第二百七十四話 順調に広がっています
鍋倉城 阿曽沼孫四郎
雪が少し落ち着いたある日、父上たちが帰還された。
「父上お帰りなさいませ」
「おう!」
「湯屋を用意しておりますのでまずはゆっくり体を温めてください」
「そうするか」
「武将の皆も浸かっていくが良い」
この日のために露天風呂を用意した。温泉は湧かないので湯を沸かしたものだ。皆湯につかれると聞いて嬉しそうに湯屋へと移動する。
「さて俺も支度をするか」
「若様本当にするのですか?」
「もちろんだ。戦場に未だ出られぬ俺ができるのはこれくらいだからな」
たすきで袖を括り上げ牛革の手袋に竹筒をもち竈門に立つ。風呂より少し高いところに竈門と作り、そこに井戸水をポンプで汲み入れ温め樋で湯船に湯が落ちる仕組みにしている。
「ふぅまさか湯屋の用意があるとはな」
「いやあありがたい」
「おおあの竈門で沸かして風呂に落としているのですな……ってあれは若様!」
「おい孫四郎!なぜ貴様がそんな下人のようなことをしておるのだ!」
「父上、これは戦で疲れた皆を癒やすためにと思いまして」
「しかし孫四郎、そなたは当家の跡取りだぞ!」
「なればこそです」
父上が睨みつけてくるがこちらも負けじと睨み返す。
「はあ、仕方がない。孫四郎が沸かした湯だ。お前等有り難く浸かれよ!」
父上が武将らに吠えるように声をかける。コークス製造が上手くいかないおかげで石炭が余っているのでガンガン焼べてガンガン湯を沸かしどんどん湯船に流す。
「湯加減はどうでしょうか」
「うーむまだ温いな」
水が冷たいからか、父上等の身体が冷えているからか熱さが足りないようだ。もっと石炭を投入し、湯をさらに湧かしていく。
「いかがでしょうか?」
「う、うむ、丁度良いだろうか」
「父上も皆も顔が赤くなっていますが本当に大丈夫ですか?」
「む、無論だ。なぁ皆!」
「え、ええ、勿論です。若様に沸かしたお湯に浸かれるなんてめったにございませんからな。感激して顔が赤くなっているのでしょう」
そういうものかな?
「ああでも無理はしないでくださいね。熱かったら雪をこう、入れて薄めて頂ければ」
「おぉ、丁度いい湯だな」
父上がぽろっと口を滑らす。熱すぎたのかなと手を差し入れれば熱いではなく痛いくらいだ。
「あっつ!調子に乗って炭を入れすぎたようで申し訳ありませぬ!」
「気にするでない。それに其方もたまには失敗するとわかればこれも良い笑い話だわい」
別に俺は天才ではないからな。まさかこんな凡ミスをするとは思ってもいなかったが。皆が思い思いに雪を湯船にいれたため今度は湯冷めし始め再度熱い湯を沸かして温まったところで風呂を上がっていった。
◇
「ふぅ良い湯だった」
「誠に!」
本当だろうか?無理させたんではなかろうか?まあやせ我慢している風には見えないからそうなのだろう。
「して、戦は如何でしたか?」
「うむ、やはり大砲はすさまじいな」
東館城も浜田城も砲撃だけで落城させたらしい。とりわけ浜田城は十勝守と撃ち合いをした都合上、城が文字通り灰燼に帰したそうだ。
その後大砲は船で運び、兵らは陸路で熊谷の居城、赤岩城を包囲し陸揚げした大砲で砲撃を加え落城せしめると再び大砲を船で運び、本吉氏の居館、志津川の朝日館を攻め落としたという。
これにより寺池葛西と争っていた本吉氏は降伏し、寺池城に父上らが二千の兵を連れて到達すると雪が降り始めたこともあり有耶無耶となって兵を引き上げていったそうだ。
「こちらには大砲があれど相手方には大砲がなかったことが幸いしましたか」
「葛西殿が欲しがっておったな」
そりゃあそうでしょう。
「その一方で気仙郡と本吉郡の千葉らは皆当家に臣従すると言ってきたわ。ほれ後ろにおる奴らよ」
そういえば見慣れない武将らがいるなと思っていたがあれは千葉氏か。
「浜田上野介信継と申します。浜田城を治めておりましたが、猪ノ川城で敗れ、浜田城が跡形もなくなって膝を落としたところを少初位様に囚われました。これからは阿曽沼様の末席に加えていただきたく存じます」
以下同様本吉某まで挨拶をしてくる。
「某は新沼薩摩守と申す。猪ノ川城で少初位様にお助けいただいた御縁もあり某も阿曽沼に加えていただこうと思い参じました」
「ええ……浜田殿はとにかく新沼殿は葛西太守の臣では……」
「阿曽沼の神童と名高き若様、弱い主家を頂いては生き残れませぬ」
にべもない。しかし生き残るためならこれくらいは当然なのだろう。
「それに阿曽沼の若様は葛西宗家の御一門でございますから某が臣従するのも問題はございません」
いやその理屈はおかしくないだろうか。
「まあ葛西宗家もこれ以上こ奴らを従えるのが難しいとお考えになったようでな」
体よく厄介払いも兼ねたものか。
「それで領は増えたのでございましょうか?」
「うむ、気仙郡はすべて、本吉郡も気仙沼と言うところは当家のものになった」
実際は気仙郡も本吉郡も戦で負かした当家になら従うという話になったようで、葛西宗家としてもこれ以上戦を繰り返すよりはと言うことで当家の所領となったようだ。
「しかし本吉郡なのに気仙沼というのですか?」
「若様、もともと気仙郡と牡鹿郡から分かれたのが本吉郡でございますぞ」
