第二百七十八話 行き掛けの駄賃
田植えがすみ、一面の水鏡に早池峰山が映える。
「さてでは蝦夷に行って参ります」
「うむ、達者でな」
「身体に気をつけるようにね」
父上と母上が心配そうな表情でこちらを見てくる。京よりは近いはずだが化外の地ということもあり心配せずにはおれないのだろう。今回は航海の都合上蝦夷地視察からとなり、戻り次第各地の視察となった。
「しろーにいさま!お気をつけて!」
豊は蝦夷という地を理解していないようだが声援をくれる。
「おう、豊も父上母上の手を煩わせぬよう、しっかり書などを修めるのだぞ」
「うっ、あ、あい」
眼が泳いでいるが大丈夫か我が妹よ。
出発しようとしたちょうどその時大宮様が遠野に戻ってこられた。
「おやどないしたんや?」
「大宮様!お戻りになりましたか!先触れをお出しいただければよかったものを」
「あーすまんすまん。きれいな田植えをみとったら忘れとったわ」
あっけらかんと大宮様が笑う。
「まあ神童はどっかいくんか?」
「はい。蝦夷に」
「おお!さよか、神童のことやから大丈夫や思うけど化外の地やさかい気いつけてな。それとや、周防権介は阿曽沼が学びたい言うたら学ばせたる言うてたから気が向いたら山口に行くとええ。ついでにここの繁栄もゆったら興味持ったようやし」
「大宮様、誠にありがとうございます。これで心置きなく蝦夷に行くことができます」
「帰ったら蝦夷のこと教えてな」
「もちろんです。では、失礼仕る!」
大内と誼とまではいかないようだがとりあえず繋がりはできたようで一安心だ。いずれ折を見て学ぶべきを学ばせてもらおう。
俺は白星に、雪は白星の子供に横乗りして大槌へと向かう。
「この横乗りは腰がしんどいわね」
「そうなのか?」
「うん、ずっと腰をねじった状態だからね」
言われてみれば確かに。ずっと横向きで頭だけ前向きなのでちょっと辛そう。
「かと言って跨る訳にはいかないし」
「ねぇ若様、乗馬服を作ってくれないかしら」
「ああーそうか、そうだな。乗馬となると洋装のほうが勝手がいいか?」
袴でもいいかと思ったが普段着と軍装は分けるのもありか。
「そうね。身体の線がでるから嫌がる人もいると思うけどね」
嫌がられるかもしれないがまあいいか。男だとそもそも服を着るのが嫌とか言うやつも居るかもしれんな。
それにしても田植えが済んだ水鏡と、水が足りず田にできない麦の青さには安心する。
「麦もだいぶ良い感じで取れそうね」
「ああ、小麦も大麦もいい感じに育っているな。いくらか使って麦酒を作ってくれてもいいよ?」
この寒い土地では二毛作はできないから分けて作るしかないのが悔しいな。
「んー考えとく」
「麦の酒ですか、一体どういうものか、この清之とても気になっております」
「まあ旨いものだと聞いている。とはいえ初めて作るものだから上手くいかぬかもしれぬ」
「まあそうですな」
「そこは私が頑張るしかないからね、うぅー」
雪が唸る。まあプレッシャーはかかってるだろうな。頑張れとしか言えないけど。
「それで若様は蝦夷で何をするつもりなの?」
「ああ、まずはその土地の長老に挨拶だな。そして十勝大津城の確認と大津湊の確認に釧路炭田の整備指導に釧路港の整備検討、さらには阿寒方面への道路啓開に可能ならイトムカ鉱山の探索だ」
あれ、結構な強行軍になりそうだ。蝦夷は広いから馬を使っても秋までにこっちに帰ってこれるだろうか。まあなんとかなるかな。
それについでだが麻がほしいと言っていたようだから麻酔いしにくい麻の実をもって行く。前世で北海道は麻の一大生産地だったしなんとかなるだろう。麻がらは去年持ち込んだ牛に食わせればいいしな。
そう思いながら大槌に着くと、なにやら慌ただしい。
「一体何事か!」
「あ、若様!また蠣崎が襲ってきたようでございます!直ちに迎撃に向かいます!」
なんと、また蠣崎が襲ってきただと。そういえば幾つかの狼煙が上がり、半鐘が鳴らされている。
