第二百七十二話 気仙郡の北部を制圧しました

世田米城 宇夫方守儀


「じゃあ兄上、無理はするなよ?」


「誰にものを言うておる。守儀、お前こそ無理をして死ぬなよ」


「応よ、まあ大砲を五つも付けてくれてるんだ、なんとかするさ」


 世田米で兄上に先行して出発し、高田を目指す。


「まずは三日市館だな」


 気仙川に沿って行軍する。川を使いたかったが思いのほか流れが激しく街道を進むことになった。


「宇夫方様、この先の田ノ上では路が狭くなっており大砲を牽いた馬では通れませぬ」


「むう……どうしたものか。城攻めにはあった方が楽なんだがな」


「やむを得ませぬ、担いでいきましょう」


 五門の大砲を砲隊は工具を手慣れたように扱い、それぞれ車輪を外し砲身や台座などを縄でくくって担ぎ運ぶ。まるでこういうときを想定したような作りだな。


「重くはないか?」


「何を仰います。米や麦の詰まった俵に比べればこの程度大したこと有りませぬよ」


「それもそうか!はっはっは!」


 まったく大したもんだ。とはいえやはり重いのか行軍はゆっくりすすみ、日が傾いてきた頃に釘の子という土地に至る。


「ふむ、ここからは三日市館がよく見えるな。よしここに大砲を置け。五辻よ貴様はここからあの館を射つのはできるな?」


「お任せを。それより私の砲撃で館が消えてしまうかも知れませんよ?」


「ほぅ言いよるな。まあそれはそれで良い」


「は!」


「では夜明けとともに降るよう矢文を送る。して降ってくるようなら棒火矢を一発、降ってこぬようなら二発打ち上げる。そうしたら砲撃を、そうだなそれぞれ五発ずつ射ってくれ」


「たったそれだけでよろしいので?」


「うむ、神童殿に知らせれば後ほど弾と火薬を持ってきてくれるがまだ戦は始まったばかりだし俺等には棒火矢も炮烙玉もあるからな」


「は!ではそのように!」


 大砲の部隊と警備のもの百を残し残りで城に攻め寄せることにし夜営を始める。


「雪はまだとは言え冷えますな。しかしこうやって火を焚いていると敵に見つかりそうですな」


「火を焚かねば飯も食えぬだろう」


「そうですなあ、もしかしたら若様であれば焚き火をせずとも飯を作る道具を作ってくれるかも知れませぬぞ」


「そんな夢のような道具ができるとは思えんが、この戦が終わったら話をしてみるか」


 焚き火をせずとも飯を炊くなど竈でも運んでこなければ無理であろうがな。


 夜が明けたところで一刻以内に降伏せねば大砲で館を破壊する旨の矢文を射る。しばらくすると城門が開けられ、傘を振って降伏の意を示してくるので棒火矢を一発空に打ち上げる。


