第二百七十九話 規格の検討

十勝大津 阿曽沼孫四郎


 船酔いに苦しみながら今生において初めて見た北海道は、ただ森と荒野が広がるだけの土地だった。その中で十勝大津城の建築は進んでいるのか山はすっかりはげ山にされている。


「ほぅ結構な城になるようだな」


「ええ、ちょうどよい山がありましたので」


「そして湊は十勝川の河口か」


「そうです。どうやら前世とは河口の位置が違うようで」


「まあそれはいいがこちらの河口は後々動かした方が良さそうだな。この流れでは水が越す」


 十勝川河口を利用するのは良いけど、これだと上流からの土砂で湊が埋まってしまう。今後川と切り離す必要があるだろう。幸い河口はもう一個あるようなので湊側は切ってしまおう。ただそのまま切っただけでは上流に向かうのに不便になるから水門を作ってやったほうがいいか。


「ふむ、では追々進めて参ります」


 


「わ、若様は元気でございますな」


「左近……無理に着いてこなくても良かったんだぞ?」


「そ、そうも参りませぬ。某、若様の行くところであればたとえ火の中水の中でございます」


 青い顔してそう言われてもな。まあ言ったところで聞き分けてくれるでもないから仕方がない。


「で、其方等も良くついてくる許しが出たな」


 小姓四人衆も何故かついてきていた。


「小姓ですから!」

 

 この一言である。まあ側近としてついて行かないという選択肢はなかったのだろう。


「それにしても春だというのに寒いところなのですね」


 来内竹丸がつぶやく。


「うむ、そのせいで米は取れぬようだ」


「米の穫れぬ地ですか」


「なに北郡なんかと変わりない。米は穫れずとも麦や粟稗ができれば飢えずに済むだろう」


「でも米が食いたいです」


 まあ米うまいもんね。麦や粟稗を食った後に白米食うとめっちゃうまいから白米偏重は続くだろうな。それでも麦の収穫が増えれば人口も増やせるし燕麦は反収も多いからなんとか手に入れたいな。


「米も頑張れば作れるかもしれんが、奥州でもなかなか安定せんのだ。こちらでうまくいくかどうか」


 寒冷対応の品種を作ろうと頑張ってるけど、漸く冷水につけてても実の入の悪くないものを選別できるようになったくらいだし、まだまだ先は長い。


 それはともかく前世ぶりに踏んだ北海道の地面はぬかるんでいた。湿地なのかな。


「若様、ようこそお越しいただきました!」


「狐崎浦幌介鯛三だな」


「は!」


「うむ。よく励んでいるようで何よりだ」


「有難きお言葉!ここではなんですのでどうぞこちらに」


 浜沿いの少し乾いた地面を歩いて少し大きな掘っ立て小屋に入る。寒さ対策なのか壁には泥が塗られ隙間風は少なく思っていたより温かい。


「若様がお越しになるとは思っておらず、このようなあばら家で申し訳ございませぬ」


「よい。言わずに来たのは此方の責。それに隙間風がないから十分温かく、いい家ではないか」


 すこし暗いが隙間風が入らない密閉性の高い家はありがたい。一酸化炭素中毒が心配にはなるが。


「冬はあたたかそうだの」


「はは。まあ締め切っていますと気分が悪くなってきますので、板戸を少し開けておかねばならぬのでやはり寒うございますし、部屋の中が暗くなるのも余り良うもございません」


 確かに少し暗いから灯りが必要だな。ろうそくは何で作るんだっけ?蜂の巣からだったか?また今度上方の蝋職人を手配してもらえぬか四条様におねだりしてみるか。


 あとはランプかな。ガラスはないから裸火になるけど、石油は石狩で染み出しているのがあるはずだから手に入れればなんとかなるかなあ。石狩炭田もあるしいずれ目指さざるをえないが以前攻めてきたというシュムクルと戦をせねばならんだろう。


「ところでこの地で食い物は足りているか?」


「は、今のところはなんとか」


 なんとかか。遠野も余裕が出たわけではないが手当せねば開拓が遅れてしまう。


「他に足りぬものは?」


「人手が一番足りませぬ」


「人か……」


「城に湊に町にと、作っておりますればどれだけ人が居ても足りませぬ」


 そらそうだな。百人二百人ほどでは足りないけどあっちも人手が足りているわけではないからなあ。他所から買ってきてこっちに連れてきても忠誠心のないやつでは勝手気ままに野盗になるだけだし。かと言って入植を待っていてはいつまでも発展しない。明治時代のように監獄でも作って一揆を起こしたやつに囚人労働で開墾させるか。


「人も物ももっと送りたいが船が足りんからなあ」


 安定した補給、定期船なんかも必要だろうから造船を急がせて、せめて月に一度は船を出せるようにしたいな。


「若様、船乗りも足りませぬ」


 十勝守に船乗りも足りないと言われる。そういえば足りぬ足りぬは工夫が足りぬとか言ったやつが居た気がするが、足りぬものはどうしたって足りんというやつだ。前世のように機械化が進んでいればある程度なんとかなったんだろうが、ようやく蒸気機関が端緒についたばかりでは期待は難しいな。


