第三百十九話 津軽の制圧

油川城 阿曽沼遠野太郎親郷


 奥瀬安芸守の守る油川城に到着したときにはすでに砲撃が開始されており、油川の浜に停泊していたとみられるいくつかの船が横倒しになっている。


「派手にやっているな」


「儂等も負けてはおられぬな!」


 守綱叔父上が意気込んだそのとき、砲撃を受けて崩れた家から火の手が上がり萱を伝って次々と周りに延焼を始め、行軍を止めざるを得なくなった。


「これでは城まで行けぬ……」


「火が落ち着くのを待つしかないか」


 そのまま丸一日燃え続け、漸く消えたのは雨が降ってのことだった。まだ温かい灰の上を歩くと雨のせいか蒸し暑く感じる。そして油川城に近づけど人が居る気配がしない。


「ずいぶんと静かだな」


「殿、油川城城主奥瀬らですが、火事の合間に逃げたようです」


「どっちにだ?」


「蓬田城のようで、十勝守様が船にて追っております」


「蓬田城には使者を送っておるがどうなるか」


「おとなしく降ってくれれば良いですなぁ」


 毒沢次郎郷政の言うとおりだ。おとなしく降伏してくれればな。奥瀬らも降伏するなら命だけは助けてやるのだが。


 入城したところで左近が現れる。


「殿、奥寺某というものが殿への面会を求めてきております」


 奥寺?一体何者だ。まあ話を聞くだけは聞いても良いだろう。と思い案内させてきたら部屋に入る前から喧しい声が聞こえてくる。


「やれやれ、忙しいところすまぬな。儂は従五位上左兵衛佐様(浪岡顕具)の遣いとして参った。そこな小僧、頭が高い。控えろ!」


「なんだぁ?開口一番なめた口を聞きやがって、大光寺に呆気なく敗れた名門様は喧嘩を売りに来たのか?」


 守綱叔父上が青筋を立てながら言い返す。正直俺もイラッとしたけど、叔父上の雰囲気に少し気持ちを落ち着けることができた。ちなみに周りの武将らは皆今にも斬りかからんばかりなのは言うまでもない。


「遠野の成り上がりが図に乗るな!まあいい、我が殿である従五位上左兵衛佐様を浪岡にお連れするように」


「なにを偉……」


「承知しました。ところで左兵衛佐様は何処に?」


「小泊にある柴崎城だ」


 確かそこは安東の城だったはずだが、そこで匿われていたということか。


「なるほど承知いたしました。大光寺の征伐が終わりましたらお迎えに上がります。それまでに……そうですね、当家で造った酒を振る舞わせていただこうかと。米や味噌もお贈りいたしましょう」


「ふむ、小僧とはいえ当主だけ有って物分りが良いな。急いで向えに来るのだぞ」


「善処いたします」


 そう言うと、機嫌よく奥寺とか言う侍が帰っていった。


「おい神童!酒までやるとはどういうことだ」


 頭に血が上りすぎて呼び方が昔のになってる。


「叔父上、落ち着いてください」


「ここまで虚仮にされて落ち着いておられぬだろう!」


「まあ俺だってあれだけ舐められて怒っていないわけではないのです」


「なら!」


「左近」


 なお叫ぶ叔父上は置いておいて左近を呼ぶが、左近も表情こそ落ち着いているが青筋が立っている。こういうやつは怖いな。


「酒と味噌にケシの粉をたっぷり入れて柴崎城に運べ」


「それだけでございますか?」


「油も火薬も使って良い」


 左近の口角が曲がる。叔父上も意図を察したようだ。


「夏とはいえ火事が起こらぬ訳では無いからな。火の扱いにはくれぐれも気をつけてもらわねばならぬ」


「全く、火は恐ろしいですからな。では急ぎ取り掛かります」


 そう言うと左近は足取りも軽く城を出ていく。


「できればこの手で首を掻っ切ってやりたかったが」


「あれで村上源氏に連なる名門です。敵対して万が一にも朝敵とされては困りますので」


「火事で死ねば当家が悪く言われることもないと。……相変わらず悪知恵がよく働くな」


 呆れたように守綱叔父上が嘆息する。今となってはもはや意味ないかもしれないけど足利に敵対しうる奥州南朝方の筆頭だから、討滅したところで朝敵にはならないと思うんだけど、この津軽で叙爵されるような立場だからね。念を入れておきたい。


