第三百十話 八戸攻防戦 弐
新田城(八戸市新井田小学校付近) 新田遠江守盛政
「くそっ!まだ雪が残っているというのに山を越えて攻めてくるなど!阿曽沼は頭がおかしいのか!」
以前根城で見た手銃を大きくしたような大砲は、幸いにして命中率が低く、一発撃った後はしばらく撃てないようだと言うことはわかったが、弓の射程の遙か彼方から撃ってくるので手が出せない。
「根城からの援軍はまだか!」
「根城には今し方使者を送ったばかりでございます!」
このわずかな時間が一刻にも二刻にも感じられる。
「殿、根城から援軍は来るのでしょうか」
「心配するな。義兄殿(八戸薩摩守治義)はきっと助けを寄越してくれるはずだ。それに田名部館にも兵を寄越すよう遣いをやっておるから耐えておれば大丈夫だ」
正室の栄子を安心させるよう言って見せたが、雪も溶けておらぬこの時期ではあまり期待はできぬだろう。それでも根城であれば近いから援けは来るだろう。薩摩守自慢の手銃をもってな。
そうしているうちに阿曽沼の軍がじわじわこちらに近づいてくる。近づくにつれ、大砲の弾もこの城に時折あたり、塀が無残に破壊される。そして二千は居るだろうか、大砲の支援がある大軍を相手にこの新田城を守り通せるだろうか。
「ふっふっふ……、心配するなと言ったが援けが来るまで保たぬかも知れぬ」
「お前様……」
「栄子、其方は根城、いや田名部に逃げろ」
根城に逃げてもすぐに阿曽沼が来るだろう。ここは田名部に逃がして時を稼ぐがよいか。
「……はい」
「兄上!ここにおられたか!」
弟の作田左馬助四郎盛比がそう言いながら駆け込んできた。
「おお!四郎!よう来てくれた!」
「もう少ししたら五郎の奴もここに来るぞ」
「そうか!其方等がおれば百人力よ!」
こやつ等が連れてこれるのはせいぜい二十かそこらでしか無いが増援が来たことで士気が上がるだろう。
「ところで兄上、阿曽沼の大砲とやらは恐ろしいものだな」
所々吹き飛んだ塀を見ながら四郎がつぶやく。
「うむ、其方等が来てくれて有り難く思うが、あの大砲を止める手立ては無く、このままでは落城するのもそう遠くなかろう」
「では逃げるか?」
「ふむ……栄子らを連れて逃げてくれぬか」
折良く逃がす手立てができたといえるだろう。次にあの忌々しい大砲が鳴ったら、吶喊すれば逃がすくらいの隙はできるだろう。
「む、兄上はどうする?」
「ここで阿曽沼の足を止めようぞ」
「死ぬ気か?」
「何の!戦場で死ぬとは武士の誉れであろう!ガハハハハ!」
武士に産まれたからには畳の上で死ねるなどと思ったことは一度も無かったわ。こうして良き死に場所を作ってくれた阿曽沼には礼をせねばならぬ。戦の作法は今までのような口合戦から矢の打ち合いなどは無くなって行くのであろう。
「ところで兄上、少し耳を借りても良いか?」
「どうした?」
「なに阿曽沼を撃ち破る言い考えが思いついたのだが、どこに間者がおるか知れぬのでな」
「む、そうか。で、なん……ごふっ!」
みぞおちに強烈な痛みが襲う。
「すまぬ兄上。兄上は南部のため、何より新田のためにまだ死なれては困るのだ」
「なにを……莫迦な……」
今度は顎を強かに叩かれ星が飛んだ。
◇
「五郎、兄上を頼む」
しばらくすると新田城に末弟の五郎が来たので経緯を話す。
「任せろ!暴れられても困るから、簀巻きにして田名部につれていくよ」
「はは、任せた。それにしてもあの大砲をなんとかしなければな」
残った兵で吶喊すれば一つくらいは破壊できるか。いや阿曽沼の奴らを一人でも多く地獄へ叩き落としてやればよい。
「よし、城兵の半分、五十をもって阿曽沼に突撃する!その間に皆は搦手より脱出し田名部を目指すが良い。沼館はすでに阿曽沼が入っておるから根城の方へ駆けよ」
そして再び大砲の音が聞こえてくる。数瞬後にはまた城の近くに落ちるだろう。
「皆、支度は良いか!?」
「義姉上、少々不便を掛けますがご容赦を。では四郎兄上……」
「うむ、先に地獄で待っているぞ」
「おっとそれでは某、極楽にいけなくなってしまいますな」
「なにをこのぉ」
二人して大きく笑ったあと水杯を交わす。
「兄上をよろしくな」
そう言って外郭に突撃に付き合う者等の前に出る。
「これより阿曽沼に突撃をかける。阿曽沼の数に奢った弱兵共に南部の戦の強さを見せつけてやるぞぉ!」
「ウオオオオオオオオオ!」
そしてまた大砲の音が聞こえてくる。
「開門しろぉ!これより突撃するぅ!」
ゴゴゴと重そうな音を立て門扉を開け放つや否や一目散に阿曽沼の陣地に突っ込む。
「これよこれ!この風、この肌触りこそ戦よぉ!死にたい者は出てきやがれぇ!」
鉄砲や大砲の音にすっかり怯えて使い物にならない馬を捨て、矢を射つつ阿曽沼軍へと駆けていく。途中で周りのものが一人、また一人と斃れていくが不思議と儂には矢も弾も掠めていくだけである。
「どうやら天は我を味方したようだな」
矢が尽きたので担いでいた槍を手にし、槍足軽の首を二、三、斬り飛ばすと足軽共は怖気づいて攻めてこない。
「ふん!雑魚め!貴様らが束になろうと俺の敵ではないわぁ!」
さらに足軽の腕を斬り、脚を叩き折り、本陣と思しきところ目指して進んでいく。
「ふん、やはり乱戦となれば鉄砲も使えぬようだな」
と、その時良い甲冑を来た武将が出てくる。
「作田左馬助四郎盛比と申す。貴殿は名のある武将とお見受けする」
「某は小友右衛門次郎と申す。貴殿のような勇将と殺り合えるとはな」
小友とやらは若いだけあり槍さばきに甘いところがあるが、まだ余裕があるようだ。一方で俺はすでにここまで走って来て、足軽らを相手にしたので肩で息をしている。ここまでか。
「うーむ、なかなかの腕前。どうだ、お前も阿曽沼にならないか」
「魅力的な申し出だな」
「だろう?貴様ほどの腕であれば当家でも出世ができよう」
「だが断る」
「……そうか。では死ね」
そう言うと小友というこの若武者が一層激しく槍を突き出してくる。
「クッ!」
「そこだぁ!」
槍を弾きあげられ、胴が開き、石突が喉元に刺さる。
「ぐほぁ!」
喉を潰され息ができなくなったところを組み伏せられ、視界が消えた。
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