清之から指摘をもらう。もともと気仙郡の南半分と牡鹿郡の一部を分けて作ったのが本吉郡だそうだ。ちなみに気仙沼の由来はよくわからないとのことだ。
「なるほどな。雪が溶けたら見て回りとうございます」
「おお、それはいい。高田の気仙川が海に注ぐところなど満ち潮になると海になるそうだぞ」
おや、干潟ですか。三陸だと干潟が少ないから期待できるだろうか。もしそれなりの規模の干潟なら塩田にしたいところ。穀倉地帯ではないが塩がとれるなら話は別だ。いままで窯で煮詰めて作ってた塩が効率よく作れるようになるかもしれない。そうすると味噌も醤油ももっと製造できるようになるから保存食が増えると言うことだ。瀬戸内海ではないからそこまで効率よくは行かないかも知れないが今よりは塩の製産も増えるだろう。
しかし困った。領が増えるということはインフラ整備も教育の拡充も必要になる。実入りは増えるが支出もまたそれ以上に増えそうだ。
「では宴にしよう。何だったか、忘年会というやつだな」
この時代、というか鎌倉時代には忘年会がすでにあったらしい。もっとも当初は貴族らが歌を詠み合うものだったそうだが。
「殿!我らはそんな教養はございません!」
「うむ!儂もない!」
そんなことを威張って言うのはどうでしょうか。
「まあでしたら歌は詠めなくとも、酒は酔えますでしょうから酒宴でもなさってはいかがですか」
「おお!さすがは神童殿!」
方々から賛同の声があがる。まあ皆ただ酒、ただ飯は好きだもんな。俺だってできればただ飯食えるなら喜んで食うさ。
「いやあ阿曽沼は栄えているとは聞いておりましたが、これだけ酒も鮭も、それとこれは肉ですかな?」
「うむ、それは兎の肉だ」
「おお!縁起物でございますな!このあたりは野兎がよく捕れるのでしょうか」
末席からの声もかろうじて聞こえてくる。ウサギ肉は縁起物であり五畜にも入れられていないからあまり抵抗なく皆食ってくれているようだ。
「それは若様が育てている兎だ。革を使うときに出る肉を食っておる」
「なんと!兎を飼うのですか。考えたこともありませんでした」
「他にも牛馬と狗と熊を飼っておるぞ」
「く、熊ですか!?」
「ああ、なんでも子熊をマタギから買い受けて育てたらすっかり懐いたそうだ。今では一緒に鍛錬しておりますぞ!」
「はぁ……まさに神仏の御使いなのでしょうか」
「もしかしたらそうかも知れぬ」
神仏なあ、そういえば最近は熱を出すことも減ったからか神様に合う機会がめっきりなくなってしまったな。来年は雪が醸造してくれるようだし出来たら少しお供えできるかもしれないな。
「若様」
そう思いながら箸を動かしていると、新沼薩摩守が眼前にやってくる。
「新沼殿だったか」
「はっ。左様でございます」
「如何ですかな?この遠野は」
「いやはやなんとも素晴らしい。人が町が活気に溢れておりますな」
「漸く冬の間に餓死せぬ程度の実りがとれるようになったからな」
「いやはやお羨ましい」
「何を言っておる。これからは其方等もその一員となるのだ」
「ありがたく」
使いづらい瓶子(へいし)ではなく銚子から新沼殿の盃に酒を注ぐ。
「これはこれは、御自らいただけるとは」
クイッと一息に盃を空けると、真面目な顔をこちらに向けてくる。
「ところでここまで来るときに思ったのですが、ずいぶんと道が良いですな」
「そうだろう。人や物を動かすのには道が良くなければならん」
「しかしそれでは攻め込まれたときに困るのではないでしょうか」
「果たしてそうかな?」
「と、いいますと?」
「いい道があれば確かに敵の進軍も早くなろう。しかしいい道があるとなれば敵軍はそこをやってくるであろう」
逆に言えば敵の侵攻路を特定できてしまうので待ち伏せすれば良い。前世みたいなレンジャーでもなんでもない、ただの百姓らの寄せ集めが道をそれて進軍ということもなかろう。
「なるほど、そういう考えもありますか」
「攻め込まれると為れば逆茂木など置いて敵の侵攻を容易ならざるようにすればいいしな」
それよりも今回の侵攻で大砲を牽引するのにも困る幅の道ってのは厄介だ。余り大きな大砲は運べないので必然的に分解し運べるようにしなきゃいけないし、分解した方をくくりつけられるような大きな馬を品種改良していくしかないか。
「ふぅむ、なるほどそのように考えたことはございませんでしたな」
「それと、民草にも読み書きを教えているとか」
「そうだが?」
「無駄ではありませぬかな?」
「なるほどたしかに無駄かもしれぬ。しかし薩摩守、そなたは帳簿はつけられるか?」
「いえ。そのような銭のことは武士がするべきことではありませぬ故」
「では薩摩守、貴様どうやって戦支度などをしておるのだ?」
「ぐっ……」
「民草にも学ばせ、帳簿をつけさせることができれば貴様らが心置きなく戦に出ることもできよう」
「な、なるほど」
「まあちょろまかされぬよう我らもそれなりに知っておかねばならんが」
「御見逸れいたしました。これからは忠誠を誓わせていただきますのでよしなに」
「あい、わかった」
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