第三百十七話 小湊館の陥落
小湊館(現:青い森鉄道小湊駅付近)
近々あると言われる大光寺南部の侵攻に備えて急ピッチで小湊館が改修される。小湊館の東から北に流れる盛田川とそこに流れ込む川を堀として活用する。
しかしそんな折に大光寺南部が兵を集めていると知らされる。急いで遠野に使者が放たれるが馬を乗り換えながらでも半日はかかる。そこから募兵に二日ほど、そして遠野から小湊まではおよそ七十里ほどあり、十日はなんとか耐える必要がある。
このような事態に備えて百ほどの兵が小湊の建設作業も兼ねて派遣されていた。
「はぁ、いきなりこんなことになるなんてな……」
そうため息を吐くのは毒沢次郎郷政。先日のバーベキュー後に小湊警備の長として交代赴任してきたばかりである。
「初陣がこんなことになるなんて思ってなかったよ……」
「何をクヨクヨ言っておる!ここで一旗揚げれば正月の恥を雪ぐことになるのだぞ」
正月のやらかしは関係ないんじゃ無いかなと郷政は思うが、余計なことを言っては目付役も兼ねた毒沢義政からげんこつが飛んでくるのは目に見えているので何も言わない。
「はぁ、まあここで愚痴を言っても仕方が無いか」
遠野からは十日はかかるが八戸や不来方辺りからならもう少し早く到着するだろうからそれを頼みに籠城することになる。
「援軍が間に合ってくれればいいなあ」
ぼやきながら親郷から下賜されたシンプルな二枚胴具足を身につける。
「ふむ、蝶番で止める甲冑か。簡単に着れてよいな、それに鉄の一枚板でできておるのか」
毒沢義政は真新しい甲冑を羨ましげに眺める。
「櫂炉が改良されて鉄の質が良くなったらしく、小姓から順次下賜していくそうです」
「ほぉ、であれば何れ儂ももらえるかもしれぬな」
そうこうしていると大光寺の部隊が見えてくる。
「おおよそ八百と言ったところか」
「そのようで、根城からの援軍は明日か明後日には来るでしょうからなんとか耐えるしか有りませんね」
籠城とはいえ数の差が大きく、不利であることに変わりはない。鉄砲も用意しているが火縄銃では薙ぎ倒すような制圧射撃は不可能である。
「殿からは万一の場合は速やかに撤収するよう指示を頂いてはおりますが」
「一当てもせずに逃げるわけには行かぬ」
川を渡るところでまず鉄砲で射掛け、ついで矢を射掛けるが数の差はいかんともしがたい。少しずつ迫ってくる敵に防御線を一つ、また一つと攻略され日が沈む頃には小湊館の本郭の前まで大光寺の兵が詰め寄っていた。
「父上、如何いたしましょう」
「援軍が来る前に落としにかかるだろう」
その毒沢義政の言葉通り、日が暮れたにもかかわらず大光寺が城門を打つ音が響いてくる。
「次郎よ兵を連れて野辺地まで下がれ」
「父上?」
「儂は殿を努めよう」
「何を言っておられるのです?」
「なに、別に死ぬつもりはないが誰かが足止めをせねばならんからな」
義政が槍を手に言う。
「……わかりました。では一足先に野辺地に下がり、殿をお迎えいたします」
そう言うとわずかな兵と共に闇に紛れて小湊川にかかる搦手門から脱出する。暑く煮えたぎった油を流し、油がつきれば熱湯を流して抵抗する。湯も無くなればとりあえず水をかけて燃える薪を投げつけ怯ませる。
「よし、皆、いまじゃ!逃げるぞ!」
だいたいが搦手門から脱出していくのを見て仕掛けておいた火薬につながる火縄に火をつけ、脇目も振らずに野辺地へと駆けていく。しばらくして大きな爆発が起こり闇夜を明るく照らす。
「ははっ、なかなか綺麗だな」
敵の大勢には影響は無いだろうがこれで幾ばくかの逃げる余裕が得られたと判断し、小湊館の爆発をしばらく眺め、早足で野辺地へと向かった。
◇
野辺地城 鱒沢治部少輔守綱
「ふむ、小湊館は奪われたか」
「申し訳ございませぬ」
毒沢次郎郷政が兜を脱いだだけの格好で平伏する。
「いやよい。無駄に兵を減らさずに済んだからな」
先発隊として一足先に八戸から援軍として向かっていたところ、野辺地を過ぎたあたりで兵を率いて撤退してくる毒沢次郎郷政を見つけ簡単な状況報告を受けた後野辺地城に入った。
「そうか、毒沢義政は小湊館に残ったか」
「は、父のことですのでうまく逃げているとは思いますが……」
そう言うと西の空がわずかに明るくなる。
「あれは何だ?」
「あれは、小湊館の方角……おそらく残っていた火薬に火がついて爆発したのだと思いまする」
おそらく毒沢義政は城と命運を共にしたのだろうとその場の皆が思った。
「次郎よ、其方の父は勇将であったな」
「はっ、そのようにお褒めいただき父も喜んでいるでしょう」
ひとしきり次郎郷政を慰めると、話を戻す。
「そういえば大光寺は八百か一千かという兵であったな」
「はい」
「この野辺地は其方等の兵と根城から連れてきた兵でおおよそ三百ほど。明日には田名部と久慈あたりの兵も着くだろうからなんとかなるだろう。次郎郷政よ其方は少し休んでこい」
「は、有り難く……」
緊張の糸が切れたのか返事が終わる前に毒沢次郎郷政は倒れ、寝息をたて始める。
「まったくしょうがない奴だ。誰かこやつを適当な部屋に放り込んでおけ」
次はこの野辺地城であることからみな交代で休みつつ城の周りに逆茂木を置き、大砲を据えて迎撃準備を進めていく。
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