第二百八十七話 ビール祭り

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


 稲刈りが終わった。女神様の言葉通り今年は豊作であった。豊作を祝い、今年は領内の村という村が祭りで賑わっているとか。


 そしてこの鍋倉城でも豊作を祝う神事が執り行われた。


「これがびいるとか言う麦から作った酒か?」


「このたんぶらーとかいう湯呑で飲むのだな?」


 父上に続いて守綱叔父上が聞いてくる。ガラスはないのでとりあえず焼き物でタンブラーを作ってもらった。


「ええ、では注いで行きます」


 神棚にビール樽をお供えし、それとは別に振る舞い用の樽の栓を開ける。


「おお!泡が!」


 一杯目の泡を少し捨て、もう一度少し継ぎ足して父上にわたす。そして次々に入れていき大体皆に渡ったが、皆初めて見る泡とそして香りに興味津々だ。


「では父上、口上をお願い致します」


「う、うむ。おほん!それでは皆今年は真っ事豊作であった。大変喜ばしい限りじゃ。それもこれも正一位稲荷大明神とその使いとも言われる我が子、孫四郎のおかげじゃ!年が明ければ孫四郎を元服させ、家督も継がせるつもりじゃ」


 え、元服はともかく家督もだと?武将たちも流石に色めき立つ。


「しばらくは儂が政務を手伝い孫四郎の足りぬところを埋めるつもりじゃ。そなたらにも忙しくしてもらうこともあろうが、このびいるという新しい酒に免じて欲しい。では!」


 そんな事言われたら美味しく飲めないじゃんと思ったけど、守儀叔父上を筆頭にぐいっと開けていく。


「ぷはー!なんだコレ!苦味の中に甘さとかあるし、軽くて飲みやすいな。それに喉を通るときの爽快感がなんとも言えぬ!」


 口の周りを泡で白くして守儀叔父上がまくし立てる。俺も一口飲んでみたがうん、これラガーだ。冷えてないけど前世ぶりのビールの喉越しがたまらない。


「こ、この酒を本当に雪姫が作られたのか!」


 守綱叔父上はまさか本当に雪が作るとは思っていなかったようで驚いている。


「ほぉお、これはまた旨い酒やな。苦味もこれはなかなか癖になりますな。五辻はんもそうおもうやろ?」


「はい。これは初めて飲む酒ですね。このような旨い酒があったとは……」


「ほほほ、これはお肉と合いますね」


 静子様もすっかり猪肉ベーコンに慣れ、炙ったベーコンをビールで流し込むというなかなか豪快な飲みっぷりを披露する。


「静子、そなたそのような品のない飲み方は……」


「あら、お前様、これがええのよ」


「ほんまか?どれ……くぅ!確かにな!こら癖になるわ」


 あっという間に一樽空く。


「若様、家督継承おめでとうございます」


「十勝守、どうだ。しっかり飲めているか?」


「はい。まさか斯様に早くビールを飲めるとは思っておりませんでした」


「若様!子のビールはなかなかですな!ぷはぁ!」

 

 十勝守が大人しく飲んでいる一方で弥太郎は絡み酒の酔っ払いだ。


「いやいやまさか今生でビールを飲める日がこんなに早く来るとは思っていませんでしたよ!」


 上機嫌に十勝守と肩を組む。十勝守はすごい嫌がってるけれど。


「まさに雪様々といったところだな」


「はい、噂の雪様よ」


 そんなことを言っていたら雪が現れた。


「どう味は?うまくできたようだけど」


「ああ、旨い。ベーコンによく合う」


「そうでしょ。まあ私はまだ飲まないからわからないけど、皆美味しそうに飲んでくれてるから成功かな」


 ホップのお陰で保存性はそれなりにあるそうだから冬のうちに四条様にも献上しておこう。ちなみに俺も最初の一杯だけだ。


「この後はウイスキーにするのと、ワイン醸造だな」


「そうね。ぶどうが思った以上にいい出来だからワインも期待していいわ。ねぇ大槌さん、弥太郎さん、ぶどう踏みに華鈴さんと小菊さんも参加してもらえないかしら?」


「構いませんが、ぶどう踏みですか」


「あれ、先日圧搾機つくりませんでしたっけ?」


「殆どは水力圧搾機でやるんだけど、若様がぶどう踏みで作ったやつを所望なさったからね」


 くつくつと笑いながら雪が言う。


「なるほど、であれば華鈴にはぜひ参加させようか」


「小菊にも言っておきましょう」


「あ、でも踏んでるところは見ちゃだめですからね」



高水寺城 斯波孫三郎


「なに?それは真か?」


「はい、若様のお帰りが遅く、また見捨てただの死んだだのの噂が飛び交って降りましたので、家督継承を熊千代様にするということになっておりました」

 

 数ヶ月音信不通だっただけでか。家督相続に争いはつきもののようだがこれはなんとも。


「それで大崎様にも使者を立てしまったのだな」


「左様でございます」


 となるととりあえずの正当性は熊千代にあるのか。家督が継げないとなると富国強兵策を行うのが難しくなるからなんとか家督を得なければならんか。


「であればまずは穏便に家督を俺に戻してもらうよう話してみるしかないか」


「うまくいくでしょうか?熊千代様を推す者らは阿曽沼に援軍をするよう使者を出すようです」


 もう動くのか。選りに選って阿曽沼を引き込むとは、母上は何をお考えなのだ。しかしこれではっきりしたことは向こうは穏便に済ます気はないということ。二回目の人生とはいえ血を引く二人に刃を向けねばならんのは少し気が引けるが、黙っていてはこっちがやられるので手をこまねいているわけには行かない。


「阿曽沼のことだ、ただでは動かんだろう」


 葛西への助け戦でもかなり切り取っているようだし、今回援軍を出したとしても何かしらの条件をつけてくるのではないか。


「では我らは一戸や九戸に援けをするように伝えましょうか」


「条件は何とする?」


「阿曽沼領の切り取り次第でどうでしょう」


「それであれば乗ってくるだろう」


 その後は南部残党内で争いになるだろうから各個に撃破すれば良い。


「阿曽沼はずいぶんと豊作だったようで、彼の地を手に入れられればどこの家もずいぶんと富みますからな」


 なんでも今年は麦や雑穀も入れると十万石を優に越すとか。お陰で阿曽沼領内はそこここで豊作祭になっているらしい。


「当家も負けてはおれんが、それも母上を打ち倒してからだ」


 帰還した日にはもてなしてくれたので何事もなく暮らせるものだと思っていたが、母上の一時の気の迷いだったのか或いは俺の情に訴えて油断を誘う策だったのか。


「兵を出せるとしたら何時になる?」


「これから麦まきがありますので、早くて来年の田植えの後でございましょう」


「わかった。いつでも兵を出せるようにしたくは怠るなよ」


 皆が一礼して出て行くと大きく嘆息した。

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