第二百八十四話 鉄道の前にロードローラーだッ!
鍋倉城 阿曽沼孫四郎
「この鉄が鋼と?」
「は、そのようです」
弥太郎が俺と父上にできあがった鋼を見せに来た。といっても俺にも父上にもただの鉄の塊にしか見えないのでこれが鋼と言われてもよくわからない。
「工部大輔、これは刀や槍にはなるのか?」
「は、殿や若様が佩くような質では有りませんが、雑兵に持たせる奴なら十分に、と鍛冶師は申しておりました」
ふぅん最高級の鋼ではないがそれなりに使えるのか。
「で、どうやって作ったのだ?」
「それが湯だまりを深く作ってそこに風を送り込んだようで」
よく鞴で送風できたな。いやいやその前に無茶じゃないか。
「えっと高炉の者たちは無事だったのか?」
「そのように聞いております」
「しかし鞴では溶けた鉄に空気を送り込むなど難しいのではないか?」
「確かに……。確実を期すためには強力な送風機を作らねばなりませんな」
「孫四郎、工部大輔、一体何を言っておるのだ?」
「ああ父上、より確実にこの鋼を作るための方策でございます」
「ふむ、その辺りは其方らに任せたので儂は退いていいかな?」
父上はあまりご興味ないよう。
「はは、では続きは私室にて行います」
書院を辞し、私室に戻る。
「さて高炉はなんだか熱回収も始めたそうだな」
「はい。思ってもみませんでしたが」
「こうなるとあまり俺たちがあれこれ言う必要はなさそうだな。あとはコークスが実用化できれば……」
やっていることは無茶苦茶だが、こうも早く実現するとは思っていなかった。
「鋼鉄がパドル炉使わなくても作れるとなるとパドル炉はどうしような」
軟鉄を作るのには使えるかも知れないけど鋼鉄ができれば正直あんまり。
「まだ鋼鉄の加工技術がありませんし、転炉に昇華するのにも時間が掛かるでしょうから今しばらくはお役御免とはならんでしょう」
「そういうものか」
「そういうものです」
弥太郎も指導していないとなればもうこれから先は雪だるまが大きくなるように技術が進歩していくのだろう。
「何はともあれ鋼鉄が量産できそうだというのはめでたいな」
「はい。私の作っている蒸気機関の改良にも繋がります」
「蒸気機関か……蒸気自動車はそろそろできそうか?」
「いやぁそちらは……蒸気を効率的に作ろうと水管式にしたら罐が耐えられず破裂してばかりです」
「そういえば蒸気機関車は煙管がどうのとか聞いたことあるが違うのか?」
「煙管式だとエネルギー効率が悪いんですよねぇ。水管式だと少ない燃料で蒸気を作れますし簡単に百気圧くらいいきますんで。まあそのせいでぶっ壊れるんですが」
「い、いやまずは安全面を重視して実用化してくれないかな?」
「そう仰るならそう致しましょう。さしあたり蒸気機関車の製造からでよろしいですか?」
「んや、ブルドーザーとロードローラーにしてくれ」
「は?」
「あと耕運機な。それに併せて無限軌道も開発してほしい」
「な、何故です!なぜ機関車じゃないんです!」
「考えてみたんだが、機関車で効率よく運ぶのはいいんだが、効率的にインフラ構築するのはより大事じゃないかと思ってな」
建機ができれば道路に鉄道に水路整備にいろいろ使える。できれば油圧ショベルもほしいけど油圧機構はまだ無理だろうし。歴史としては機関車の方が早かったけど鉄道作るのに重機があった方がいいよね。開墾にも使えるし。
耕運機は言うまでも無く農作業の効率が格段に上がる……はず。蒸気式だと重すぎて田んぼじゃ使えないかもしれないけど。
「わかりました。汽車があっても線路が引けないのではしょうがないですからな」
「よし、それはそれでいいだろう。あと船に乗せられるくらいのものも早めに頼むぞ?ところで今日はこれからとある場所に行くのだが弥太郎、貴様も来るか?」
「構いませんがどちらに?」
「前世を思い出す場所だ」
「はぁ?」
呆けている弥太郎を連れてとある蔵に入る。
「この辺りは蔵が多いですな」
「ああ、隣は次の冬から日本酒の試製を始める。その隣は秋になったら使う」
「で、この蔵は……またずいぶん甘い香りですな」
「若様に弥太郎殿、如何しました」
雪に顎で使われている清之が応対してくる。
「少し様子を見にな。雪はどこだ?」
「地下の寒い部屋におります」
