第三百四話 蒸気機関の発展

鍋倉城下 阿曽沼遠野太郎親郷


 九戸を攻略し稲刈りまでの蒸し暑い夏のある日、待ちに待った物ができあがった。


 ボシュー!っと蒸気が音を立て、ついでガガガッ!と大きな音を立てて土が剥がれていく。


「おおー!すげーじゃないか!」


「な、なんだこれは……」


「あ、あっという間に地面が平らになってしもうた」


 デモンストレーションで城下の道を均していく。鉄の車輪にところどころ鉄板を付けた布製の無限軌道もどきをカタカタと鳴らして表土があっという間に剥ぎ取られる。


「殿!どうでしょうか!」


「工部大輔見事だ!ところでブレードの上下は機械でできないのだな」


 いちいち止めて数人がかりで鎖を使ってブレードの位置を変更している。


「生憎とそこまでは……」


 油圧機構は研究すらまだ始められていないらしい。


「ロードローラーもあるのだな」


「ええ、蒸気式三輪のスチームローラーです」


「素晴らしい……」


 ついに近代的工事が始まるわけだ。


「これで機関車もできれば蒸気時代の到来と言えるだろうな」


「ええ、蒸気の力は未来の力です」


「こうなると石炭の増産が急務か」


「はい。定期的に石炭を仕入れて頂かねばなりません」


 ちょっと大気汚染が心配だけどとりあえずは石灰石を一緒に罐に放り込んでもらうしかないか。あと炭鉱の開発と運搬手段の構築だな。


「とりあえず街道整備をしてもらうか」


「どちらまで?」


「大槌湊までだな。特に笛吹峠と界木峠のそれぞれを優先して整備してほしい」


 八戸との戦いも控えているので九戸までの街道整備もしたいけど時間が足りない。大槌湊まででも時間は足りないのでまずは難所になる峠道の整備だな。


「鉄道も作りたいのですがよろしいでしょうか」


 鉄道か。迅速な移動に鉄道と蒸気船は不可欠の存在だしな。


「わかった。ロードローラーも作ってくれたし鉄道敷設を進めよう」


「はは!ありがたく!」


「それで経路なんだが……」


「それですと仙人峠を超えるのは今の技術では無理ですので……」


 軌間については1067mmとか1435mmとかは計測できないのでどうしようかと思ったら軌間が大きい方が大きな罐を載せられるので出力に余裕を持たせられるのだとか。そういうことで工部大輔の提案通り五尺軌間にすることとした。これで勾配制限が緩和できるとか。勾配に強いのは良いが、下りでちゃんと停まれるようにできるんだろうか。


「蒸気機関を扱える技術者の育成は?」


「とりあえず今出入りしているものを鍛えておりますのと、後々スチブンらにやらせようかと思います」


「奴らはまだ小学校も終えておらんだろう」


 確か今年で三年生のはずなので小学校だけでも卒業まであと一年あるのを指摘すると工部大輔はむむむっとしかめっ面になる。


「先日の蒸気自動車のお披露目で機械に興味を持ったものが幾人もいるから、そいつらからも選んで鍛えてやってくれ」


 実際男子の半分くらいは興味を持っているようで、中には武家でなければと泣いているものも居たとか。なもんで芽がありそうな者を選抜するくらいは可能だろう。スチブンらも学校終わったらちょいちょい手伝っているようだけど、それはそれでいいだろう。


