永正七年(1510年)

第三百七話 当主になって初めての正月

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 年が開け正月の儀が執り行われる。と言っても例年通り各武将が挨拶するわけだが、今年はサプライズがある。


「畏れ多くも春宮様から御製を賜った」


 こんな田舎大名が御製を頂けるなどめったにあることではないから皆がほうけたような面をみせる。


「おいおい殿よ、御製とは一体なんだ」


 守儀叔父上がわざとなのか聞いてくる。


「春宮様からの文ですね」


 俺の応答に皆が空中浮遊をするほどに驚く。


「は、春宮様からの?と、殿、失礼ではございますが真でございますか?我らを謀っておられるのではないのですか?」


 来内茂左衛門が当然の疑問を投げてくる。


「俺も何かの間違いかと思ったが本物だ」


 ただの奥州の田舎大名にすぎないのに、こんなものを頂けるのか全くもってわからない。


「そ、それで、なんと書かれているのですか?」


「うむ、寒い奥州で民草が飢えぬようにしていること、また学を与えていることを大変感銘なさったようでな、これからも民草の安寧のため一層励むようにとのお言葉だ」


 これに加えて肉とぶどう酒を送って寄越せという文言もあったがそれは言わなくともよいだろう。しかしぶどう酒はともかく肉は贈っていいのか判断がつかないのでとりあえず四条様に送りつけて選別していただくか。


 それにしてもこの文は劇薬だな。民草が安寧を得られていない領主相手であれば攻め滅ぼしてもいいとも受け取れてしまう。勿論そんなコトはおいそれとできないのだが、これは後々大きく響くかもしれないな。


 春宮様からの御製を開陳した後に武将らから正月の挨拶を受けていると、見知らぬ顔が挨拶をしてくる。


「阿曽沼様に置かれましては昨年のご躍進誠にめでたく、本年もさらなる飛躍を祈念申し上げまする」


「うむ、貴様は見かけぬ顔であるがどこの家の者か」


「申し遅れました。某、本堂伊勢守義親と申します。此度は沢内殿の誘いもあり是非阿曽沼様のお力添えを頂きたく参じました」


 なるほど、それで沢内の隣に座っておったのか。こちらとしても出羽への足がかりが得られるとあれば袖にするわけにもいかない。


「それは大義であった。今年は八戸への遠征も控えておるのですぐには動けぬが、いくらか守りの兵を送ろう」


「ありがたく!」


 戸沢から攻められて度々戦になっているとか。なんとか持ちこたえてはいるもののいつまで踏ん張れるかわからない状況だという。


「ところで阿曽沼様の領地では所領は阿曽沼様のものになると伺いましたが、当家の所領はどうなるのでしょうか?」


「所領を差し出すよう強制はしておらぬ。当家の家臣らは年貢の管理が面倒だと言って俺に押し付けてきているのだ。まあそのお蔭で大きな普請を行う事ができておるのだが、もし其方が所領を差し出すならそれもよし、差し出さぬならそれもまた良しだ」


 実際のところ当家が征服して所領を取り上げたのがほとんどなのでなぁ。


「所領を差し出せば銭払いになるとも伺いましたが」


「まあそうだな。豊作凶作関係なく同じ額になるし、立場によっても額が変わる。最近では俸給表なるものを作ったのでな、今後は同じ働きなら同じ銭払いになる」


 所領が失くなるので当然そうなるわけだ。


「働きが良ければどうなるのでしょうか」


「もちろん増えるし、働きが悪ければ減ることもある。本堂伊勢守、其方も精進せよ」


「はは!」


 本堂が最後だったので少し長く話してしまった。しかし今後この挨拶がだんだん増えてくるのかと思うとちょっと億劫だな。


「さて、新年の宴を始めようか」


 俺の言葉に皆待っていましたと言わんばかりの顔となる。皆の前に膳が運ばれ、酒も運ばれてくる。


「これは泡の出る酒?」


 降ったばかりの工藤や本堂らが驚いている。


「工藤殿、これは雪姫様が拵えた麦の酒でな酒宴のはじめに飲むとこうクー!っとくるものなのだ」


「なんだそれは?」


「まあ飲んで見ればわかる」


 沢内が新参組の相手をし、ビールを勧めているようだ。


「むおっ!なんだこれは!苦みと口の中ではじける酒とな……」


「しかし美味いだろう?」


「うう、なんとも喉を通るこの感覚がたまりませぬ!」


 始めて口にするビールに吃驚しつつも美味そうに呷る新規参入組は続いてぶどう酒、清酒と飲んだことのない酒を次々と呑み、潰れていった。


「殿、お酒が止まっていますよ?」


「ああ、雪か。ありがとう。まだ数えで十三歳だからね、あんまり飲みすぎるわけにはね」


「当主になると大変ね」


「ああ、挨拶だけでこんなに大変だとは思わなかったよ」


「ああ!殿!また雪様とイチャイチャしてます!某も雪様のような妻がほしいです!」


 毒沢彦次郎丸が絡んでくる。こいつ……意外と酒癖悪いな。


「雪はやれんぞ」


「そんなことは分かっております!くぅ!どうにかなんないかなぁ」


「分かった。年の近いものが居ないか探っておくから、な」


「殿~!ありがどうごじゃいますー!」


 今度は泣き出した。こいつ……めんどくさい。


「ええいやめんか!このバカ息子!と、殿この度は我が愚息がとんだしでかしを!とも為れば儂の腹でお許しいただきたく!」


「腹は召さんでよい!とりあえず水でもかけて酔を覚まさせておけ」


 そう言うと毒沢義政が彦次郎丸の襟首をつかんで庭に放り出す。そしてこのバカ息子が!恥をかかせるでない!と聞こえた気がした。

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