第三百二十話 側室の話が来ました

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 久しぶりに遠野に帰ったので評定を行おうと思っていたのだが来客が来ている。大光寺からの帰路で麻蒸の温泉に浸かってきたが、やはり汗臭いので蒸し風呂で汗を流し、服を着替えて書院に入る。


「待たせました」


 父上が応対してくれていたようだ。


「いやいや大殿様とこの地の酒を頂いておりましたゆえ全く問題ございませんでした」


「であれば幸いです。改めまして阿曽沼遠野太郎親郷と申します」


「しっかりした若殿でござるな。戸沢飛騨守秀盛と申す」


 一応父上に頼んで戸沢と接触を試みていたわけだがこうして出向いてきてくれるとは思わなかった。


「阿曽沼様の酒は旨いと小耳に挟みましたのでな、無理を言って参上した次第でござる」


「飛騨守様のお気に召しましたでしょうか」


「それはもう。この澄んだ酒もそうですが、びいるとかいう酒も苦味と口の中で弾ける感じがたまりませんな!ぶどうの酒も大変美味でありました」


「それは何よりです。ところで本題でございますが」


 和やかな空気が一瞬にして張り詰める。


「当家と盟を結びたいとのことでござったな」


「ええ、当家には敵が多いもので」


 元々敵対関係の蠣崎に十三湊などの宗主権を主張する檜山安東、家中が乱れているものの勢力拡大に積極的な小野寺らとも戦になるのは時間の問題。南に目を向ければ今のところ伊達領を狙っている大崎と葛西であるがいつこちらに牙を剥くかわからない。


 すこしでも状況を悪化させないよう戸沢と湊安東、それに大宝寺とそれに反抗している砂越氏や少し遠いが相馬にも文を送っている。今のところ反応があるのはこの戸沢だけだが。


「右を見ても左を見ても戦ばかり、まさに乱世でありますなぁ」


 父上が盛大に笑い飛ばすが笑い事では無いんだよなぁ。


「そんな乱世で有りながらこのような発展を遂げる遠野は素晴らしいでござる。そんな阿曽沼の若殿にお願いがござる」


「一体何でしょうか?」


「あの煙を吐いて道を作る機械、あれは素晴らしいでござるな。ぜひ当家にいただけないでござろうか」


「申し訳有りませぬが、当家の外に持ち出す気はございません」


 俺の返答を分かっていたかのように戸沢飛騨守が頷く。


「家臣となったわけでも無ければそうでござろうなぁ。ではかわりと言ってはなんですが、わが娘を貰っていただけぬか?」


 なんということでしょう。こういう誘いがそのうち来るとは思っていたが、いざ本当に来るとドキドキするね。


「正室はもう居りますが」


「葛西殿の猶子の娘っ子でござるな」


 よく知っているな。隠していないから良いんだけど。


「ええ。それで戸沢様の姫のお歳は?」


「今年で十七でござる」


 十七かこの時代なら適齢期なんだっけか。


「大変ありがたいお申し出ではありますが、私は嫡男が出来るまでは側室を持つ気がございませぬ。そうですねかわりに守儀叔父上は如何でしょうか」


 万一子供できちゃったら跡継ぎ問題が起きて面倒なことになりそうだし、そもそも子供も居ないうちから側室をもらったら雪がむくれそうだしな。

 

「守儀か。確かにあやつはまだ正室を持っていなし悪くないな。飛騨守殿、当主ではないが儂の末弟への嫁入りでは如何でしょう」


「いえいえこちらとしても阿曽沼殿との繋がりが得られるのであれば問題ございませぬ」


「しかしあの守儀叔父上ですから、嫌がりそうですね」


「はは、違いない」


 城主になったというのに独り身だと、醜聞もあるのでそろそろ身を固めてもらおうか。


「では近日中に顔合わせといたしましょう」


 こうして守儀叔父上の預かり知らぬところで婚儀が纏まった。



大槌 縫製所


 帆に使う厚い生地が織られている。毎日少しずつ機織りを行っているが一反織るのに一月以上かかってしまい、船の建造においてボトルネックになりつつある。そんなある日。


「あらお恵、それはなに?」


 船のような形で、真ん中に穴を開けた杼に糸を巻き付けている恵が声をかけられる。


「これかい?そりゃあ杼に決まってるじゃないか」


「杼?にしては変な形ね。なんでそんなもの作ったの?」


「緯糸を通すときに糸がズレてしまわないようにね」


「その変な形の杼でそんなにかわるのかしら?」


「まあものは試しってやつよ」


 実際に使用してみたところ、経糸に引っかかってズレる、ということがなくなったぶんはスムーズに機織りが進む。


「意外と良さそうね。私も使ってみて良い?」


「もちろんいいわよ」


 辰が杼を借りて機織りしてみる。


「へぇ、たしかに糸が引っかかりにくいわね」


 機織り上手と評判の辰も太鼓判を押す。機織りの女たちが指物師や大工の男どもあるいは夫に作らせようと言い出す。


「これで少し仕事が捗りそうね」


「そうね……」


「お恵?」


 満足していないといった表情の恵を辰が訝しげにみる。


「んーもう少し便利にできそうな気がするんだけどなぁ」


「杼が跳んだらいいかもねー」


「っ!それだぁ!」


 そう言うとたまたま居合わせた指物師見習いの海介の腕を掴む。


「え、今度はなんだ」


「海介あんた、ちょっと私の地機を改造してほしいの!」


「はあ、改造だぁ?」


「いいから!これができたら反物がたくさんできるようになるのよ!たぶん!」


 そう言ってあれやこれや指示しつつ織機の改良が始まった。

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