまった大光寺など目も当てられぬ。


 あと一年くらいは余裕があると思っていた。こんなに早く目と鼻の先に阿曽沼が到達するとは思ってもいなかった。これでは当家への攻撃も思っていたより早く始まるかもしれん。


「殿、如何いたしましょうか」


「今更である。大館で迎え撃とう。しかし万一ということもあるでな、この勝山館も強化しておく」


 せめて時を稼ぐために阿曽沼に使者を送り、東蝦夷の阿曽沼領を攻撃するよう夷の奴らを唆そう。こんなことなら下国蝦夷管領を追い出さなければ良かったな。


「こんなことでしたら阿曽沼の湊を襲わなければよかったですなぁ」


 河野加賀守が乾いた笑みを張り付かせながらつぶやく。


「言うな!」


 そんなことは分かっている。しかしもうしてしまったことを後悔しても後の祭りだ。


「今できることをするしか無いのだ」


 加賀守が何かを思いついたようで、カッと目を見開く。


「殿、阿曽沼に遣いをやっているうちに商人を通じて野武士らを雇っては如何でしょう」


「そんな余裕はないぞ」


 なんせ米がとれぬのだ。


「なに勝った暁には蝦夷地の権益を分けるよう言えばよいのです。我々も整備しきれない夷との場所を商人に請け負わせ、売上の一部を運上金として治めるようにすればよいのです」


「なるほど妙案だな」


「そうですな、名前がないとわかりにくいですので、場所請負制と呼んでみては如何でしょうか」


 ここで阿曽沼に勝てなくとも追い払えれば蝦夷の権益をこの手に独占出来るか。そうすればいくらかの権益を商人共にくれてやっても十分益があろう。しかも今まで手が出せなかったところとも直接交易する場所ができる。商人共も直接夷共と商売ができる。お互い良いことであろう。


「よしその手で行こう。加賀守、そなたは急ぎ商人共を集めろ」


「はは!」


 そうして今滞在している商人らを集めて傭兵を集めるよう依頼した。最初は渋い顔をしていたが、勝った際の利を説いたところ皆前のめりに話を聞いてきた。


「殿様、少しよろしいでしょうか?」


「構わぬが、其方は」


「はは川舟座の頭分をやっております川舟屋の道川兵十郎でございます」


 川舟屋が軽く咳払いする。


「お話はわかりました。その此度の戦で活躍すれば場所請負制でしたか、それで蝦夷地の交易場所を我々が自由に開いても良いと言うことでしょうか」


「そういうことだ」


「阿曽沼が持っている十勝とかいう場所も我らが好きにして良いと?」


「無論だ」


 そう言うと少しばかり商人等が額を付き合わせている。しばらく眺めているとまとまったのかニタリと卑しい笑みを張り付かせてこっちに向く。


「そういうことでしたら、我々も出来る限りのご助力をさせていただこうかと思います」


「皆が快く助力してくれて儂も嬉しい。頼むぞ」


「「ははぁ!」」


 その後詳細を詰め、阿曽沼に対抗するため三千の兵を来年の春には連れて来るという話で纏まった。これで野武士といえど手持ちの兵は阿曽沼より多くなるだろう。なんなら目障りな夷共も諸共制圧してやろう。


「ふふふ、これで阿曽沼を恐れずに済むな」


「尤も、雇い兵がどこまで真面目に働くかわかりませぬが」


「なに逃げ出したところで熊か狼の餌食よ」


 熊や狼に遭わずとも、上方とは比べ物にならぬ冬の寒さで次の春まで生き残るのは無理であるし米は穫れぬから村を襲っても仕方が無い。であればごろつき共が居残ったところで問題はあるまい。或いは困り果てて儂等の足下にすがりついてくるかも知れぬし、そうで無い者らは征伐すれば良い。


「はぁっはっはっは!これで蝦夷での我らの地位は約束されたも同然だな!」


「その折には某に十勝を任せていただきたく」


「加賀守、貴様一番うまいところをほしがるとはなんたる強欲よ」


「くくく、お褒めいただき有り難く存じます」


 今まで夷の奴らにも辛酸を嘗めさせられておったがこれで勝ち目も見えてきた。蝦夷を制覇したら夷の中でも反抗的な者を先陣に阿曽沼に攻め込ませればおとなしい者が残り、豊かな阿曽沼も征伐できて当に一石二鳥というものだ。


「二十万石の阿曽沼領をこの手にできるとなれば檜山にも頭を下げなくて良くなるな」


「なんなら湊家も併せて安東を乗っ取ることもできましょう」


 両安東を得られればさらに戸沢や小野寺に由利の小勢共も我らの配下となろう。


「いやあ夢が膨らむのう」


「さらにさらにですよ、朝廷や大樹に供物を送れば官位や役職も得られることでしょう」


「おお!それは良いなぁ。西の大内に並ぶ大大名になれるやも知れぬ」


「流石殿、格が違いすぎる大内を目指されるとはお見逸れしておりました」


「何を言うか、男子たる者野心は大きく持っておかねばならぬぞ」


「いやはや全くその通りでございますね。殿が官位をもらった暁には某にも何か官位を頂戴できますようお願い致しまする」


「無論である!」


 そう言って持ってこさせた酒を呷るとことさら甘く感じた。

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