第二百六十九話 水路整備と農地改良

白岩 来内茂左衛門


「ここに堰というのですか。それを作って水を引き入れると」


「そうだ。その堰に櫓を組んで板を上げ下げできるようにする」


「ほぅ、それはなんのためでしょうか」


「田植えなどで水が必要なときには板をおろして水路に水を流し、大雨などで川が溢れそうなときは板を上げて水が越すことがないようにするものだ」


 固定堰は洪水の原因になるから水が必要な春から夏までは水をためて農業用に利水できればいいだろう。大雨になった際には門扉をあけて下流に流せば良い。扉の上げ下げは人力に頼る他無いので細かい調節は難しそうだけどとりあえずね。


「なるほど、あとは水の分配をどうするのでしょうか。それと殿はご存知でしょうか」


 水の分配か。しまったなそれをしっかりしないと水争いになるか。たしか円筒分水とかいうサイホンの原理を使った分水法があったはずだけど、ここはあんまり高低差がないから難しいかな。あとはそういえば小さな堰と斜面になった水路、その先に分岐を作ったのがあったね。

 見た目は円筒分水のほうが好きだけどあれはコンクリートがたくさん必要だとか設計が難しいとかある程度高低差が必要だとかで廃れた技術だったな。


「なるほど岩を斜めに配置してその先で分ければ良いのですな」


「そういうことだ。それと用水は大事なものなので石で作るように」


「何故石造りにする必要が?」


「崩れにくくなるのと、削って我田引水するものが現れかねんからな」


「我田引水……初めて聞きますが、なるほど確かにならず者や悪い村があれば自分の田に水を入れて周りの田への水が足りなくなるやもしれませぬな」


「そういうことだ。それと農工については父上から一任されておる」


「ではそのように。竹丸、お前も作業を手伝え。鍛錬になるぞ」


「は、はい!」


 鍛錬か、たしかに重い石や土を運べば鍛錬にはなろうな。しかしこういうところで蒸気機関が使えれば工事も進むんだろうなあ。とりあえず股鍬(今の備中鍬)と可能なところは馬に鋤を牽かせて柔らかくなった土を孤輪車(一輪車)に積み、猿ヶ石川の畔に積んでもらって堤防にしてしまおう。洪水も減って水も安定供給できるようになるので一石二鳥だ。百姓共も米が作りやすくなるとやる気満々だ。


 この水回りの事は法度にしておいた方が良かろう。我田引水したものとその家族は打首、今作っているという十勝大津に城ができたらそこに監獄を作って開墾に従事させよう。どうせ打首にするなら存分に役立てるのも悪くない。


「では茂左衛門、竹丸、頼むぞ。貴様らの働きで遠野がより強くなる」


「はは!」


 これに併せて田畑の形も四角に整形し乾田化するために嵩上げを行う。表面の土は大事なので予め剥がし、客土したら剥がした土を入れて完成、のはず。


「というわけで其方等は田畑の改良を行ってもらう」


「若様、よろしいでしょうか」


 村の子供が声を上げる。慌てて周りの大人達が押さえつける。


「よいよい。聞きたいことがあれば今のうちにしっかり聞いてもらったほうが良い。で、何を聞きたい」


「ははっ、ありがとうございます。水路を設けることの利点はわかりました。しかし田畑を改良するというのはどういうことなのでしょうか」


「ふむ、まず今のこのあたり田は膝まで泥に浸かるそうだな」


「はい」


「その沼のような田から水を抜き山から土を入れれば泥濘でなくなり、しっかり耕すことができるようになる。するとそれだけで米の出来が良くなると神様からお伝え聞いている」


「なるほど、しかしそうなると土が固くなって耕すのが難しくなるのではないでしょうか」


「うむ、しかし今の田では沼になってしまっておるから牛馬が使えん。これが牛馬に鋤を牽かせることができるようになれば楽になるし、それぞれが耕すことのできる田畑が広がろう」


 なるほど、たしかにそうだべなどという声が聞こえてくる。


「はい。しかしそうすると人が余ってしまいます」


「うむ、余ったものは別の土地を開墾してもらうことになろう」


 この時代、東北全体で百万人くらいしか居ないんだから土地なんて余りまくっている。もし足りなくなっても北海道があるから心配はない。もしそれでも余るなら鉱山なり大槌の帆布工場や山田の造船所に送り出せばいい。


