第三百八話 初めての卒業式

遠野学校 阿曽沼遠野太郎親郷


 ついに一期生の卒業式を迎えた。と言っても今年の卒業生のほとんどは比較的余裕のある家のものなので、そのまま高等小学校に進学することになる。もちろん例外はあって、戦で父親が死んだところとかは稼がなければならんから卒業だ。


「面をあげよ。まずは皆、無事に卒業できたことを当主として嬉しく思う」


 一瞬顔をあげた子供達とその親たちがまた平伏する。


「皆はこの遠野学校初等部前期課程の始めての入学者であり、修業した者となった。しかしあくまで読み書きそろばんの初歩的なものが出来るようになったに過ぎぬことを胸に刻み、これから初等部後期課程に進むもの、家業に入るもの、それぞれがそれぞれ鋭意努力し阿曽沼の、いや日ノ本を牽引する大人物となってくれると期待している」


 その後大宮様から卒業証書を授与され、引き続き後期課程の始業式が始まる。ここで進学することを諦めたものたちが残って羨ましそうに眺めている。いつかこういう奴らも拾ってやれる夜学の実業学校とかも作ってやらなければな。


 修業式は年末にしたほうがいいな。そうすると年末年始の忙しい時期と被ってしまうので、前世のように四月始まりの年度を取り入れるか。それに入学は一種の慶事、雪の残るこの時季より花が咲く時季のほうが良かろう。いやしかしこうしてやってみると前世の学校年度もやってみてだんだんああなったのだろうな。


 卒業式が終わり鍋倉城へと帰る道中で雪が声を掛けてくる。ちなみに城を下りてすぐなので馬も輿も使っていない。


「殿、何を考えてたの?」


「ん?」


「だってずっと考え事してる顔だったし」


「顔に出てたか?」


「まあね」


「進学できなかった奴らがいただろ、そいつらのための学校を作ってやらねばなってのが一つ、卒業式と入学式は時期をずらすべきだったな」


「そういえばなんであのタイミングにしたの?」


「後期課程が終わったところで元服の儀を行おうかと思ってたんだ」


「なるほどね」


 まあ見事に失敗だったと思う。


「それならやっぱり行事が重なって忙しいこの時季に入学、卒業を持ってくるべきじゃなかったかもね」


「そうだな」


 そういえばそうだな。成人式もなかなか準備が大変だろうしな。まあ田植えも大変なんだが儀式とは違うからなんとかなるだろう。



 城に戻りいつも通り政務を始める。


「では報告があれば頼む」


「であればまず某から」


「左近か。どうした」


「はい、霊仙城に立てこもっている伊達次郎高宗ですが、先日病に倒れたとのことです」


 ようやくか。長かったな。


「どのような病だ?」


「なんでも体が土気色になり、全身に激しい痛みが生じついには気が狂ってしまったとのことです」


「そうか……」


 鉛中毒ってことでいいのだろうか。よくわからんな。


「それはそうとして、これで伊達の跡継ぎは留守四郎影宗が確実か」


「一旦伊達の名に戻って何れ留守家を分けることになるかと」


 留守影宗とて侮れる相手ではないだろうが、伊達稙宗ほどの謀将を相手にしなくて済むだけ幾分か気が楽だな。


「殿、留守影宗にはなにかいたしますか?」


「いや、しばらくは探りを入れるだけにしておいてくれ」


「御意」


 留守影宗まで殺してはサンドウィッチマンがでてこなくなるからな。この世界線で現れるのかわからないけれど。


「では次に私からでよろしいでしょうか」


「大槌十勝守か。なんだ」


「今年は蒸気船の試作が完成できそうです」


 評定の間が感嘆の声で満ちる。あのロードローラーを見ている者はみな楽しみだと言わんばかりである。


「ついにか!」


「はい!スクリューはまだ最適化できておりませんが、それでも風待ちがなくなりますので航海日数が大幅に短くなるはずです!」


 石炭と真水の確保さえできればどこまでも行けるな。


「となると十勝との船便が増やせるか?」


「はい。船自体が増えましたので、これまでは年に一回でしたが年に何便か出せるかと」


 よしよし、これで北海道の開拓が進めやすくなる。


「緊急連絡用の船もなるべく早く用意しておいてくれ」


「はっ!」


「それとだ、八戸を倒したら大館と花沢館を攻めるのも近い。予め志苔館を落とした現地のものと接触を取り、懐柔を始めろ」


 俺の言葉に大槌十勝守と狐崎らが口角をあげ、深々と平伏する。


「御意にございます」


 渡島半島のアイヌと連携を取り、なんなら奴らに一揆を起こさせてもいいだろう。


「海の者には負けられんな。殿よ、八戸へ兵を出すのはいつだ?」


 守綱叔父上が低く唸るような声で聞いてくる。


「田植え前、雪が溶けきる前に攻め入ります」


「雪の中を征くのか」


「ですのでできる限り大量に藁靴を作らせています」


 麦踏みを除けば禄に仕事の無い冬の間に藁靴を作らせ、できあがった物を買い取っていくようにした。支払いは勿論当家で私鋳した永楽銭だ。


「ふむ、ならなんとかなるか。いやあ腕が鳴るなぁ!なあ皆の者!」


 おおおおおっ!と雄叫びが上がる。皆戦が好きだね。守綱叔父上なんか戦場で死にたいとか言うしな。


「そういうことなので皆、鍛錬をしっかりな」


「ははぁ!」


 今日イチのお返事でした。


「ところで三千代、コークス、あーいや骸炭の開発はどうなっている?」


「はは、陶山殿のおかげもありましてなんとか安定した製造法が確立しそうでございます」


「それは重畳」


「蝦夷地からの石炭が届き次第、製造に入れます」


「よし!長兵衛、骸炭を使って鉄を作る研究を始めよ」


「それは構いませんが、なんでそのような石炭の殻のようなものを使う必要があるのでしょうか」


「木の炭、ややこしいのでこれから木炭と呼ぶが、その木炭よりたくさん熱が出るのだ。それに木を切って運んで木炭にするより楽であるしな」


「はぁ」


 長兵衛はわかったようなわからないような顔で返事をする。これでコークス炉が完成したら原料の石炭は北海道から運び込む事になるから製鉄所を移動させた方がいいか。


「あとは……葛屋、人集めや蚕の手配はどうなっている」


「ええと能登屋はんに頼んでますんでもう少し温かくなりましたら堺に行って連れて帰ってきます」


「そうか、任せた」


 養蚕農家と製糸職人をなんとかな。ガラス職人も欲しいが望み薄だな。


「葛屋よ、堺に行くついでに春宮様の御製のお礼と四条様への献上品を持って行ってくれぬか」


「ははっ、お任せください」


 御製を頂いてお礼もせぬ、などできるはずも無いからな。しかし突飛な春宮様は一体どういうお方なのだろうな。

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