「うむ、何もかもが足りんな。人も銭も米もそれ以外も」


「鉄だけはあるようですが」


「それも鉄砲や刀にはならぬものだからなあ」


 鋼鉄にはまだ遠く特殊鋼なんて夢のまた夢。


「船が鉄で作れたら良いのですが」


「なるほどな。しかし溶接できんぞ」


「とりあえずはボルト締結で良いのでは?」


「それでいいのか」


 俺と十勝守のやり取りに周りのものが呆けている。


「となるとボルトやネジの規格化を予め示しておいたほうが良いだろうな」


「どこでも同じ規格のものが手に入れば修理もやりやすくなるでしょう」


「であればとりあえず領内は遠野産業規格とでも名付けて規格化するか」


「若様、十勝守様、お話中失礼します。ネジの規格化ということでしたが、まずは物差しの規格化が必要かと」


 毒沢彦次郎丸が話に参加してきた。


「物差し?」


「はい、お手伝いで図面を引くことがあるのですが、物差しがどれもこれも目印がバラバラでして」


 物差しがバラバラではこまるな。


「んーじゃあ彦次郎丸に規格化をまとめてもらおうか」


「のへぇ!めんどくさそうなことを……」


 めんどくさくっても必要だからな。それに言い出しっぺなんだからやってもらおう。


 そんな有益な話をし、その日の夜は長老らを呼んで宴会となる。持ち込んだ上方の清酒を振る舞うと上機嫌になってくれた。


「阿曽沼少初位下守親が嫡男、阿曽沼孫四郎と申します。以後お見知り置きを賜りたく」


「わ、若様!酌なら私どもが致しますから!」


「まあまあ、気にするな」


「我らが気にするのです!」


 む、そうか。じゃあ仕方がない。とりあえず長老たちに酒を注ぎつつ、遠野に来た者たちの話を色々とする。浦幌介を通訳としてだが。


「通訳が居ないと話ができぬというのも面倒だな」


「しかしどうしようもございませぬ」


「んーむ、こちらでも学校を作るか?」


「学校と申しますと、遠野でできたというやつですか?」


 浦幌介が聞いてくる。


「ん、ああ、だが紙が足りなくてな」


「民草相手であれば高価な紙を使わずとも木簡でもよろしいのでは?」


 ピシィ!まさに電気が走ったようだった。


「そうか、木簡か!思いもせなんだわ!浦幌介、褒めて遣わす!」


「は、はは?」


 よくわかっていない顔だがこれで紙不足はいくらかなんとかなるだろう。後で褒美をやらねばな。


 そうやって数日を十勝大津で過ごし、霧が出てきそうだったので先に釧路を目指すことになった。


「皆船酔いは大丈夫か?」


「はい、なんとか……」


 大丈夫と言うならまだ大丈夫なんだろう。十勝大津に続いて前世ぶりの釧路に到着する。前世でも広い湿原が広がっていたが、いまの開発が入っていない湿原は更に広大に見える。


「ここが釧路か」


「はい。あの岬の向こうで石炭がとれます」


 釧路の東側に突き出た岬、あれの向こう、釧路炭田が太平洋の海底に広がっているのか。他にも炭鉱があったはずなのでおいおい探索させよう。


 船が釧路川の河口に近づくと小舟がわらわらと出てくる。それに合わせるかのように濃い霧が海を覆い始める。


「これはすごいな」


「お陰で船を出すタイミングに困りますね」


 そういうものか。安全な航海術をなんとか作り出してほしいところ。そんなことを思っていると船尾に伝馬船が横付けされる。


「さて、我らも船を降りましょう」


 十勝守に促され伝馬船で陸を目指す。


「む、人が多いな」


「はい。前回座礁させてしまいまして、そいつらが残りましたから」


 いくらかの乗組員がここに残ったと。船乗りは貴重だから船乗りして欲しいがこればっかりは仕方がない。


「十勝守様、お久しゅうございます。そちらは?」


「鱒介息災そうで何よりだ。こちらは若様だ」


「うむ、阿曽沼孫四郎である」


 鱒介らは驚き飛び上がっていた。


「わ、若様がこのような地にお越しになるなど、有難き!」


 また平伏しちゃった。


「ほれ面をあげよ。そんなところで伏しておらずに村に案内してくれ」


「ははっ!」


 連れて行かれた村は開発の始まった十勝大津よりも素朴な雰囲気である。


「ふむ、この地は大きな熊が出ると聞くがこのような葦でできた家で大丈夫なのか?」


「はっ!若様から頂戴しました鉄砲のお陰でなんとか撃退できてございます」


 誰かが襲われているところを鉄砲で撃って倒しているそうだ。仕方ないとは言え何とも言えない気分だ。


「見てください。そうして狩った熊の骨をこのように並べて祈るのでございます」


 熊が神の使いだそうだが、そんな神の使いを狩って頭蓋骨を並べるのはなんとも不思議な感じがするが、マタギも熊を神の使いと言っているし森の王者への畏敬といったところかな。


 熊鍋をごちそうになり、こちらはここでも清酒を振る舞う。清酒の味に機嫌を良くし、今後も俺たちに協力してくれるとの言質を得た。


「若様少しよろしいでしょうか」


「左近か、どうした?」


「実は春雄が持ってきたのですが」


 そう言って出してくるのは赤い石。


「これは?」


「若様がお探しの辰砂でございます」


 なんだと!


「どこで出た?」


「北の山を超えた先の海の近くからでございます」


 オホーツク海沿い?そんなところに水銀鉱山あったっけ?イトムカ鉱山くらいしか知らんがともかく水銀が出たならこれは吉報だ。


「これはありがたい。これで銅を吹けば金銀を選り分けることができる」


 汚染の問題があるけどこれでかなり経済は楽になるだろう。


「これもできるだけたくさんほしい。できるか?」


 石炭に続いて水銀鉱山の獲得か。ありがたい。


「もちろんです」


 まさかこんなに早く水銀が手に入るとは思っても居なかった。ようやくアマルガム法が試せるな。たぶん弥太郎とか雪から止められるけど。

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