第三百十一話 八戸攻防戦 参

根城 八戸薩摩守治義


 新田城が落ちたという報せはすぐさま届けられた。今頃は阿曽沼軍が新田城に入り、こちらに来るのは明日以降になりそうだとも言うことも。


「新田遠江守は負傷し田名部に逃げていったと」


「作田左馬助が遠江守を逃がすために阿曽沼に吶喊し、さながら武蔵坊弁慶のような最期であったようだ」


 八戸治義の庶兄である田中飛騨守から些か誇張された戦死報告がなされた。


「むぅ作田左馬助は真に天晴れであった」


 それでもわずかな兵で阿曽沼軍になかなかの損害を与えたというのだから誠に天晴れだと八戸治義は再度思う。


「明後日には七戸から、さらに数日耐えれば大光寺と浪岡の援軍が来るはずだ」


「そうすれば千ちかいほどにはなるだろうか」


「阿曽沼は二千ほどというから守るのは全く問題ないぞ、兄上」


「そうだな!鉄砲もあるしな!」


 黒光りする手銃を手に取り、負けることは無いだろうと些か楽観的に捉え、士気を維持する。そうして打鮑に勝栗と昆布を食べ勝利を祈念し明日からの根城防衛戦に備える。


 翌朝早くに沼館付近で七戸からの援軍と阿曽沼の別働隊が戦闘になったと報せが届く。雪の少ない沿岸部を南進し馬淵川に差し掛かったところで阿曽沼の別働隊から攻撃を受けたというものだ。


「本隊からいくらか沼館に向かったようだな」


「薩摩守よどうする」


「ここで兵を出せば阿曽沼に食われるであろう」


「ではこのまま様子を見ておるのか?」


「そうするしか、なかろうな……」


 ちょうどその時、剣吉城から北家の兵が到着する。


「左衛門尉(北致愛)、よく来てくれた!」


「まさかこんな時期に攻めてくるとは思わなかったがな。で、状況はどうなっている」


 八戸治義から簡単に説明を受けると北致愛が顔をしかめる。


「見捨てたとあっては戦に負ける以上の汚辱となろう。ここは与力せぬわけには行かぬだろう」


「しかしそうすれば数にまさる阿曽沼と野戦をすることになるが」


「なに、あの大砲と言うやつは一回撃つとすぐには撃てぬだろう?」


 手銃を撃った時を思い返して八戸治義は納得する。


「なるほど、我らの鉄砲よりも大きな大砲であれば更に一発撃てば隙きが生じるか」


 であれば過剰に大砲を恐れる必要も無いことを理解するが、足軽までそれが行き届くかと言われると難しいとも思う。

 そして賭けになるが、軍を分け七戸への援軍を出すこととなった。


「阿曽沼の本隊が動いたなら見捨てることにはなるが戻って来てくれよ兄上」


「そうなれば致し方ないな」


 そう言って田中飛騨守は二百騎あまりの兵を率いて沼館で足を止められた七戸軍の救援へと出陣していった。



新田城 阿曽沼遠野太郎親郷


「十勝守らはうまくやっているようだな」


「沼館への援軍は二百でよかったのか?」


 守綱叔父上が聞いてくる。


「構いません」


 七戸を助けるための援軍が出てくるならそれを討ちに兵を出せば良い。逐次投入にはなるが挟撃になる方が相手の損害も多くなるだろう。


「それに浪岡が浪岡城をでるのを待たねばならぬのでほどほどに戦ってくれればよいのです」


「おいおい、浪岡と大光寺の援軍が到着したら大砲が有るとは言え城攻めが難しくなるぞ」


「守儀叔父上、それはご心配なく」


 おそらく浪岡が津軽地方から離れようとすれば我らとの戦どころでは無くなるはずだ。


「左近、大光寺への仕掛けは万全であろうな?」


「は、万事滞りなく。大光寺にはまもなく浪岡が動くと言っておりますので北の御所様がご出陣召されれば」


 守綱叔父上も守儀叔父上もいまいちピンとこない様子だ。


「要はこれ以上の援軍はこないということです」


「それと我らがここで休むのと何の関係があるというのだ」


「それは次以降の戦の布石でございます」


「んむ?まあここまで雪道を進んできたから決戦前に一休みさせるっていうならば、悪くはないか」


 守綱叔父上も何を企んでいるのだという表情だ。


 ともかくも沼館で七戸らを撃退した後、十勝守と久慈らと合流し根城近くまで進出する。すぐに攻撃に移らず、大手門と搦手門の近くで鉄砲にギリギリ当たらない場所で対峙していると左近から待ちに待った知らせが齎される。


「殿!大光寺が浪岡城を落としましてございます!」


「やったか!それで浪岡はどうしている!」


「善知鳥(現青森市)で奉納をしているところを襲われ、左衛門殿(浪岡顕具)はお討ち死になさったとのことです」


 よし、これで津軽征伐の大義名分を得られよう。また四条様にお願いせねばな。


「これで心置きなく戦える。大手門と搦手門を押さえる将等に知らせよ!城門も主郭も遠慮無く大砲で撃ちかけろ!」


 大砲で門を破り、城門に突入しようとしたところで、根城から鉄の礫が飛んでくる。幾人かが鉄砲に斃れたようだが、根城側が次発発砲しようとしたところ腔発したようだ。


「むう、やはり鋳造の初期ロットだと腔発するか」


 こちらの大砲も漸く性能が安定してきたが、何度か腔発しているしこればかりは仕方が無いな。


「根城の奴らに鉄砲の性能の差を見せつけてやれ!」


 根城にこもる兵等は頼みの綱だった鉄砲が欠陥品だと思い、もはや撃ちたがらない。矢を撃ちかけてくるがそれもこちらの滑車弓による狙撃で少しづつ減っていく。一刻ほどすると主郭に火の手が上がり根城が陥落した。


「もし浪岡と大光寺が来ておったら、もっと手間取っていただろうな」


 奇襲的に侵攻したことで相手の出鼻を挫いたことでうまく事が進んだ。そして浪岡がそんな支度もできていなかっただろうに急いで兵を興してくれたのも幸運だったな。


「沼館で根城の連中を屠ったのも効きましたかね」


「十勝守か。うむ、其方等が根城の兵をいくらか引き出してくれたから攻略しやすくなったぞ」


「で有れば何よりです。ところでこの後ですが」


「うむ蝦夷地をすべて我らの物にするためにも下国と蠣崎を攻めるぞ。内浦アイヌと早速接触を取り、支度ができ次第ではあるがな」


「はは!では早速!」


「まて、その前に論功行賞をせねばならぬ」


「蠣崎へ恨みを返すのがこれ以上無い褒美でございますが?」


「う、むむ……と、とりあえず制圧するには足軽共も運ばねばならぬし、今回使った火薬の補充もせねばならぬし、残党狩りで七戸や野辺地、田名部へ侵攻せねばならんかもしれん」


 なんだかんだ硝石の消費量は多いからポンポン大きな戦をやっていられない。それに逃げていった新田らを制圧し下北半島をしっかり抑えるというのも必要なので、守儀叔父上に千五百の兵を預けて糠部郡北部の制圧を依頼することにした。

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