第二百八十三話 鉄づくり

橋野高炉 長兵衛(三人称です)


 長兵衛は悩んでいた。銑鉄の製産は落ち着いたが高炉の底にたまる鉄の塊の解決の糸口が今もって見つからないことに。そして予熱した空気で高炉を吹くことで高炉自体に投入する炭を減らすことができ、銑鉄の質もよくなったものの、炭の総消費量が減らないことに。もう一つ、高炉から一度に取り出せる鉄はたたらなんかよりもおおく、冷えるのに時間が掛かって高炉からパドル炉への移動が滞ってしまうことに。


「底にたまった鉄はなんともならぬな……」


「そのうち良い方法が見つかるかも知れんから気長にやろうぜ親父」


「そうですよ父上、気まぐれにやった風を熱して送ることで銑の質が安定しましたし、そのうちいい手が思いつくんじゃないでしょうか」


 長男の安太郎、次男の良次郎に励まされたが気は晴れない。


「燃やす炭を減らさねば山がずいぶんと寂しくなってきたからな……」


「それは如何したものか……」


「お、そうだ!父上、兄上、高炉からでる熱を使って送り込む風を暖めたらどうだ?」


 良次郎の何気ない一言に長兵衛は電撃にも似たひらめきを得た。


「そ、そうじゃ、なんで今まで気がつかなかった!火ならすぐそこにあるではないか」


 早速綾織の陶工司のところへと駆け込み、耐火煉瓦に使う土で土管を作ってくれるよう頼み込んだ。そして北上山地ではたくさんとれる安山岩を構造材に前世で言うところの熱風炉の先駆けとなるような単純な小屋を組み立てていく。やがて綾織から土管を受け取り、何個もつなげ熱風炉を試運転する。


「おお!これは良い!今までより炭の量を減らせるぞ!」


 配管の最適化などは全く考慮されていないし高炉ガスの利用もないので、まだまだ効率は悪いがそれでも炭で予熱しなくて良くなったので炭の使用量を減らすことに成功した。


「しかし銑はできてもそこから先が進まんのう……」


「鉄が冷めるにはしばらくかかるからなぁ」


「とはいえあんまり置いていては火事が心配になります」


 高炉からでたばかりの銑は火焔をしばらく上げている。


「うむ、それで水をかけたことがあったがアレは大変なことになったな」


 一度は良かったのでもう一回やったら水蒸気爆発を起こして大惨事になったので水冷は今のところ封印されている。


「水が使えないなら風を当てたらどうだ、親父」


「風を当てても表面だけであろう」


「なら溶けた鉄の中に管を入れて風を送ってみれば良いのでは」


「できるか?」


「やってみましょう」


 早速送気管を深めに作った湯だまりに差し込むように工作する。


「よーし!湯出せー!」


 湯だまりに激しく輝く銑鉄がたまると管を差し込み、鞴で送気を開始するが。


「うわぁ!焔が激しくなった!逃げろ!逃げろー!」


 今までに無く激しい焔を上げる様に安太郎らは逃げていく。鉄がボコボコ沸き立つのを長兵衛はしばし熱さも忘れて眺めていた。


「親父!何している!さっさと逃げるぞ!」


「お、おお……そうだな」


 安太郎に手を引かれ正気に戻った長兵衛は高殿から逃げ出す。高温作業用の革の服を脱ぎ水を飲む。


「いやあ風を送り込むのも失敗か」


「いや安太郎、あれだ」


「はぁ?あんなに火焔が上がって危ないものを使えるわけねぇだろ」


「そうです父上、あれは危のうございます」


「いや、あれは必ず良い結果となる」


 安太郎と良次郎は長兵衛が熱にやられたのかと思い、向かい合って大きくため息を吐いた。しばらくして火焔が収まり、鉄が冷えるのを待って高殿に入る。火事にこそならなかったがそこここが焦げてしまっている。