「雪、清之、俺らは足手まといになる。大槌城に入るぞ」
「う、うん」
「そうですな。海の戦は我らにはできませぬからな」
「それと左近、父上に急ぎ伝えてくれ」
「は!すでに手のものを送っております」
「よし!では十勝守らの戦いぶりを見せてもらおうか」
漸く砲艦の活躍も見られるか。と急いで大槌城に入ると、まさにその時、正面に黒煙があがり、しばらくして砲声も聞こえてくる。そして出港準備を終えていた大砲を載せた砲艦早池峰が湾の真ん中に陣取り、周りをいろんな船が固めている。
物凄い黒煙が大槌湾を染め、そして敵船のいくらかは炮烙を食らったのか燃え盛っている。黒煙の中で火炎をあげる敵船は目標となり、早池峰丸の周りに居た小舟が一斉に襲いかかり、暫くして落ち着いた。
「十勝守、しかと見せてもらったぞ」
「数隻逃がしてしまいましたが去年の借りを返してやりましたよ!見てください!敵の首級を三つ上げてやりました!」
すごくいい顔で敵の髪の毛を掴んでるのはきつい。雪は真っ青になっているぞ。俺も多分なっている。
「う、うむ天晴。蝦夷から戻り次第褒美をとらせる」
「はは!いやあ若様を蝦夷にお迎えするのにこれほどのことができて、言うことなしでございますよ」
カラカラと十勝守が言ってのけるが、ちょっと怖い。まあこいつはこの時代の人間がベースだから割と平気なんだろう。というか大将が敵船に乗り込んでいったというのか死んだらどうするんだ。
「あの小早はどうするんだ?」
鹵獲したらしい小早を指さす。
「短艇と同じように使うことにしましょう」
もったいないのでそのまま使うようだ。しかし向こうは壊滅か。しばらくこっちにはちょっかいを掛けては来られまい。貴重な船乗りをこれ以上失っては交易の船も出せぬようになるだろうし。これで安心して蝦夷にいけるな。
「よし、では改めて支度ができ次第出発するか」
「あーあ。私も行きたかったなー」
「雪様、何もない土地ですよ?」
「わかってるわ。今回は大人しく華鈴とおしゃべりして帰るから。でも、早く蒸気船とかつくって私も蝦夷に行けるようにしてよね!」
「うっ、ぜ、善処する」
蒸気船といわれてもいつになるやら。高圧缶の目処が立たないとなかなか難しそうだな。
◇
勝山館 蠣崎若狭守光広
「なに!逃げ帰ってきただと!」
海戦で左膝から下を大砲により失った河野加賀守が報告する。
「は、雷鳴の如き轟音と黒煙を吐いたかと思うと、周りの船は沈み、某の足を奪って行きました故」
蠣崎光広の背中に冷たいものが流れる。
「去年はろくな抵抗もなかったのだろう?」
「はい。阿曽沼領内に踏み入れたときに狼煙が上がっておりましたので待ち構えていたのかと」
「ちっ流石に手を打ってきたか。それで?もっと詳しく話せ」
イライラしつつも蠣崎光広は話を促す。
「は、大槌の湊に近づいたところ、正面に大きな船が行く手を阻むように居座っておりました。これを奪ってやろうと思ったところ、その大船が火を吹き、ついで轟音と黒煙を吐いていくらかの小早が沈みましてございます」
「で、そのうちの一発が貴様の足をもいだと」
「左様にございます。あのような武具は見たことがございませぬ。もしや何らかの鬼道ではないかと」
鬼道と言われ、蠣崎光広は腰を浮かす。
「莫迦な!鬼道なぞ阿曽沼ごときができるはずがなかろう!」
「し、しかし!阿曽沼の嫡男は稲荷の使いと言われており、此度の戦は稲荷の祟を使った鬼道ではないかと皆言うております」
這々の体で逃げ帰った水軍衆は祟を畏れ二度と阿曽沼とは戦いたくないと言い、河野加賀守もそれに同調していた。
「稲荷の使いだと?そんな阿呆なことがあるか!まあいい、しばらく休め」
苛立ちを覚えるものの、どうすることもできず蠣崎光広は唇を噛みしめた。
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