「謀略かもしれん、用心してはいれ」


 しかし反撃はなくそのまま本丸まで至る。城兵は百ほどで守り切れないと観念したそうだ。


 その後本宿城、壺城では降伏しなかったため大砲を撃ち込み開城させた。順調に進軍し内館を落としたところで斥候をやる。


「むう東館城の手前は沼か」


「潮の時間によっては海になってしまうようですな」


「それでは大砲がおけぬな」


「馬どころか人も入るのが難しいですな」


「船も使えなさそうでございます」


 神童殿が見たらなにか思いつくかもしれぬが、俺たちには無理だな。


「この先の栃ヶ沢に本陣を置いてそこから大砲を撃つか」


「今回も各砲五発ずつでしょうか?」


「いや、浜田の居城であるから今までのようにはいかんだろう。砲撃を始めるときは棒火矢を一発、止めるときは二発射て合図をするから撃ち続けてくれ」


「承知しました」


「それから騎馬隊はこちらから注意を反らせるために夜が明ける前に浜田の町に火をつけろ」


「はは!」


 はげ山になっている栃ヶ沢の山に陣幕を張り大砲を設置する。

 夜が明ける前のまだ暗いなかを騎馬隊は駆けていく。しばらくすると棒火矢の爆ぜる光が見え、町に火がつく。


「よし出陣する!」


 がっちゃがっちゃ甲冑を鳴らし、山を降り大手門のそば、矢の届かないところに布陣する。形ばかり矢文で降伏を迫るが応答はないので棒火矢を一本放ち、砲撃を始めさせる。


 五発飛んできたかと思うと少し止み、また五発飛んでくる。砲弾が城に落ちるたびに城兵は逃げてくるが、雑兵はそのまま見逃す。


「大砲で城攻めは楽になったがなんというか張り合いがないな」


「一番槍が出来ませんからなぁ」


 沖館備中守と話していると台所に弾が落ちたのか、炮烙玉が落ちたのか火の手が上がり始める。すると城門から傘を振って降伏の意を示してくる。


「俺の出番が無いな。棒火矢二本射て!」


 砲撃が止むのを待って入城するとそこここに砲撃の跡が見られる。焔がのぼる本丸に至れば足から血を流した武将が出迎える。


「高田壱岐守と申します。我が城は阿曽沼様に降伏致します」


「降伏を受け入れよう。沙汰は兄上が来てからになる」


「某はどうなってもようございます。しかし家族だけは……」


「ふむ、兄上には申し伝えておこう。とりあえずそなたの血を止めねばな」


 おそらく砲撃で砕けた左の足を膝から切り落とし、焼き鏝で止血し三喜殿から製法を教わった神仙太乙膏を塗り込む。


「かたじけのうござる」


「なに、気にするな。城をまとめるものが居なくば困るからな。これでよし。あとは毎日清水で洗え」


 武装解除させ、またいくらかの兵を残し浜田城へと迫る。


「ここの浜田も千葉、先ほどの高田も千葉、なんだここは千葉ばっかりだな」


「そう言われましても、大原殿や熊谷なども千葉氏でございますよ?なんなら江刺は葛西様の庶流で有りながら千葉の一族でしたし」


「なんだと……もうわけわからんな。なぜそんなに千葉だらけなのだ?」


「奥州合戦の後にこの辺りを所領として与えられたのが始まりだとか」


「はぁ……すげぇな」


 なんか昔そういう話を聞いたような気がするなと思いながら本陣を浜田川と言う川を挟んで浜田城の向かいになる場所に築く。


「さて兄上も十勝守もまだか」


 今のうちに足軽共を休ませ、食事をとらせる。城には城下のものなどが逃げ込んだようで遠目にも人が多く居るのか煮炊きの煙が上がっている。


 翌日、兄上率いる軍の情報がもたらされる。東館城が陥落し今まさに浜田城に我らが迫っているとの噂が流れたところに兄上が背後から襲いかかり浜田らは総崩れとなったそうだ。


「ふむ兄上は新沼殿の救出に成功したか」


「宇夫方様、沖に大船が見えます」


「十勝守来たか!どれどれ、おおあれは蝦夷行きにつかっている船だな。あれに大砲が積めたのか」


 何度か見たことのある船だがやはり大きいな。城の近くまで到達すると船が横向きになる。


「横向きになってどうするのだ?」


「お、四角い窓が開いて、そこから大砲が見えますな」


 大砲を積んだのは先頭の一隻だけなのか周囲を警戒するためか他の船は大砲を出していない。やがて船の側面から火が吹き、煙が立ち、数瞬を置いて轟音が鳴り響く。


「そういえば十勝守とは合図を決めていなかったな」


「宇夫方様!我らも負けじと撃つべきでは無いでしょうか!」


「うむ、そうだな!水軍に負けないよう砲撃開始!」


 何発かに一発の割合で包絡玉を混ぜたおかげか、はたまたこちらとあちらから砲撃を受けているからか瞬く間に赤々とした焔が上がり崩れ落ちる。


「よし、これより浜田城に入城する!」


 砲撃を受けて逃げたか燃えるか砲弾に潰されるかしたのか人気は無い。


「しまったな、ちょっとやり過ぎてしまったかもしれんな」


「生きている者は居るでしょうか」


「宇夫方様!こちらに!」


 何か見つけたのか足軽の後をついていくと、井戸の中を見て欲しいという。


「ふむ、もしやここに隠れておったか」


 覗いてみると確かに女子供が所狭しと井戸に浸かって震えている。


「ここの者を引っ張り上げろ」


 砲撃が始まったころからここに身を潜めていたそうだ。とりあえずもう砲撃はせぬ事を話し、身ぎれいにさせる。


「派手にやっちまったからな」


「弾と火薬も足りませぬな」


「まだ兄上が着いておらぬし、火薬などが足りぬことを言えば持ってきてくれるだろうから待つとしよう」


 早馬で遠野に砲弾と火薬の請求をし、兄上がくるまでゆっくり骨を休めることができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る