 奥寺とか言うのが帰った後しばらくすると蓬田城から降伏の使者が来る。奥瀬も抵抗しなければ命までは取らないということで降伏に応じたようだ。


 人質として正室と嫡男を遠野に送り、油川から浪岡に向けて進軍を開始する。


「浪岡御所は燃えてしもうたか……」


 道中は特に抵抗もなく、浪岡御所に到着すると一部が燃え落ちている。そして我らが入場すると周辺の百姓らが集まってきた。


「一揆か!?」


 皆が緊張する。


「なが阿曽沼の殿様だが?」


 早口で一瞬なにを言っているか分からなかったが、先頭で膝をついたご老人が懇願するように言ってくる。


「この浪岡治めでけ!」


 早口だしやっぱり何を言っているかよくわからない。わからないけど敵意は無いように思う。たぶん。


「ずっちゃ、このふとたぢわがんねって顔すてら」


 若い男が老人に耳打ちしてかわりに話し始める。


「俺等はこのあだりの者だぁ。浪岡の殿様も南部の殿様も年貢がひでえもんでして、噂で聞いだんばって、阿曽沼は年貢が安いど」


 ゆっくり言ってくれたお陰でなんとなくわかった。


「ん、ああ、まあそうだな。おそらく他家よりは安いだろうな」


 そう言うと改めて百姓らが平伏する。


「お願いすます。この土地治めでけ!」


 なんか命令されてる気分だがまあいいか。


「では今日から我らが治めよう」


「浪岡の殿様ぁ戻ってくるごどは無ぇべが?」


「うーむ、おそらく無いだろうなあ」


 たぶんそろそろ火事が起きているだろうから、よほど運が良くなければ戻ってこないんじゃないかな。


 百姓共もなぜか合流して黒石、そして大光寺に向かうと、浪岡の百姓らが道中の村々を説得しその度に百姓らが更に増えて大光寺城に着く頃には四千くらいに増えていた。補給の負担が増えるからやめてほしいんだがな。


 四千で取り囲み、降伏をするよう矢文を送り込むと一刻ほどして城門が開かれ降伏すると言ってきた。


「随分と呆気ないな」


「まあこの数を見ればそうそう抵抗する気にもならないでしょう」


 毒沢次郎郷政がそういう。確かに、百姓共の支持を失った領主に抵抗する手立てなどは無いだろうしな。


「まず城兵を外に出させろ」


 守綱叔父上がそういう。


「降伏に見せかけて討つなんてことはよくあることだ。油断してはならん」


「あ、はい」


 叔父上の忠告だ。実際よくあったのかもしれないし、俺は狙われる立場だからもっと注意せねばならぬか。


 そうして二刻ほどで全城兵の武装解除を確認し、大光寺城に入城。当主の遠江守経行は床に寝かせられ、顎をあげるようにパクパクと息をしている。


「父はすでに虫の息、医者の見立てでももう数日も無いだろうと」


 と経行の嫡男、景行が肩を落として話す。


「こうなっては士気を保つこともできませぬ故、御先祖様には申し訳が立ちませぬが阿曽沼様に降った次第でございます」


「相分かった。このまま看取るがよい。喪が明けたなら嫡男は遠野に来るように」


「阿曽沼様の御温情に感謝申し上げまする」


 そしていくらかの兵を残し帰路についたときに、左近から柴崎城が燃えて浪岡一党は残らず焼け死んでしまったとの報せを受けた。


「これで次は蠣崎か」


「ついにここまで来たか」


 守綱叔父上が感慨深げにつぶやく。


「叔父上、ここからですよ」


 津軽も西浜はまだ安東の支配下だし、津軽も漸く手に入れただけで安定化はまだまだと言ったところだ。ここを安定させないとなあ。とりあえずは大豆と麦粟稗などを主体にして米はそこそこにしたいが言うことを聞いてくれるだろうか。無理かな。


「毒沢次郎郷政!」


「はっ、ここに」


「其方はこれよりこの津軽三郡と外ヶ浜を治めろ」


「そ、某でよろしいので?」


「そ、そうですぞ、倅は殿ほど聡明ではございませぬ!」


 そう卑下してやらんでくれ。


「毒沢義政、貴様が与力して治めろ。いいな」


 少し強く申しつける。


「わかりました。ご期待に添うよう、この津軽を豊かな土地にしてみせまする!」


「期待している。まあ大まかな方針は遠野に戻ったら相談しよう。それまでは義政、貴様に預けるぞ」


「は、は、ははぁ!」


 津軽全体で確か四万石くらいだったから大出世だな。久慈なんかにやらせて謀反されては困るからなあ。


「それと叔父上、帰りましたら至急話し合いたい議がございます」


「む、わかった」


「では俺等は遠野に帰る。義政、頼むぞ」


 そうして小湊館の襲撃から始まった津軽平定戦はわりと呆気なく終わった。

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