第二百七十三話 日本茶は便利アイテムです
浜田城 宇夫方守儀
浜田城を落とした翌日、兄上が東館城に至る。
「守儀、なんだこの残骸は」
「兄上ちょっとばかりやり過ぎてしまったぞ!」
あまりの惨状に兄上が大きくため息をつく。
「まあよい。これで新沼殿も含め二千ほどになったわけだ」
「其方が新沼殿か。某は宇夫方守儀、そこの阿曽沼守親の末弟だ」
「新沼薩摩守です。この度は助力頂き忝く存じます。いやしかし噂には聞いておりましたが阿曽沼の大砲というものはすごいものですな」
半ば呆れたように新沼が話す。
「はっはっは!そうであろう!まあ重くてどこでも使えるわけではないがこういう城攻めには便利なものだ」
「むむぅ、当家にもこれがあれば、あの大船もあれば」
「そう言われましてもな。当家でも作れるようになったのは、ほんのこの数年でしかござらん」
「まあその話は後回しだ。新沼殿、ここから寺池に向かうとすればいくつか経路があるわけだが」
兄上が簡単な地図を出しながら軍議を始める。
「気仙沼を落とし矢越を越え、北から寺池に至るのが一つ、志津川から水界峠を越えて東から寺池に至るのが一つ」
「兄上、いくつかと言ったがその二つのどちらかではないのか?」
「いや、もう一つある」
「そ、それは?」
「石巻葛西に直接殴り込む」
「そ、それは一体……っは!もしやあの大船をお使いになるのですか」
「察しが良いな新沼殿、そうだ我らには水軍がある。十勝守、船で運べるか?」
「二千を一度に運ぶのは無理でございます。せいぜい五百、と言ったところでしょう。それに何度も運ぶとしても風待ちが生じますので短期にとはなかなか行きません」
甲冑を着た武者を船で運ぶと重いためあまりたくさんは載せられないという。
「それと船に乗ったことのない者がこの冬の近い荒れた海に出ればまず間違いなく酔って使い物にならないかと」
城から見える海はおとなしく見えるが、外海に出ると波が荒くなかなか危ないらしい。慣れぬ我らが乗ったところで酔って動けなくなるのは自明だろう。兄上も思い当たるところがあるのか少し青くなっている。
「やむを得んな。海を使って迅速にというわけには行かぬようだ」
「どのように行こうとも二千もの援軍が来るとなれば壱岐守様(葛西清重)もお心強いかと」
「そうだな!なあ兄上」
「如何した守儀?」
「重い大砲があるから行軍が遅くなるんだ。大砲を置いていけばもっと素早く攻めることができるだろ」
「それはそうだが、城攻めに大砲は必要であろう」
「そういうことでしたら大砲は船でお運びしましょうか」
「お、十勝守いいこと言うじゃねぇか。これで城攻めも心配ないぞ兄上」
「そのようだな。ではそうしよう」
その後侵攻路を確認し、険しい海岸沿いを行くより内陸の飯盛峠を越えていくといいとの新沼の意見を容れこの日は兵たちを休める。
◇
鍋倉城 阿曽沼孫四郎
「父上たちは今頃高田のあたりだろうか」
「どうでしょうな」
「しかしなぜ直接寺池を目指さずわざわざ高田の辺りを回っていったのだ」
高田周りにするメリットはあまりないように思うけど。
「新沼という葛西宗家側の武将がおりましてな。そこの将兵を助けつつ海沿いに本吉郡を目指せば彼の地を抑えております、本吉の後背を突けますからな」
半包囲となりつつある寺池城ではあるが石巻や大崎側から攻めるには北上川が天然の堀になるので本吉を何とかできれば負けはしないということらしい。
(注:現代は江戸期から明治期に駆けての河川改修の結果寺池城の東側に北上川が流れています)
「なるほどな」
「尤も、状況によってはそうもできない事もあるでしょうが」
戦は水物というからな。まあ今回は葛西宗家への支援作戦なので父上や守儀叔父上に領民等が無駄に死ななければそれで良いのだが。十勝守も改大槌型一番艦宮古、と言っても大槌型に大砲をのせただけだが、をつかって浜田氏討伐に出たとか。
「もし能うなら石巻城を砲撃くらいはしてくるかもしれんな」
日和山のあそこだから北上川に入れば十分砲撃も届くだろう。攻撃を受けたと聞けば石巻葛西も兵を退くかもしれない。
「石巻の城は海から近いのですか?」
「北上川がすぐ側を流れておるからな」
「はぁなるほど」
問題は前世のように浚渫していないだろうから実際に河口に入れるかどうかだが、江戸時代には石巻から江戸廻米の船が出ていたというし大丈夫かな。
「しかし、今日は冷えるな」
「まったくですな。っと雪が降ってきましたぞ」
「なればそろそろ戦は終いかもしれんな」
「どうでしょうな、ここと比べて寺池の辺りは雪が遅いと聞きます故」
「そうか……雪の少ない土地は羨ましいな」
石巻とか桃生の辺りは欲しいな。あの辺りは茶の栽培もできるから今後長期航海をするだろう十勝守らや野菜の不足する北方地域でのビタミンC補給に使えるだろう。