階段を降りていくとだんだんと冷えてくる。
「若様これは?」
「これは硝石を使って冷やしているんだ」
十勝守が硝石庫に入ると寒いといっていたのでビール製造と硝石の保管を兼ねて拵えた。
「あら若様、どうかしたの?」
「いや作業は順調かとおもってね」
「ふふ、なかなか良い麦だったから。いまとっても順調よ」
「雪姫、甘い匂いは一体なんでしょうか?」
「それはこれでーす!」
そう言って雪が樽からいっぱいの甘い水を差し出す。
「これは、また甘い……」
「これが麦汁の味か」
「そうよ!上ではこれにホップを入れて沸騰させて濾した樽をこちらに運び込んでいるの」
そして大きな樽にこの麦汁を投入、しているのは下女の紗綾だ。
「姫様、移し替え終了しました」
「ご苦労様、貴方もこの暖かい麦汁飲んで休みなさい」
「はい!ありがとうございまひゅ!」
疲れた身体に甘い麦汁が美味しいのか紗綾は恍惚とした表情で一口ずつ味わうように飲んでいく。
「それでここに酵母を入れてどれくらいでできるんだ?」
「だいたい一ヶ月といったところね。上面発酵になるか下面発酵になるかわからないから上手くいけば、だけど」
「どう違うんだ?」
「上面発酵だと代表的なのはエール、下面発酵だと代表的なのはピルスナーなどのラガーね」
ここまで聞いて弥太郎が目を見開く。
「もしやここは……」
「そうだ、ビール工場だ」
「雪姫は食品加工が得意と聞いておりましたが、ビール……」
「どうだ、少しばかり前世を思い出すだろう?」
「いや、真に」
「姫様、前世とは?」
「紗綾、若様がお稲荷様の遣いと聞いたことはあるでしょう」
紗綾がこくんと頷く。
「お稲荷様が使わされる前の世界ではこういうお酒が合ったのよ」
紗綾がなるほどと手を打つ。
「そういうことですか。承知しました。それではもやしを入れる作業に行きますね」
「お願いね」
それで納得してくれるなんて紗綾は良い子だな。
「それで若様、お願いがあるんですが」
「なんだ?」
「やっぱりガラスが欲しいんです」
瓶やジョッキにグラスにすれば色味も楽しめるだろうとのこと。
「うーんでもガラスは融点が高いからなぁ」
「ではなにか融点が下がる物質を探して見ましょうか」
「んー弥太郎有り難い申し出だがお前はまず蒸気機関の改良だ。左近に命じて日本のどこかにガラス職人がいないか探させるのと平行して葛屋に明の書物になにか参考になるものが無いか探ってもらおう」
とりあえずは陶山に命じて陶器製のジョッキを作らせようか。
「あと若様これも食べてみて」
「これは、水飴?」
「そうよ。麦芽を使って作るから作ってみたの」
ああ甘い。飴ちゃん美味しい。
「弥太郎さんもどうぞ」
「これは忝い」
弥太郎も水飴を美味しそうに食べる。
「砂糖はめったに食べられないけど、これなら麦さえたくさん作ればできるからね」
となれば十勝でも大麦の量産をしてもらうかな。水飴とて高級品だけど砂糖ほどではないし以前ほど敵に怯えなくてもいい。なんなら浪岡北畠に取り入るのに使っても良いかもしれんな。
父上らに差し出す分の水飴を分けてもらい、雪と一緒に城に戻る。城から眺めると今年は豊作のようだが圃場整備したところは一際緑が濃くなっている。
「このまま浮塵子が現れなければ今年は豊作だな」
「そうね。そうしたら冬には清酒を仕込めるわ」
「ビールはいつ頃できるの?」
「んーと今からひと月くらいだからちょうど稲刈りのあたりかしら」
「うまく行ったら稲刈り後の祭りでお供えしようか」
「そうね。それとお米を収穫した後すぐにぶどうの収穫をするわ」
「遂にワインか」
「ええ、若様は赤ワインはのめる?」
「前世では時々飲んでたよ。チーズに合わせるといい感じだね」
「新しく始めるから美味しくなるのにはそれなりに時間がかかるかもしれないわ」
培養酵母なんかはないので味が安定しないかもとも。何にせよ今年から来年にかけて新しい酒の誕生が目白押しになるわけだ。
「ウイスキーなんかも作れる?」
「まずは清酒やビールやワインがうまく作れるようになってからね」
とりあえずうまい酒ができるように祈るしか無いか。
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