第二百九十話 スキーと犬ぞり

鍋倉城 阿曽沼孫四郎改め遠野太郎親郷


 あの後、狐崎と毒沢も領地の返上を申し出てきた。意外だったのが沢内太田であるが、なんでも山奥過ぎて米のできが不安定である故返上し、禄での奉公をとのことだった。


「それと殿にお願いしたいのが、先日披露された蒸気で動くという荷車、あれは土を取り除くのに使えると伺いましたが真でしょうか?」


「うむ、まだそこまでは至っていないが今後できるようになるだろうな」


「でありますれば、できましたら一つお譲りいただきたく!」


 遠野はそれほど雪が深くないので気づかなかったが、奥羽山脈のど真ん中なせいで冬の到来が早く、雪が降れば麓に物を買いに行くことはおろか、家から出ることすらままならなくなるという。そんな状況なので一度に雪を除去できるかもしれない機械に興味を持ったのだという。


「わかった。冬にどれくらい使えるかも知って置くのも必要だしな。それと雪の上を進むのに便利なものを拵えている」


 木工寮でスキー板の試作をいくつか作らせていたのだが、折よく沢内が訪ねてきたので預けて使い勝手についてフィードバックをもらうのもいいだろう。


「これはソリの板ですか?」


「うむ、ここの紐でブーツをくくりつけ使うものだが、場所を変えよう」


 一組を沢内に渡し、雪や小姓等と城下に降りる。遠野学校の隣にある空き地で板を履き、小高く積んだ雪山を滑り降りる。


「おお!」


 前世ぶりのスキーなんだけど、まあ筋肉は覚えていないもんで派手に転んでしまった。


「とまあこのように転ぶと危険なのでまずは転び方からだ」


 何事もないように取り繕いながら話すが、雪がニヤニヤしている。女袴にブーツを履いてスキー板をつけてゆっくり降りていく。


「奥方様はうまいですな」


 雪に指導されつつ昼過ぎまでスキーを行い、城に戻る。


「なかなか難しいものですな。しかしこれだと冬でも動けますな。橇にこんな使い方があったとは存じませんでした」


 沢内は感心しきりだ。


「ではこれは頂いて同じようなのをいくらか作ってみようと思います」


「うむ。それとなソリを軽く作って犬や馬に牽かせるのも良いぞ」


「馬はともかく、犬、ですか」


「うむ、遠い異国では犬にソリを牽かせることもあるそうだ」


「そのような国があるのですか」


「うむ。何頭も犬を連ねて牽かせることで人や物を運ぶんだという」


「承知しました。しかし、犬に橇を牽かせるのですか。それは考えたこともございませんでした。そのあたりモノにできぬものか試してみます」


 犬ぞりや馬橇にスキーが使えるように為れば冬の移動にも有効だろう。


「もう一つ、雪深い地での行軍に必要な装備や戦の仕方なんかを検討してくれんか」


「冬に戦をするのですか?」


「どんなときでも戦ができるよう備えることも武士の本懐であろう」


 雪中行軍もやりやすくなるだろうか。刀や槍なんかは使いづらそうだから飛び道具が主体になるだろうか。


 沢内はわかったようなそうでもないような曖昧な表情をみせ、遠野の下屋敷に帰っていった。



遠野学校 阿曽沼遠野太郎親郷


「これが高等小学校の教科書ですか」


 高等小学校の算学の教科書をめくる。分数計算なんかが書かれている。割と前世で見たものと変わりは無い。


 ところで今年で一期生が四年生となり来年には卒業となる。引き続き高等小学校として後期初等教育を行う。ちなみに高等小学校は二年間で授業料がかかるのだが、一期生は武家や商家、豪農の子が多いのでほとんどが進学する予定だそうだ。武家なんかだともしかしたら借財しても進学させるかもしれんし、一般の民草に埋もれる優秀な者を拾い上げられるよう、奨学金制度も作った方が良さそうだ。


 高等小学校の科目は算数、国語、所作に加えて日本人であるという意識を叩き込む修身は引き続き行いつつ、漢文と体育を入れていく。


「この体育ってのはなんや?」


「身体教育のことでございます。走ったり跳んだり、行進したり、夏であれば水練もしようかと」


「行進とはなんや?」


「列のまま歩くことですね」


 隊列を組んで行進するという統一された動きを身につけるのは協調性の涵養という意味でも有用だろう。前世の学生時代には面倒くさく感じたけども。


「それが何の役に立つんかは知らんけど遠野太郎はんがそう言うんなら必要なんやろ」


 小姓の四人には行進を身につけさせたのでこいつらを行進の教官にする予定だ。


「実業学校も作りたいが、まずは師範学校からかな」


「師範学校とはなんや」


「学校で講義を行っている講師を育てる学校ですね」


「ほぅ、あてらみたいなのをつくるんやな」


「はい。それで今後増える学校に派遣して、領民に学を与えようかと思っております。それと今は大宮様に遠野学校の校長に就いて頂いてますが、本当は考えております大学、……大学寮の頭になっていただきたいのです」


 珍しく大宮様が驚いている。


「大学寮とな……なんや遠野太郎はんは律令を復活させるおつもりなんか?」


「ある程度は。それに大宮様も算博士でありますれば、博士の由来である役職に就いていただくことはそうおかしな事ではないかと」


「む、むぅ、せやなしかしあてが名ばかり博士でなくなるのやな」


 遠野学校の校長は誰か別のものを据えればよいし、大宮様もお喜びだしうまく発展させていきたいものだな。

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