第三百十八話 碌な道がありません
野辺地城
その次の日の昼前に毒沢義政が野辺地城に辿り着いた。小湊館を爆破し、一晩寝ていたと言うからなかなかの豪胆だと守綱は評価する。しかし昨晩、次郎郷政との会話を思い出すとなんとも言えない微妙な感情が守綱はもちろん野辺地城の将らを支配する。
「親父、無茶しやがって」
「死ぬつもりはないと言ったであろう」
「小湊館の方が明るく光ったときは親父も一緒に逝ったのかと思ったじゃねぇかよ……」
郷政が大きくため息を吐きつつも安堵したように言う。
「で、大光寺には追われなかったのか?」
「追手は全くございませんでした」
一体どういうことか、城を落とした勢いで残党狩りをしていてもおかしくないというのに、と思いつつ阿曽沼の本隊が到着するのを待つ。
それから七日後にようやく本隊千五百の兵が到着するが、それまでも大光寺からの追撃は無く静かな日々であった。
「まずは郷政、義政、其方らが無事で何よりだ」
「しかし小湊館を奪われてしまいました」
「人を失っては取り返しもつかぬが、城はまた取り返せば良いのだ気にするな。それと守綱叔父上手早い救援ありがたく」
「当然のことだ。しかしこうも静かだと却って不気味でな、斥候を放ってみたがどうも小湊には敵兵がおらぬようだ」
全く追撃が来ないため斥候を放った小湊館はいくらかの死体が残されているだけで敵兵は居なかった。
「誘いかもしれぬと思って殿が来るのを待っておったのだ」
「確かに。左近、保安局で何か報せはあるか」
「大光寺に入れた者からの報せがパタリと止んでしまいまして、いま新たに送り込んでいるところであります。新しい報せを得るのに幾日か頂きたく」
焦っても仕方がないとはいえ、本命は別ではないかとの疑念が皆に浮かぶ。勿論防衛戦力はいくらか残しているがこの先どうするか悩んでいるところに大槌十勝守得守が入城する。
「殿、何をグズグズしているのですか?」
開口一番十勝守が我らの態度を指摘する。
「十勝守か、しかしな」
「しかしもなにもありませぬ。どうせ今から引き返したところで間に合わぬのならば罠であろうとここは攻勢に出るべきでしょう」
些か強引ではあったが、十勝守の言うことにも一理あると考え兵を動かすこととなる。
「この先は海沿いの崖道になるようだから大砲は船で運んでくれ」
◇
善知鳥(現:青森市) 阿曽沼遠野太郎親郷
陸奥湾沿いの断崖絶壁は進めないので高森山と小松山を迂回する道を経て久栗坂に出る。
「海沿いの道は通れぬか」
「通れぬことはないのですが、断崖絶壁に板を張って道としておりますので行軍には使えませぬ」
左近が無理はできないとばかりに答える。何れこのあたりの道も良くしないとな。農閑期の仕事として街道整備をおこなうか。
「ちなみに海沿いには麻蒸と言う湯治場が御座います」
「ほぅ」
「慈覚大師円仁様が開湯したという湯だそうです」
いつの時代かわからない。そもそも円仁ってどこの坊主なのか山伏でも坊主でもない俺には皆目見当もつかない。
「なるほど、それでは帰りにでも寄っていくか」
そして青森平野に出たものの敵兵が待ち伏せている様子は相変わらずない。
「一体どうしたというのだ」
「楽で良いが、武功を挙げられぬ……」
油川城を目指す前に南部の庶流、堤弾正の守る横内城と野尻館を攻める。数は少なく両方の城は早々に降伏して開城した。
「そなたが堤弾正か」
「はっ、堤弾正忠麻吉安政と申します。阿曽沼の殿様は若いと聞いておりましたがまさかこれほどとは……失礼ですがお歳は」
「十三だ。それはどうでも良い。小湊館を落としてからなぜ野辺地まで来なかったのだ」
俺の歳を聞いて目を剥く。まあ十三歳とは思えないわな。
「小湊で起きた大きな焔に遠江守(大光寺経行)が巻き込まれまして」
爆発に巻き込まれて死んだ?
「飛んできた柱が当たりましてな。死んではおりませぬがかなりの大怪我をして城に運ばれております」
死んではいないものの話ができる状態では無かったとのことだ。
「なるほど、よくわかった。それで貴様等はどうする?臣従するのであればこのまま召し抱えるが」
人はいくら居ても足りないからね。
「せっかくのお誘いでございますが某はこの地を守れればそれで良いので帰農しようかと」
「ふむ、それは残念……おおそうだ、ここに来る前に麻蒸(今の浅虫温泉)というところでは湯が沸いていると聞いた」
「はあ、それはそうですが、それが何か?」
「湯治ができるようここから麻蒸を経由して小湊まで道を広げてくれれば帰農することを赦そう。勿論必要な飯や道具などは当家からだすし働きに応じて銭払いするぞ」
そう言うと自弁でなくて良いと言う条件に堤弾正忠麻吉は驚いた顔をみせてくる。
「ではそのようにさせていただきます」
ブルドーザーとロードローラーは遠野周辺の街道整備やら圃場整備で使っていてこっちに回せないし、ブルドーザーを動かせるほどの幅も無いから人力に頼らざるを得ない。頑張ってほしい。
二日間横内城に滞在し、その間に陸奥高田城と油川城に降伏の使者を送り、高田城は降伏に応じ、油川城は拒絶したため大槌十勝守に油川への準備砲撃を開始するよう伝令を送り横内城を後にした。
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