「まったくですな」
「無い物ねだりしても致し方ないが、冬の仕事を作ってやらねばな」
「放っておいても藁をあんでいるかとは思いますが」
「藁編みは大事だがそれだけではな……」
そう思っているところに小国彦十郎が訪ねてきた。
「珍しいな」
「は、いえ若様には色々お知恵を頂いておりますので」
「皆が栄えれば俺の暮らしも良くなるからな。それより今日は冷えたであろう、湯を飲め」
だるまストーブに置いていた鉄瓶から湯を淹れ、小国に飲ませる。
「これは忝く……ほぅ……」
小国が大きく息を吐く。
「それで、わざわざ如何した」
「実はですな、おかげさまで湊の整備が始まり仕事が増えたのは良いのですが、造船所にも人がとられまして、鮭漁をする者が足りぬのです」
蝦夷だけで無くここでも鮭を捕獲している関係で漁師が足りなくなるのは困るな。
「ふむぅこちらはそろそろ雪が振るから冬の仕事をどうしようかと思っておったのだが、そうか山田なり大槌に送れば良いか」
「こちらはそれで助かりますが、来るでしょうか?」
「なぁに飯と銭を出してやればなんとかなる」
「飯はともかく銭もですか?」
「ああ、本当は新年の評定で相談するつもりだったのだがな。清之、とってきてくれんか」
ということで清之が三方にのせた一貫文の銭を持ってくる。
「こ、これは、永楽銭ですか」
「うむ」
「こんなにたくさん……一体どうやって?」
「油を伊達が気前よく買ってくれるからな」
伊達高宗のおかげで銭はたまる一方だ。鐚銭も集めてはいるが再度鋳造すると元になった銭より小さくなるから結局鐚銭にしかならないのだな。鍛造で製造できればそういう問題もなくなるのにな。
「まあこの銭はまだあるし、近年は鮭も他領に卸せるようになったからまだまだ増える。しかし銭はいくらあってもいいが仕舞っておいては意味が無い。おおそうだ其方の扶持を銭払いにしても良いぞ」
ちゃんと投資してこその銭だからな。ここで投資を惜しんではならんだろう。とはいえ俺の判断だけで出せる銭は知れているので後ほど父上に許可をもらわねばならないが、ぼちぼち貨幣経済へ移行を図らねばならん。米や雑穀などの支払いも悪くはないがなくなってしまうから経済規模を大きくしにくいのよね。
「まあそういうことだ。正式には父上が帰ってきてからだが、冬の仕事として玉田や大槌に行かせよう」
「ありがとうございます。よろしくお取り計らいください。それと銭払いにして頂けるのも某は構いませぬ故よしなにお願い致します。では失礼致します」
まあ冬の仕事として造船や炭焼き、帆布製造をやってもらうことで領外に輸出すればさらに銭が入ってくるだろうからそれを元手にインフラ、圃場、軍備の改良を行おう。そう考えていると雪が戻ってくる。
「雪お帰り、お稽古は終わったのか?」
「ん、やっとね……。清子様(大宮時元妻)のご指導が厳しくて疲れたわ……」
そう言いながらさも当たり前のように俺の膝に頭を乗せて横になる。
「ね、お父様となにを話してたの?」
「ああ、石巻が手に入ったら茶畑を作りたいなとか、途中で小国が来て労働力の融通についてな」
「ふぅんお茶かあ、若様はお抹茶はやらないの?」
「茶の湯は面倒くさそうだからなあ」
「でもお茶できないと無粋な田舎者って思われちゃうわよ?」
「蹴鞠だけではだめか」
あれなら身体を動かす奴だから気分転換に丁度良いんだが。
「だめよ~。あと歌会に舞や笛ができて漸く文化人なのよ?」
長宗我部元親が武家がたしなむべく芸事にはそれらが必要だと言ったのだそうだ。四国の覇者なのにいつの間にか消えた印象薄い大名だけど結構そういうことも大事にしてたのだな。土佐一条の影響かな。
「そうか」
「そうよ」
「じゃあ頑張るしかないか」
「じゃあ、なにか一首詠んでくれないかしら」
「無茶振りだな、借用でもいいかな?」
「しょうがないから許したげる」
「思えどもなほぞあやしき逢ふことのなかりし昔いかでへつらむ(訳:貴方を思っていると、貴方に逢う前はどんな気持ちで過ごしていたかもうわからない)」
「村上帝の御詠ね。ね、逢う前って前世のこと?」
「そうだな」
「ふふっそっか」
「お返しはないのかな?」
「じゃあね、我が背子と二人見ませばいくばくかこの降る雪の嬉しからまし(訳:貴方と二人で見ていると、今振っている雪もどんなにか嬉しく思える)」
「そんな詠あったっけ?」
「万葉集で光明皇后の御詠よ」
「詳しいな」
「清子様にたたき込まれたわ」
「なるほどな。ありがとう」
今日はそうして色んな歌を言い合いっこしながら淡く溶けていく初雪を眺めていた。
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