第三百十二話 バーベキューです

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 久しぶりに遠野に帰ってきた。すでに雪は山々に残すのみとなり、田植えの支度が進んでいる。


「今回無理して雪道を進んだわけだがやはり幾人か滑落してしまったな」


「うむ、やはり雪の行軍は無理があるのではないか」


 守綱叔父上から雪中行軍について指摘を受ける。


「今まで通りでは少数ならともかく大軍で攻めるのは難しそうですね。そもそも夏であっても道が悪いのでやはり危険ではありますが」


「冬に攻め入るということ自体は奇襲になって良いのだがな」


 いま沢内に冬季戦の研究をさせており、今冬は橇とスキーのお陰で多少動けたとのことだが端緒についたところなのだよね。


「そうですね……道が悪いならよくするしかないでしょう。蒸気を使って今の道をよくするところからでしょう」


 アスファルト舗装は存在しないしコンクリートも舗装に使えるほどは当然無いのでただの土の道だけどね。なるべく早く道の改良に取り掛かることにする。蒸気機関の量産を進めないとな。


「それはそれとしまして米の取れない糠部郡では稲田はそこそこに麦や粟黍稗に牛と馬を作らせようかと」


 亀の尾があるとはいえ糠部郡は寒すぎる。早く地球温暖化してほしい。


「馬も牛もそんなに育てても余るのではないか?」


「余れば他領に売るか、食うかすればよいのです」


「な!牛や馬を食うというのか!」


 五畜に含まれる牛馬を食べるということに叔父上が強く反応する。


「明では薬として食されていると聞きます。なんでも滋養に良いということで特に疲労に良いそうです」


「うむむ……」


「それに革を剥いだ後には肉が残ります。それをそのまま捨てるのは勿体無うございます」


 ただでさえ食い物の少ない地域なんだから、食い物にならない草などを肉にして食えばいいと思うのだがな。


「まあ食いたくない者に無理に食わせる気はございませんし、饗応に出すこともありませんので」


「それならかまわんか……、ところで牛の肉は旨いのか?」


「下処理さえうまくできれば旨いと聞きますが、叔父上もしかして?」


「いや、良薬口に苦しと言うが味がいいに越したことは無いからな」


「ということでちょうど働けなくなった牛を潰しましたので叔父上も召し上がりますか?」


「いや……それはな……」


 タイミングよく毒沢彦次郎丸改め、元服し毒沢次郎郷政が襖を開ける。


「殿、お話中のところ恐れ入ります。肉を焼く支度ができました」


「おお!では行くか。叔父上も気が向いたらいらしてください」


「う、うむ」


 と渋りながらも俺についてくる守綱叔父上。食べたいならそういえばいいのにな。


「殿、お肉の準備できましたよ!守綱叔父様もお召し上がりに?」


「い、いや薬と聞いてな。薬であれば食べることも吝かではないからな」


 工部大輔がアメリカ人が使うようなバーベキューコンロをいくつも設置している。


「殿、お待ちしておりました。お祓いを済ませて、今焼いている最中ですので少々お待ちください」


 そう言って工部大輔が時々コンロを開けては肉の加減を見ている。前世で何やってたんだろうな。趣味人だったんだろうな、工学史で色々作ってたのもその趣味の一環だったのかもな。


「んーいい匂いだな。腹が減ってきだぞ」


「ほぉう、阿曽沼殿は牛の肉も召し上がるのでおじゃるな」


「大宮様も来られたのですね」


「流石に五畜を食べるというのは窘めようかと思ってたんや」


「では大宮様は召し上がらぬと?」


「薬でおじゃろう?薬であれば何の問題もおじゃらん。都から帰ってきて疲れておったし、滋養に良いと言うなら丁度ええやろ」


 なんとも雑な屁理屈に聞こえるがまあいいか。しかしなんでこんなにじっくり火を入れるのかと聞いたらこのじっくり加熱すると柔らかくなるのだとか。

 歓談しながら待つこと一刻、そろそろ琵琶の音色も飽きて眠くなってきたところで肉が焼き上がる。


「ようやっとか……気の長い調理やなあ」


 大宮様が皆の感想を代弁する。


「まあ、とりあえず食べてみましょう。この味噌醤油かそちらの橘の汁かに浸けて食べるとよいかと」


 久しぶりの牛肉は柔らかく焼かれて入るが、なんというか脂が少なく前世で食べた牛肉と違ってあっさりというかパサパサしている。


「ほぅこれが牛肉か。少し臭みはあるが味噌を浸けて食べるとまあ問題ないな」


「確かに滋養に富んでそうな味やな。これは旨いわ」


「殿、こちらの肋肉をどうぞ」


 工部大輔がスペアリブを出してくれる。こちらは水飴と醤油で照り焼きになっており結構旨い。


「これは旨いな。雪も食べる?」


 直接齧りつく訳にはいかないので小刀で肉を削ぎ、雪の口に入れる。


「ん、本当。これは美味しいわ」


 雪は満足気。下女の紗綾も食べたそうに指を咥えてもじもじしている。そしてなぜか母上ら女性陣が父上などを睨みつけているが、酒も入ってすっかり出来上がった父上等は全く意に介していない。


「なんだ紗綾、其方も食いたいのか」


「私がやるわ。ほら、紗綾、口を開けて?」


「ゆゆゆ、雪しゃま!そそそ、そんんな畏れ多いことをあばばばば」


 賑やかにしていたが口に肉を放り込まれると静かになる。


「ふむ、にぎやかな下女やな。しかし、ほんまこの肋肉は旨いわ。流石にこれは四条様にも話できまへんけど」


 残った骨はハチやブチにやると気に入ったのかガシガシ噛んでいる。


「こういう食べるための牛も育てようかと思っております」


 鞍を作るのにも必要だしね。


「どこでや?」


「蝦夷です」


「ならまあしばらくは気づかれもせんやろ」


 釧路や根室ではどうせまともに穀物が育たないだろうから、畜産を農業の中核に出来るくらいに育てるのがいいかな。


 そして後日、田名部を制圧して新田らを引き連れて帰ってきた守儀叔父上になぜ居ないうちにやるのだと叱られ、もう一回バーベキューパーティを行うこととなった。

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