永正6年(1509年)

第二百八十九話 元服

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


 年が明け、小正月を迎える。つまり俺の元服の日だ。


「本当に私が若様の烏帽子親をお受けしてよいのですか?」


「何をいう。清之は俺の傅役であり、義父でもあるのだ。当然であろう」


 多くは当主かより高位の武家が烏帽子親になるそうだが、これまでも傅役として俺を支えてくれた清之が烏帽子親になることになんの問題があろうか。


 少し感極まったのか鼻をすすりながら俺の後ろに立ち、長く伸びた髪をきり、打乱箱(うちみだりのはこ)に切った髪を仕舞い、泔杯(ゆするつき)に淹れられた温かい米の研ぎ汁で髪を整え、髷を結い、月代を作っていく。


 ここで一息いれた清之が前に回り、父上から受け取った烏帽子を青々とした月代に置き、掛緒を結んで固定する。鏡台が俺の前に置かれると、烏帽子をかぶった自分の姿が映る。


「ご立派でございます」


 清之が感想を述べてくるが自分としてもなかなかなもんだと思う。


「うむ、それでは名前だが親郷と名乗るが良い」


「ははっ」


 父上の守親の親と遠野郷の郷か。いい諱だな。


「ではこれより阿曽沼遠野太郎親郷(ちかさと)と名乗りまする」


 せっかくなので遠野を仮名(けみょう)に取り込んで名乗りとするのも良いだろう。


「うむ、阿曽沼を背負うのだ。それくらいはよかろう」


 こうして元服を終え、お披露目となる。

 書院の間の襖を取り払って広くした評定の間にはすでに各武将が座っている。


「待たせたな、面をあげよ」


 父上の言葉に平伏していた皆が顔をあげる。


「孫四郎改め、阿曽沼遠野太郎親郷である。皆、よろしく頼む」


「「「ははっ!」」」


 俺の名乗りに皆が再び平伏する。


「面をあげよ。それとな今日この時をもって家督を孫四郎……遠野太郎に譲る」


 父上の言葉に皆がざわめく。


「おお!これはめでたい!神童がこれほど早く家督を継ぐとはな!めでたいついでに一つお願いが御座る」


 以前言っていた被官の話か?


「神童に領地を献上し被官となりたいのだ」


「守儀!」


 守綱叔父上が声を上げる。


「貴様、武士の本懐を忘れたか!」


「おいおい守綱兄ぃ、武士の本懐はその土地を守るというのはわかっておる」


「なれば!」


「しかしな、俺が思う土地とは何かと考えたところな、俺にとってそれは江刺や胆沢だけでなく阿曽沼全体なんだ」


 ずいぶんと先進的な考え方だな。


「むぅ……そう考えればなるほど筋が通っているように思うな。しかし土地を返しては禄がなくなるであろう」


「なに、工部大輔らのように禄を銭払いしてもらえば同じことよ」


 まあ確かに弥太郎らには銭払いしているが、守儀叔父上だと禄が多くなるからちょっと大変だな。


「守儀叔父上の申し出、誠に有り難く存じます。銭も幾ばくか蔵にございますのでなんとかなるでしょう」


 去年の後半くらいから銭の鋳造がうまくいくようになってきたからな。見た目の良い永楽銭が溜まってきている。


「では俺はこれより神童、いや殿の臣となる。よろしく頼むぞ」


「守儀……真か」


「おうよ。いやぁこれで面倒な年貢の管理とかしなくて良くなるなら安いもんだぜ」


「……本音はそこか」


 守綱叔父上が盛大にため息をつく。


「何を、俺が阿曽沼の領全体を守るということも本音ぞ」


 守綱叔父上が唸る。


「殿、この度は祝着至極にございます。ところでこの大槌十勝守も大槌と十勝の地を殿に返上いたし国人ではなく臣となりたく存じますがお受けいただけますでしょうか」


 大槌十勝守も領地を返上したいと言ってきた。


「もちろん構わんが、理由を聞いていいか」


「幾つかございますが一つは某は海に生きるものですので陸に領を持っていても持て余してしまいますし、海原を駆けるには重荷になってしまいます。それと以前殿にはお話したことがあるかと思いますが、税は主家でまとめたほうが効率よく利用できます」


 そんなことは言ってたかな。覚えていないが、税もまとめて投資したほうが効率的なのは間違いない。


「それに当家は一度、阿曽沼を裏切った身。この大槌家が二度と裏切らぬことの証左としてもお願いいたしました次第です」


 最後にとんでもないことをサラッと言ってくれる。これで断れなくなったではないか。


「分かった。しかし守儀叔父上、十勝守、そなたら二人は臣になってもらう。しかし人手が足りぬのでこれまで通り岩谷堂城と大槌城並びに十勝国の代官として仕事はしてもらう」


「ええ~!神童!そりゃねぇよ!」


 守儀叔父上が口をとがらせて抗議してくる。


「叔父上、我儘を言わないでください。もう数年したら小学校を終えたものが出てきますのでそやつらを代官候補として派遣します故」


「ちぇっ仕方ねぇな。わかったよ」


 渋々とだが守儀叔父上が了承してくれた。


「ははっ。では我が領にはいの一番に人をいただけますようお願い致します」


「おい!十勝守!抜け駆けすんな!」


「守儀叔父上、人に関してはなんとか守儀叔父上にも遣れるようにいたしますので」


「わかったよ」


 他の武将らを見ると隣同士でなにやらガヤガヤ話し合っている。


「しばらくは儂もこれまで通り政務を行う。皆も遠野太郎をよく支えてやってほしい」


 父上の締めの言葉に皆平伏し俺の元服の披露が終わり、父上が手を叩いて宴が始められる。



 毎度ながら二日酔いで頭が痛い。


「若様お味噌汁で良いかしら?」


「ああ、ありがとう」


 粟粥に味噌汁の朝餉で頭を少しすっきりさせる。


「今日のはいつもと違うな」


「美味しい?」


「ああ、うまい。これはまた飲みたくなる味だな」


「そっか」


 雪は機嫌良く朝食を頬張っている。


「で、若様、じゃない殿、これからどうするの?」


「これからって?」


「ほら、家督を大殿から譲られたわけじゃない」


「そうだねぇ、軍制と司法の整備が必要かなと思ってたけど、まずは食糧管理法の制定かな」


「え?なんで?」


「去年は女神様のおかげで豊作だったけどこの先もそうだとは限らないし、食料価格と食料供給は化学肥料と農薬とが手に入るまではある程度統制した方がいいとおもうんだ」


 前世のような高度な農業技術が有るわけではないし、戦も続くだろうし旧南部領や蝦夷地なんかは米が期待できないから統制してないと領内の米価が大変なことになりかねないし。


「そもそも食糧管理法ってどんなのなの?」


「たしか走りは大正時代の米騒動のあたりだったと。とりあえず国が主食食料を管理するって制度だね」


「それで領内の食料流通量を統制しようっていうこと?」


「まあまずは直轄地からだけどね」


 米の買い上げは葛屋というか遠野商会で全量買い上げ、収穫期の安い領外の米も買い集めさせて余剰分は不作の地域に高く卸せばまあなんとかなるだろう。


「また葛屋には忙しく働いてもらわねばならん」


「ほんと人使い荒いわよねぇ」


「人が足りないからな」


 人材育成には時間がかかるからこればっかりはどうしようもないな。

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