「よし鉄を持ち上げるぞ!」


 二十人ほどで鉄を持ち上げる。送風管は嵌まったままだが、これは破壊する。持ち上げた鉄は今までと幾分色味が違った。


「まるではがねのような鉄ですな」


 こんこんと安太郎が鉄を叩きながらつぶやく。試しに鍛冶師を呼んでなんとか鉄を切ろうとするが、叩いても伸びるし、櫂炉でできた鉄よりも硬く切りにくい。


「いやーずいぶんと硬い鉄ですな」


 苦心しながら鉄を切ると、鍛冶師が感心したように眺める。


「少し脆いところもありますが、いやこれは、この鉄は刀や槍にも使えるいい鋼のようだ。すこし叩いてみるからちっと待ってろ」


 長兵衛はやはりと、一方で安太郎と良次郎は本当か?と訝しむようである。


「やはりな。これを上手く炉としてやれば鋼も作れるようになるな。それも櫂炉を使うよりずっと早く大量に」


 そして三日後にできた包丁を持って鍛冶師が戻ってきた。


「うむ、問題ない。最高の刀になるわけではないがそこそこの物にはなるし鉄砲にも使えるだろう」


「おお……よし、これは工部大輔様に報告せねば」



遠野先端技術研究所 水野工部大輔弥太郎


ドオーン!


 今日も今日とて高圧缶製造を目指し元気に破壊していた。


「ちっ!また駄目か」


 分厚くすれば耐圧になるが重すぎて運べなくなる。かといってなるべく軽くなるよう鉄を薄くすると圧に耐えきれず罐が破裂する。これで何十個の缶を破壊したかと思うと頭が痛くなる思いだ。


「旦那様、長兵衛様がお越しです」


 すこし背が伸びて体つきが女っぽくなってきた小菊が呼びにくる。ちなみに小菊はまだ数え十三歳なので手は出していない。いないのだがそれが気に食わないようでたまに怒られたりする。


「長兵衛が?わかった。すぐにいく」


 まだ火のついている炭に砂をかけ、その上から水を撒いて消火すると部屋に上がる。


「おう待たせたな!」


「いえ、いきなり参上しまして申し訳ございません」


「それは構わんのだが一体如何したのだ」


「これをご覧頂きたく」


 そう言って長兵衛が取り出すのは鉄の塊。


「この鉄がどうした?」


「実はひょんな事から鋼として使えそうな鉄ができまして」


 鋼だと?


「どうやって作った?」


「いやあ早く冷まそうと管を突っ込んで空気を送り込んだら、焔が上がって失敗かと思ったんですがね、冷めてみれば意外と見事な鉄になっていたんですよ!」


 空気で冷まそうとしただと……無茶苦茶な。むしろよくそんなことを思いついたもんだな。


「これで刀は作れるのか?」


「粘り気の無い鋼ですが、そこまで質を求められなければ問題はないと」


「つまり殿や若様に献上するほどのできにはならぬが、雑兵が使う分には問題がないと」


「左様でございます」


「ふむ、次はいつ作るつもりか?」


「ええと銑をまるごと入る容器を拵えてからですので……今暫く時間がかかるかと思います」


「よし、次は試す場合は知らせろ。それとその際に石灰を入れるとより良い」


「石灰をですか?」


「そうだ」


 たしか転炉にも石灰石いれて硫黄とか燐を除去していたはずだ。


「石灰といえば世田米で掘っているやつですな」


「うむ、肥料や漆喰などにも使われているが鉄を作るのにも使えるそうだ」


「はぁ、便利なもんですねえ」


「ははは、そうだな」


 大量に使用するなら鉄道の出番だな。まずは木のレールにトロッコだ。ボギー台車も作らねばな。むふふ。


「うわぁ工部大輔様のお顔がひどい」


 なに、いかん。しかし質が悪いとは言え鋼鉄が得られるとなれば蒸気機関の改良に目処が立つな!


「そうだ。俺の今改良している蒸気機関を使えば一度に大量の鉄や鉄の材料を運ぶことができるだろう」


「え、そんなことができるのですか?」


「ああ、今俺が考えているのができればな。このことは若様に知らせておく故、研究に励むが良い」


「はは!」


 鍛造機や圧延機なんかもそろそろ考えたほうが良いか。機関車を作ってからと思っていたが、なんか勝手に作り出しそうな気もするから任せるか。

 それよりも蒸気機関の改良と圧力計に圧力弁の設計開発だ。


「よおし!今日はいい日だ!早速蒸気機関の修理だ!」


「旦那様、若様にお報せに行かれないのですか?」


「あー今日の分が片付いたらな!」


 結局小菊に背中を押されて登城し報告と相成った。

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