第二百七十一話 元々酒造は巫女の仕事だったそうです
鍋倉城 阿曽沼孫四郎
今年も秋が過ぎまもなく雪が降ろうかというある日、上方の情勢がもたらされた。その情報をもとに評定が組まれる。
「ほぅ、大内義興は備後は鞆の浦まで進出してきたか」
「ええ父上。それを受けて幕府では和睦をする向きのようです」
「しかし兄上、わざわざ大軍で上洛するのに素直に和睦するだろうか」
守綱叔父上が疑念を呈する。
「俺もそうそう和睦に応じないんじゃないかと思います。京兆家の民部少輔(細川高国)が右京大夫の座を狙っているとの噂もあり、一波乱あるかもしれません」
雪に聞いたけどこのあたりの記憶は曖昧なようだ。まあなんでも覚えているわけないから仕方がない。こちらとしては上方が荒れてくれたほうがこちらに目が向かなくなってこちらは好き放題できるだろうから荒れるだけ荒れて欲しい。
「大樹も管領も落ち着かぬとなればまた上方は荒れるな」
「とはいえ当家でできることは特にありません」
「そうだな。上方の事は気になるが我らが飢えぬようにする方がより重要ではあるな」
まあそうだね。こっちが飢えるようでは何もできないからしかたない。
「ところで斯波の若殿はまだ京におられるのか?」
「どうも野盗に襲われたようでしていまは居場所がつかめておりません」
桜花というくノ一がついて行っているはずだが連絡は無いという。死体も見つかっていないため生きている可能性はあるが一体どうなっているのか。その襲った野盗は保安局で手配した奴ではなかったそうで本当にたまたま襲われたらしい。
「斯波の嫡男がいなくなったことで高水寺はお裏方の力が強くなっているようだ」
そのうち帰ってくるかも知れないし、このまま高水寺城が荒れるかも知れぬし、荒れるなら荒れるに任せた方が調略しやすくなるからお裏方派に流言を聞かせる程度はしておくか。
「それよりも、葛西太守がいよいよ追い詰められてきたようで、当家に援軍を要請してきた」
なんでも江刺はいなくなったが、気仙郡の千葉は浜田と名を変え先ごろの反乱後盛などに封入された新沼らを激しく攻め立てているそうだ。本吉郡の熊谷千葉は米谷城に迫っているという。更にこの期を逃さぬように思ったのか大崎と国分と同盟した石巻葛西が寺池城に迫りつつあり助力がほしいとのことだ。
「父上、葛西を見捨てるわけにはいきません」
「うむ、ここで応じぬようでは当家は薄情な恥知らずと言われよう」
俺の言葉に父上もあまり気乗りしない様だが頷く。
「では一隊は守儀を大将とし五日後には世田米城を発つ。千の兵でもって高田の東館城及び浜田城を目指せ」
「応!」
「兄上、一隊ということは他にもあるのか?」
「ああ、儂が五百を率いて攻め寄られている猪ノ川城を助けに行く」
父上が五百か。そうなると守綱叔父上はどうなるのだ?
