第三百十六話 葛西の統一

寺池城 葛西陸奥守晴重(三人称です)


 長く粘った伊達高宗(稙宗)が討ち取られたものの長い内紛で伊達氏が動けなくなったことは寺池系葛西氏にとって石巻系葛西氏打倒のまたとない機会となったため、田植えもすみ、梅雨が始まろうかという時季に戦が起こった。


「ついに武蔵守(葛西宗清)の勢力も石巻城を残すのみとなりましたな」


「うむ、漸くであるな」


 永く続いてきた寺池系葛西氏と石巻系葛西氏の葛西宗家を賭けた争いも一応の終わりが見えてきたことに安堵する。


「しかし阿曽沼が贈ってきたこの鉄砲、というものはすさまじいですな」


 八戸に売却した後に造られた手銃を二十丁が阿曽沼から贈られてきた。半信半疑であったものの、実際に使ってみて当たれば鎧ごと敵を打ち砕く威力に驚き、また葛西宗清の軍も初めての鉄砲に浮き足だったところを攻めかけ潰走させた。石巻城を囲む間に周辺の支城を落としていき、陸上からは石巻城に補給ができなくなった。


「武蔵守はまだ降伏せぬか?」


「どうも海から糧食を運び入れているようで一向に降伏する気配はございません」


「むぅ面倒な。とはいえこちらも飯には困らぬからどちらが先に音を上げるかだ」


 米や雑穀に鮭などの食料も阿曽沼から提供されお互い長期戦になると思われていた。


「殿、申し訳ございませぬ。某の領で大雨になってきたようで」


 そういうのは家老の大原刑部小次郎信明。


「そんなに降っておるのか?」


「なんでも我が領内の一部で水が越したとの報せがありまする」


 すでに大勢が決まったと考える大原刑部少輔は早く自領に戻りたいが、家老ともあろう者が真っ先に離脱するわけにはいかないが、領を放っておく訳にもいかない。


「であれば急ぎ攻め落とすしかあるまいな」


「忝うございます」


 そうして火矢を射かけ、破城槌で強攻を仕掛ける。


「阿曽沼の大砲とやらは破城槌よりも威力があるようですな」


「さりとて阿曽沼に兵を借りて落としたとなれば侮られかねん」


「それは……そうですな」


 それにここ数年支援されてばかりで他家では阿曽沼なしでは立てぬ葛西と揶揄されていると噂されている。そのうえで兵まで借りなくては石巻葛西を落とせぬとなれば事実上当家が阿曽沼の配下になったようなものと見なされかねない。そのことは寺池葛西当主である葛西陸奥守晴重には受け容れがたかった。


「それよりさっさと石巻城を落とすぞ」


 それから数日、交代しつつ攻城を繰り返し、攻城を開始して三日目の夜に葛西武蔵守宗清は家族と少数の家臣を連れ石巻城を脱出。葛西宗清の生家である伊達に逃亡した。


「しからば某はこれにて」


 論功行賞もそこそこに大原刑部小輔は急いで自領へと帰って行った。


「殿、此度の勝ち戦、真におめでとうございまする」


 新沼安芸守綱清が葛西陸奥守晴重に声をかけると晴重は機嫌良く応じる。


「うむ、まさに良い戦であったわ」


「これで長年の懸案が解決しましたな」


「全くだ。これで伊達にも大崎にも引けを取らぬぞ」


「当に。それでは次に攻めるは大崎でしょうか国分でしょうか」


「そろそろ大崎とも雌雄を決する時であろう」


 北上川は多大な恵みをもたらしてはくれるが、同時に石巻周辺をはじめとした下流域は度重なる洪水で米が十分に作れないし、水はけが悪く夏には腐ったような匂いがする水腐れの地である。それに較べれば幾分内陸にある大崎領は豊かな米所で有り、葛西氏からすれば喉から手が出るほどほしい土地であった。


「ふふふ、腕が鳴りますな」


「秋前には一度兵を出したいものだな」


「ではそのように」



鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


「そうかついに石巻を落としたか」


「そのようで」


 左近から石巻城落城の報せを受け取る。


「次はどこを攻めるのだ?」


「どうやら大崎のようでございます」


「大崎か。栗原は当家も欲しいところだな」


 あそこは細倉鉱山を抱える。確か平安時代から続く優良な銀山だが、鉛と亜鉛も豊富に産出した。


「殿、葛西の進軍に合わせて我らも攻め込むか?」


 守儀叔父上が大崎領への侵攻を提案する。


「そうしたいのはやまやまですが、今後は津軽三郡と蝦夷の掌握、それに出羽を得ようとおもっております」


「津軽はともかく蝦夷に出羽か」


「蝦夷は広いようですからね。麦でも作ればかなり助かりますし木はいくらあっても足りませんから。それに出羽は山背が吹かぬそうですからそちらを先に得ようかと」


 それに羽後地域は湊、檜山、戸沢、小野寺にその他小勢力が割拠している土地。大きな勢力である大崎、葛西、伊達が割拠する仙台平野を攻めるのは難しい。それに米でいえば山背が入る仙台平野よりも冷害を受けにくい仙北平野や秋田平野を得たい。


「む、出羽は山背が無いのか?」


「むしろ宝風とも呼ぶところがあるのだとか」


「山を越えただけでそんなに違うのか」


「そのようで」


「であれば確かに出羽を得た方が良いか」


「そういうことでございます」


 とは言えどこかで羽州探題最上氏が出てくるとは思う。伊達稙宗をして音を上げさせた最上武士団は侮れないと思うとは雪の言葉。すでに保安局の手の者は送り込んでいるし、伊達稙宗ももうこの世界線には存在しないから家臣団をどうにか崩せればなんとかなるかな。


「それはそれとして守儀叔父上、岩谷堂城の改築はどうなっておりますか?」


「ん?ああ、来内の坊主が張り切ってるな。しかしなんだ斯波の若殿が立てこもった岩清水館の様な作りにするのだな」


 今までの城の防御に疑問を持った来内竹丸改め来内建設卿新兵衛郷之を筆頭に岩谷堂城の改築を進めている。岩清水館の構造を参考に岩谷堂城の改築を行っているようだ。


「ええ、あの分厚い土塁は大砲や鉄砲にとっても厳しいものでありましたし、上手くやればまず落城しない堅城となるでしょう」


「すでに堀も三重になっておって今でも十分堅城と言えるが、一体どこと戦うつもりだ?」


「それは勿論葛西です。今は大崎に目が行っているようですが遠からず当家にその牙を向けるでしょう」


 他に人首(ひとかべ)や世田米から抜けてくるかもしれないのでその辺りを防衛線にして遠野への侵入を拒むつもりだ。


「葛西か……先代は殿をずいぶんと買っておったようだが、今の当主はそうでは無いか」


 守儀叔父上は驚くこと無く同意する。


「どうも思ったより当家が大きくなったのが気に食わぬご様子で」


「立派な家格のくせにみみっちいよなぁ」


「だからこそ、かもしれませんよ」


「俺からすれば槍を振るえればそれでいいんだがな」


 そう言って守儀叔父上は岩谷堂城へと帰って行った。

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