第三百十五話 小菊の欲しいもの
遠野先端技術研究所 水野工部大輔弥太郎
「旦那様、これはなんですか?」
「これか?これは鉄と銅を使った温度計だ」
いわゆるバイメタル温度計だ。ガラスがなくて水銀温度計が作れないので代わりに作ってみた。薄板を重ねて巻けば出来るので構造は簡単。問題はすぐに鉄が錆びて精度が維持できないくらいだ。可能なら熱電対あるいはボロメータを使いたかったけど、どちらも今の段階では実用化なんて夢のまた夢だ。
「温度計……、いまこの二十のところに針が来ているっていうことは」
「うむ、今のこの辺りが二十度ということだ」
「すごいです!こんな便利なものがあるなんて……!」
「例えばこうして脇に挟めば、体の熱も測ることが出来るぞ」
誤差の大きい温度計だから体温測定には不向きだけどな。ガラス製造で言えば大槌さんとこが研究を始めたと聞いているからそのうち水銀温度計できるかもな。
「三十五あたりで止まってますね。ということは旦那様の体の熱が三十六度ということですね!」
「そういうことだ。小菊、お前さんも使うか?」
「はい!使ってみたいです!」
しばらくすると多分三十七度あたりでとまる。
「わあ、私は三十七度でした!」
一頻り小菊は温度計を楽しんだ後、少し頬を染めながら返してくる。
「ちょ、ちょっとはしゃぎすぎましたね」
「うむ、良い目の保養だった」
時々こういう風に年相応にはしゃぐ姿を見るのは楽しいな。
「もう!からかわないでください!それにしてもなんでこの温度計ってのを作られたんです?」
「蒸気を使うのに必要だからな。あとは雪様のやっている酒造りでもあると助かるんだそうだ」
「そうなんですね。それにしても殿様と雪様と旦那さまって、時折不思議に思うんですよね」
「一体何をだ?」
「えっとですね、まるで初めから答えを知っているかのような、蒸気といいこの温度計と言い」
なんと鋭い……という程ではないな。まあ概念にもない物を造ってるんだからそう思われても仕方ないだろう。
「実はな、これはすべて若様が聞いたお告げに沿ってやっているのだ」
「えぇ!そうだったんですか!」
「うむ、稲荷大明神の使いであれば、このような我らの知らぬこともわかるというものだ」
合点がいったというように小菊が頷く。素直でよかった。というか殿の神格化がますます進むかもしれないな。
「さすがはお稲荷様のお使いですね」
「全くだ」
「それでそのぉ」
「どうした?」
「その温度計を一つ私にくださいな」
「何につかうんだ?」
「はい!毎日の暑さ寒さを記録したいと思いまして!」
おいおい気象学でも始めるつもりか。俺はただの凡才だが小菊は間違いなく天才なんだろう。
「わかった。じゃあそれは小菊にやろう」
「よろしいのですか?」
「なに、また作ればいいからな」
「ありがとうございます!あ、それで欲しい物ついでなんですが……」
「こんなに欲しい物があるとは珍しいな。なんだ、俺がやれるものならなんでもいいぞ」
「わぁ!えっとですね、そ、その、そろそろややこを頂きたくてですね……」
おいおい数え十五歳だぞ、ってこの時代だと珍しくはないか。たしかに最近体つきが色っぽくなってきたと思ってたんだよなぁ。
「いままで一度も手を出していただけませんでしたが、いい加減ややこが欲しくてですね」
すこし怒気を孕んだ口調でまくし立ててくる。
「そ、それに初夜というのも違うじゃ無いですか!婚姻して一緒に寝たら初夜だというのもの嘘だって!子供ができないから母に聞いたら笑われてしまいました!」
くそ、ついにバレてしまったか。というか本当に信じていたのか、素直で良い子だな。
「どうしたらややこを貰えるのか、母にも雪様にもご相談申し上げまして」
おい、大事にするな。
「強く迫るしか無いという結論になりました」
どうしてそうなる。
「これでもいただけない場合はなんでも子作りするまで出られない部屋というところに入れるかなと雪様が」
おそらく牢屋なんだろうが、そんなとこで監視された状態でヤりたくはないから腹をくくるしかないようだ。
「わかった、わかった。俺の負けだ。子を作ろう」
途端に明るい顔をしやがって。俺だってべつにしたくないわけじゃなかったんだ。小菊の小さい体ではお産に耐えられぬだろうと思ってたんだがな。
「しかし子作りは大事なものだからまず湯屋でしっかり清めて、飯もしっかり食ってからな」
「はい!」
城下の風呂屋、といっても蒸し風呂だが、で体を温め、帰宅して飯を食ったら襲われた。
雨戸の隙間から朝日が差し込み目が覚め、横で寝ていた小菊と目が合う。耳まで赤くして身体毎、顔を背ける。
「昨夜はすごかったな。小菊がまさかあんなになるとはな、よもやよもやだ」
「あうあうあう……母や雪様に聞いたとおりにしただけなのです」
「義母はともかく雪様は耳年増か」
雪様も転生者だというから多分前世で経験くらいはあったんだろうけどな。
「もう、そういうことはあまり言ってはなりません」
「すまんすまん。で、体調はどうだ」
「えっと、その……」
もごもごしてわからないが昨日は初めてなくせに頑張っていたからな。
「んじゃ休んでろ」
頭をなでて起き上がると、丁度一郎が入ってきた。
「おーい姉さん、あさめ……しは無理そうだな……その……昨夜はお楽しみでしたね?あ、朝飯は作っておくからごゆっくり」
そう言って一郎が消えていく。
「だそうだ。じゃあゆっくりしようぜ」
「~~~~!」
小菊が声にならない声で悶絶していたが、うまそうな味噌の匂いがしてくると腹が鳴り、複雑な表情の小菊と共に朝餉につく。
「そうだ、一回では子ができるとは限らないそうだから何度もやった方がいいらしいぜ?」
「一郎!」
一郎はそう揶揄うと自分の研究室へと駆けていった。
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