「守綱は斯波の動きに注意しつつ遠野を守れ。それと大槌十勝守!」
「はは!」
「貴様は水軍を率いて守儀とともに高田を海から攻めよ!」
「は!」
水軍は未だ規模としてはでかくなかったはずだがなんとかなるか。
「水軍を用いる上でお願いがございます」
「申せ」
「は!いま砲台のために作っている大砲を船に積みたく存じます」
「船に大砲?」
「はい。新型船が先日出来上がりまして、この新型船には大砲を載せることができるのですが肝心の大砲が足りません。代わりに砲台に使っている大砲を使いたいのです」
「海から陸に撃つということか?」
「そのとおりでございます」
「ふむ、良いだろう。良きに計らえ」
「はは!有り難く存じます!」
この時代の大砲では1kmくらいしか飛ばないし、艦砲射撃だとろくに当たらないとは思うが今までのように巧く開城してくれるかもしれないな。
「よし!これで蠣崎との戦の前哨戦ができるぜ!」
えっと得守さんのやる気が天元突破しているような。まあ戦の前なので士気が高いのは良いことだな。うん。
そういうことで評定を終え戦支度のために皆が居城へと戻る。
「さて皆は戦の準備だな」
「若様は体を鍛える時間ですぞ」
「うむ。清之、今日も頼むぞ」
「最近は若様も強うなられましたからなぁ」
「もう少しで其方に勝ってみせるぞ?」
「はっはっは!それは楽しみですな!」
木の胴と面をつけて真竹を割って作った竹刀を持ち稽古場へと移動していると左近が声をかけてくる。
「若様」
「どうした」
「和賀の夏油川上流で湯が湧いているところが見つかりました」
「おお!湯が!」
詳しく聞けば文徳天皇の治世(850年頃)にはすでにあったそうだが、最近は場所がわからなくなっておりマタギが白猿を追いかけていったところ湯が湧いていたのを見つけたという。
「しかし夏油川の上流か」
「なにか問題で?」
「いやなに、これからの時季はもう雪で行けぬだろう」
「ああ、確かにそうでございますな」
前世みたいに道路が整備されて除雪ができていればいけるだろうが、この時代では難しいな。
「しかし湯には浸かりたいからな、当家や賓客を饗す館と兵らが傷を癒やす湯治宿を作るとしようか」
花巻も山の麓に温泉郷ができるくらい湯が湧いているとこがあるんだよな。あのあたりも早く手に入れたいけど幕府の眼がこちらから離れてくれないと難しいか。しかし斯波孫三郎のなにがそんなに気に入られたんだろうな。こればっかりは家格の差になるんだろうかなあ。
代わりにはならないけど南へ進出するいい機会ではあるからね。伊達や大崎に近づくのはあまり嬉しくないが、大船渡の石灰鉱山が手に入るのならありがたいんだけどね。
「若様ー!」
稽古が終わり防具を外していると雪が駆けてくる。
「どうしたんだ?酒壺なんか持って」
「あのね、お酒作ったの」
「おお!」
「なんだと!」
「もやしは手に入らないから今回は口噛み酒なんだけどね」
「へぇ、飲んでみてもいいか?」
「え、う、うん」
雪はなにやらもじもじしているので、左近に命じて盃を一枚持ってこさせる。
「注いであげるね」
「濁酒(どぶろく)だな」
「まあね。濾してないからそのとおりよ」
夏の終わりに仕込んだそうだがお味はどうだろう。
「少し酸味はあるけど、うん、これは酒だ」
「はぁ~よかった。うまく出来たようね」
「雑味は多いけど、これが雪の味か」
言うやポンッと耳まで赤くしてしまった。
「雪や、父も飲んでいいか?」
「いけません。これは若様だけのものですので」
相変わらず親子仲が良いようで何よりだ。まあこの時代すきあらば酒を造っていたようだから特別な技術というわけではないのだろう。旨い酒になるかはまた別なようだが。
「今回は、ってことは今後はどうするんだ?」
「んーとね、稲穂にコウジカビがついているから、それを蒸してきれいな木灰をかけるとたしか十日ほどだったかでコウジカビだけ分離できるはずよ」
それを乾燥させると長期保存できるようになって、継代することで旨い酒とか醤油とか味噌に活かせるようになるってことらしい。
「まあ一口にコウジカビって言っても得意なのは違ったりするから色々と試してみないとどれが適しているかはわからないけどね。こういうのは京にある麹座の人なら知ってるんだろうけど、バレたら私殺されちゃうかもだから、若様守ってね?」
「もちろん大事な雪だからなしっかり守るさ」
「ふふっ、ありがと」
「ん、んんっ!」
そんな事を話していると清之が咳払いをし始める。
「どうした?喉の調子でも悪いのか?」
「ああいえ、親の前でそのようにいちゃつかれますとなんとも言えぬ気になりましてな。ところで雪が酒を作るのか?」
「そうですよ?古から酒造りは巫女の仕事ですもの」
なんでも昔は巫女などの若い女性が酒造を担っており、刀自(とじ)と言われていたそうだ。それがだんだんと大きな甕をつかったり扱う米が多くなったことで力仕事が増えたことで男仕事となったそうだ。
「うまくいくようなら雪を酒造司にしようかな」
「そんな事しても平気なの?」
「ま、文句を言うなら雪より旨い酒を作ればいい。当家は実力主義だからな」
文句を言ってくるとしたら寺社連中だろうか。まあ上方に持っていかなければいいだけだからそれはなんとかなるか。宗教勢力の弱体化はほんとどうしたもんかな。ぼちぼち考えていかなきゃね。
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