 そう工部大輔と話をしていると久しぶりに紙屋箕介がやってきた。


「箕介ではないか、息災なようで何よりだ」


「ははっ!しばらく顔も出さず申し訳ございませぬ」


「新しい紙の開発が忙しいのだろう?気にせんでも良い」


「ありがたく存じます。ところでこの蒸気機関は紙作りにも使えるものでしょうか?」


「使えそうに思うが、工部大輔、どうだ?」


「んー紙を作る工程を知りませんので、このまま使えるかはわかりません」


 ということは使えるかもしれぬか。


「使えるかどうかはやってみなければわからんか。ところで新しい紙はどうだ」


「色々な木を使っておりますが色がどうしても残ってしまいますな。しばらく置いていると茶色くなってしまいますしなかなか……」


「いやその程度で十分なのだが」


「しかし楮や三椏から作った紙に比べますと」


「とりあえずはそれで良いのでとにかくたくさん作って欲しいのだ」


 釈然としない表情だが、そんなところで職人気質を出さないでほしい。


「それと木を使うとしましても漉くのは人の手ですのでなかなか数を増やすのは難しゅうございます」


 手漉きでは限界があるか。そういや前世の製紙ってどうやってるんだっけか?全然覚えてないけど機械で漉いているはずなんだよなぁ。


「人の手と使わずに紙を漉く方法を見つけ出せばよいだろう」


「人の手を使わずに……」


「例えば動く網に紙の原料と置いてその網をどうにかしたら紙にならんか」


 流れ作業的に作るはずだからこれでそう間違いはないはずだ。


「んーなるほど、動く型に流し込むと……むむ、ではこうすると……。殿、某は帰って研究を始めますので。工部大輔様、後ほど蒸気機関についてお知恵をいただきたく」


 そう言うと箕介は走って帰っていく。


「そういや連続製紙ってどうやるんだ?」


「私に聞かれましても……まあ手作業のを機械作業にするのをイメージすればなんとかなるかと」


「ふぅん、まあそこは紙屋と其方に任せるか」


「そうしてください。殿はそろそろ城に戻って次の戦の作戦でも練っていてくださいな」


「そうするよ。また何かするときは知らせてくれ」



 鍋倉城に戻り、政務の時間だ。


「ではまず当家に対する八戸の声かけはどうなっている」


「は、八戸とその血族の七戸や新田に当家への警戒感が明らかな北家は切り崩せそうにございませぬ」


「では北の御所はどうか」


「北の御所様は官位と大光寺に奪われた外浜の奪還に興味はあるものの、当家との戦にはそこまで乗り気では無いご様子です。ただ八戸に持ち上げられており重い腰を上げるかも知れませぬ」


 ふむ、すっかり公家気取りのようだが神輿にはなるか。


「大光寺はどうだ?」


「大光寺は北の御所様を警戒し八戸らの誘いには乗らぬ様子です」


 何ならうまく浪岡城を落としてくれれば良いのだが。あの権威は邪魔なのだよな。


「他は安東は当家には興味が無く、蠣崎は当主はともかく水軍が嫌がっておりますので出てこれないでしょう。あと小野寺は家中が落ち着かず当家にかまける余裕がなく、戸沢は態度を決めかねているようです」


「ご苦労。では戸沢には再度文を送ろう。それと今後北畠とも戦になるかも知れぬ。万が一朝敵とされては困るので京に交渉事のできる者を送る」


 評定衆がざわつく。


「殿、それは一体……」


「父上だ」


 当家で官位を持っていて当家の状況も理解している者となると父上しか居ない。大宮様ももっているけど学校を運営してもらっているから、ずっと京に貼り付けておく訳にはいかないし。


「な、なんだってー!おい、太郎!儂はもう京になんぞ行きたくないぞ!頼まれても絶対行かんからな!」


「えぇ……そんな……」


 そこまで父上に拒まれるとは思っていなかった。何か嫌な事でもあったんだろうか。


「他に送り込めるとしたら、清之、其方しかおらぬ」


「むぅ、私に務まるでしょうか」


「家格がな……。しかし其方を置いて他に任せられる者も居らぬ」


「……わかりました。この浜田三河守清之、殿のために京で汗を流しましょう」


「すまぬが当家の為に頼む」


 ずっと一緒だった清之に外交官にするのはともかく京に送り出すのは心苦しいな。四条様には心付けを多くして清之が困らぬよう取り計らってもらうことにしよう。

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