第三百九話 八戸攻防戦 壱

新田城近くの村


 もうすぐ春だというのに雪が降ったとある朝、しんと静まり返った雪の丘にかすかな音が聞こえる。


「あー?何の音ぁ?」


「おめわんつか見でぎでけろ」


 そう言い合っていると山陰から馬が数頭現れる。どうやら馬を使って雪を押し出し道を啓開しているのが見える。


「何だぁ?」


「雪がのげられでら。あった便利な物があるんだら、わ等も欲しいべ」


 そうこうしているうちに阿曽沼の旗印が見えてくる。


「あれはあそ……ぬま?」


「阿曽沼っであの、鬼道が流行っでらとこが」


 村人が物珍しげに話をしていたが、旗印を見て我に返った肝煎が雪に焼けた顔色を白くしながら叫ぶ。


「ぬ、ぬしゃら、何をぼさっどしてっど!新田の殿様さ、はえぐ知らへでじゃ!」


 肝煎の言葉に村人の一人が慌てて城に向けて走り出そうとしたとき、阿曽沼軍が大砲を二門、前面に出てくる。手早く大砲を村に向け、弾薬を込め、縄に火打ち石で火を付けている。


「あ、あわわ……こ、こりゃあまずいべ、なんでこった村さ来るべさ!」


 肝煎はなんでこんなことにと思い、そして自分に向かってくる丸い塊を見たかと思った次の瞬間に考えるのをやめた。



ところ変わって馬淵川(まべちがわ)河口


 所狭しと商船や漁船の他、いくつかの関船や小早が泊まっている。


「ありゃあ、やだらでげえ船だべ」


「おい、窓があいたべ」


「なんじゃぁ?あの筒は」


 片舷四門、二隻の砲艦で計八門の大砲が顔をのぞかせる。


「よっぐみろ!あれぁ阿曽沼ば船だべ!」


「そったらやづがなしてわ等の地さ来たのさ」


 わいわいがやがやと眺めているところで白煙が上がり、ついで初めて聞く轟音と、土や人だったものが飛び散る。ここに至ってようやく状況を理解する。


「う、うわぁぁぁあ!あ、阿曽沼の水軍が、攻めてきたどぉ!」


 集まってきた村人が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。その間にも目につく船が撃ち抜かれ、村にも時折鉄の玉が降り注ぐ。その混乱の最中、船の影から、そして後続の船からカッターが現れ、矢を放ちながら甲冑武者が上陸してくる。



馬淵川河口 阿曽沼軍


「おらぁ!てめえ等!ここでしっかり首を稼げよ!」


 数としてはせいぜい百人といったところだが思いもよらない海からの奇襲により、瞬く間に湊の集落を掌握する。


「ふぃーようやく陸じゃわい」


「久慈摂津殿に備前殿、船酔いは問題ないのか?」


「いやあ陸に上ったらすっかり良くなったわ。しかし大槌十勝殿の船はずいぶん速いですなあ」


「良い風が吹いておりましたからな。さて無駄話はここまでにしましょう」


「そうだな!殿より早く根城にたどり着いてみせるわ!」


「備前殿、あんまり先走っても殿は褒めませぬぞ」


「ぬ?そうなのか?なぜだ!」


「まず我らはこの地で七戸ら北からの増援を食い止める役もありますし、戦はバラバラに攻めかけるよりまとまって攻めかけた方がよりよいのだそうです。とりあえずこの先の村を奪って殿の本隊が着くのを待ちましょう」


「むぅ、耐えるのも武士の定め。歯がゆいが致し方あるまい」


「勿論うまく増援を防げば、それでもって功に報いてくださるでしょう」


「……そういうことにしておくか」


 釈然としない様子の久慈の二人ではあるが、今の百しかない兵で城攻めなどできるわけも無いと思い直し気持ちを落ち着ける。

 その間に船から車輪付きの大砲を二門下ろし、沼館とかいう村を攻める。こちらも攻め込まれることを想定していなかったようでまるで取るものも取りあえず村の民は逃げていったが追撃は行わない。


「いくら雪が溶けるまで兵を出さぬのが常識とは言え、こうも簡単に攻め込めるとは……」


 あっけないほど、まともな抵抗もなく制圧された沼館に陣幕を張って、家屋を解体した木材で簡易な柵で囲っていく。


「殿の本隊も近くにおりますからな、打って出てくるということは無いかと」


「そうだな。こうなっては籠城するほかないだろう。我らは警戒しつつ今のうちにできる限り荷揚げをしていくぞ!」



根城 八戸薩摩守治義


 まだまだ地面が凍るような寒さに震えながら目を覚ます。


「早く温かくならんか」


 冷える手をさすりながら着替え、庭に出て馬淵川の音を聞きつつ日課の素振りで身体を温める。


「と、殿!こちらにおいででしたか!」


 小姓が、転げんばかりに、駆け込んで来る。


「そんなに慌てて、一体どうした」


「あああ、阿曽沼が攻めてきましたぁ!」


「なにを馬鹿な!まだ雪も溶けておらぬのだぞ!」


 この雪の少ない八戸であればともかく、九戸からこちらに抜けようとすればまだまだ深い雪を抜けねばならぬはず……。


「と、ともかく、すでに湊と沼館が阿曽沼に押さえられ、新田の城も阿曽沼に攻められているとの報せでございます!」


 まさかの事態に目の前が暗くなったような、槍で頭を叩かれたかのような衝撃が襲う。


「く、やむを得ん。ならば集められるだけ集めて籠城する。其方は急ぎ下田や七戸、剣吉に援軍を頼みに行け!」


「ははっ!」


 なんて奴らだ。こんな雪の時期に攻めてくるとは、常識というものが無いのか。この鬼共め!しかしこちらにも鉄砲はあるし籠城しているうちに援軍もくる。負けるはずがない。


「城下の者を城に入れろ!阿曽沼を迎え撃つぞ!」


 新田もそうそう降伏はせぬだろうし迎え撃つ支度をするくらいの余裕はあるだろう。来るなら来てみろ、返り討ちにしてくれるわ。

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