第三百五話 ハンドカノン
鍋倉城下 阿曽沼遠野太郎親郷
清之を京に送り出し少し寂しくなった気がする。
「なんで私より殿のほうがダメージうけてるのよ」
「いやだってなあ……」
「はぁ、別に今生の別れでも無いんだからしゃっきりしてよね!」
「ウス……まあ、そうだな」
確かに何時までもウジウジしていても仕方がない。
「んじゃちょっと軍制と統治制度を考えようか。誰ぞいたら父上と小姓らを呼んでくれ」
叔父上らにも話を通しておきたいけどどちらも担当地域の警備で忙しいのでとりあえず父上らから。
「おう太郎、どうした」
「少し相談したいことが有りまして、小姓らが揃いましたらお話致します」
少しして皆が揃ったので話を始める。
「まず政ですが、だいぶ広くなりましたので小分けにしたいと思っております」
「確かに広いな」
「はい。ですのでまずは郡を基本に小分けにしようかと」
「具体的には?」
閉伊郡からこの遠野郷と久慈郡を分割独立させ、糠部(ぬかのぶ)郡から二戸郡と九戸郡に分割する旨を説明する。十勝国は今のところ浦幌郡のみだ。八戸を落とした暁には三戸郡など前世の青森県と同じように分割することを話す。
「結構大雑把なのですね」
毒沢彦次郎丸は前世の市町村制を知っているからだろうかそんな反応だが、人口が少なすぎるから仕方が無い。
「田名部は軍港にも良いし大規模な練兵場も作れる。さらに蝦夷ヶ島ほどでは無いが開拓すれば麦や稗粟なんぞが穫れるし鮭も獲れるようだ」
昆布もあったな。ホタテの養殖ができればさらにいいんだがな。そんな事を話していると父上も皆もノリノリだ。
「ねえ殿、勝ったつもりで計画を立てるのは良いけれど油断は禁物じゃ無いの?」
至極当然なツッコミを雪にいただく。
「そうなんだがいくつか手を打っているからな。評定で話したけど戸沢には手を出さないよう文を送っているし、大光寺はこちらに兵を出す気はないようだし」
「でも主力は北の御所様と八戸なんでしょ?」
「雪姫、それは心配せずとも良い。当家には鉄砲と大砲があるのだ」
父上がガハハと笑いながら答える。
「手銃っていう火縄銃より原始的な鉄砲を八戸に十丁ほど売ってやったぞ」
俺の言葉に場の空気が凍る。余ってる鉄を鋳型に流し込み作っただけの簡易なハンドカノン。当たれば確かに致命傷だが射程も命中率も当家の火縄銃にかなわない。
「ちょっ!なんで敵に鉄砲なんて売るのよ!」
「そうだぞ、太郎、当家の利点は鉄砲と大砲を持っているというところではないのか!」
「ふたりとも落ち着いて。売ってやったわけだが、一丁いくらだかわかるか?」
皆首を傾げて考える。
「一つ一貫文くらいかしら?」
「ははは、一つ二百貫文だよ。最初は二千貫文吹っ掛けたんだが流石に渋られてな」
「で、でもそんなに売って大丈夫なの?」
「特に産業があるわけでもない八戸だ。米払いなら年貢の大半を使わなければ十丁なんて手に入らないんだ。そこに火薬と弾丸も買うとなれば支出を補うために重税を課し、それでいて八戸の蔵の米はどんどん消えていくわけだ」
刈田なんかしなくったってそれ以上の米が手に入るんだからまさに濡れ手に粟ってやつだ。しかも鉄はタダ同然。
「火縄銃を作る傍らでそんなの作ってたのね……」
「鋳物の精度をあげるには作るしか無いからね」
それがこんな大金に変わるんだから笑いが止まらんさ。
「あと新しい鉄砲もつくったから」
そう言って真新しい鉄砲を袋から取り出す。
「新しい鉄砲?火縄をつけるところが無いようだし、銃から棒が伸びているのはなぜだ」
「これは燧石を使ったものです。湯田村で黄鉄鉱が見つかったのでそれを使ったものです。この銃から垂れる棒は歯輪の衝撃で振れるのを防ぐ、二脚というものです」
これで火を持ち運ばなくていいし、二脚で銃が安定するので狙いやすくなるし今ある火縄銃を改造もできるので今の技術でも量産が可能なのもいい。火皿の蓋をL字にしてライターのように擦って火がつくようにしてるので雨の夜でも狙撃ができる逸品だ。
「これで火の扱いに気を使わなくて済みます」
むしろ問題は増大する硝石消費量に対して生産量がなかなか増えない。牧場を増やして対応しているがそんなに急には増えないからね。
ハーバー法の研究は配管が吹き飛んでしまうのと水素の製造がうまく行かないので遅々として進んでいない。基礎的な化学が進んでいないのに取り掛かるのは無謀だったかな。
「殿、射ってみてもよろしいでしょうか?」
来内竹丸が試射したいとの声で現実に引き戻される。
「構わんぞ」
喜んだ竹丸が鉄砲を掴んで城の試射場で試し打ちをする。一発目は二脚を使わずに射って狙いから大きくはずれるが二発目は二脚を使ってしっかりと当てた。
「この足があると狙いやすいですね。無いと燧石を打つ時に少しずれますね」
「うむ、そのための二脚だからな。これで火縄が不要なんで固まって射撃することも可能になる」
火縄を使わないので密集形態で弾幕を張ることができるのは大きな利点だな。
「一方でこれが八戸に売ってやった鉄砲だ」
鋳鉄製のハンドカノンを見せる。
「それも射ってみて良いでしょうか?」
「勿論だ」
今度は柄を肩に乗せ、銃身を持ち、火皿に直接火縄を押しつけしばらくするとズドンと轟音がなり、明後日の方向に飛んでいった。
「これはなかなか狙いがつけにくいですね」
「まあ当たればやはり鎧を貫くのだが、使いづらいだろう」
「そうですね。これだと同じ距離なら我ら砲が確実に仕留められるかと」
来内竹丸は納得したようだ。他の者もこれなら流しても問題は無いと思ったようで異論が無くなる。
「でも油断しないでね?」
雪からしっかり釘を刺された。
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