「いままで田畑に出来なかったところも今回の農地改良が為れば田畑とできるようになろう」


 水路が整備できれば農地を広げられる。既存の農地も湿田から乾田に徐々に切り替えればそれだけで収量が倍、とまでは行かないだろうが改善するだろう。


「なるほど、ご無礼にも関わらずお答えいただき有り難く存じます」


「よい。ところでそなた名はなんという」


「満次郎と申します」


「満次郎か、良い名だな。其方は読み書きはできるか?」


「自分の名を書くくらいでしたら」


「物怖じせず直言した胆力が気に入った。其方のような奴には学を修めねばならぬな」


「し、しかしそれでは家の者が食っていけません」

 

 学校の設置が進まないので寺で読み書きを教えてもらうようにしているが、皆が学ぶことができているわけではなく満次郎のように食うために働き、学がおろそかになる者も多いと。


「ところで満次郎、そなた歳は?」


「九つでございます」


「ふむふむ。ここの仕事が終わり次第、小者として取り立て学校に通わせてやるから励め」


「はっははっ!」


 他にも有望な者が居れば取り立てるか。なんせ当家は人が足りないからな。しかし食うために働き学べないというのも困ったものだ。教科書が用意できないのがなあ、いまの楮、三椏を増やしてはいるが所要量に追いついていない。箕介が新しい抄紙機とパルプ製紙を研究させているが上手くいったとの報告はまだないな。


 あとは教員も足りない。教員を雇うための銭もない。銭といえば銅の精錬はどうなっているのか確認せねばな。


 というわけで遠野先進技術研究所に足を運び状況を確認する。


「工部大輔、いまの技術開発の状況を報告してくれんか」


「はあ、紙と焼物に関しては関わっておりません故そちらはご容赦を。蒸気機関ですが、若様のご指示通り排水ポンプ用のものを今製作中です。次に高炉は何を思ったのか熱風送風を始めて鉄が溶け出てくるまでの時間が短くなったようです」


「ほぅ、となると一日あたりの銑鉄生産が増えたわけだな」


「まあそうですな。今度は一回り大きな高炉を作ると言っております」


「そろそろ釜石に製鉄所を移して鉄鉱石を運び込む形態を考えておいてくれ。ところでその送風も蒸気機関でできないか?」


「それはできるでしょうが……」


「どうした?」


「いえ、そうなると燃料が絶望的になるかと」


 炭の製造がまだ追いついていないという。大規模な乾留炉ができれば炭の製造も自在になるだろうが今度は木が枯渇するかもしれない。しかし乾留炉ができれば褐色炭もできるようになるだろうから褐色火薬が作れるようになるはずだ。褐色火薬は黒色火薬よりおとなしいから安全性がちょっとだけ良くなるだろう。


「燃料はコークスができるのを待つしか無いか」


「そうですなぁ」


「あと、銅の精錬はいまどうなっている?」


「はい、銅に関しては焙焼炉の構築にかかっております」


「焙焼?」


「ええ、鉱石中の硫黄やヒ素なんかを燃やして飛ばすのです」


「環境に悪そうだな」


「そうですなぁ、脱硫装置でもあれば硫安とか硝安なんかも一緒にできてオトクなんですが」


「硫安も硝安もアンモニアがないぞ」


「そうなんですよね」


 アンモニアはないけど比較的手に入れやすいアルカリ性物質か。


「石灰を溶かしたのはどうか」


「あーそれならなんとかなりそうですな」


「よし、なら住田の石灰鉱山に送り込む者も増やさねばならぬし、釜石はどちらかというと鉄が優先だからな、田老の銅を早く見つけたいな」


「そういうことでしたら若様、先日銅を含んでそうな岩が見つかったとの報告が」


 いつの間にか居た左近から報告を受ける。


「よい報せだ。しかし田老まで警備できないな」


 田老湾まで船を出すほどの余裕が今はまだない。


「如何しますか?」


「やむを得ん。とりあえずは鐚銭でよいから集めて作り直すか」


「鐚銭など集めてどうなさるのです?」


「当家で作り直すのさ」


 鐚銭だって作り直せば良銭になるだろう。


「鋳型はありますか?」


「ないが、とりあえず程度の良い銭ならいくらかある」


 何枚か状態の良い銭を取り出し並べる。


「これで鋳型を作ればよろしいですか」


「それなんだが鋳造ではなく鍛造でできないか?」


「硬貨を作るとなれば冷間鍛造になるでしょうが機械の製造からですね」


「できるか?」


「金型が作れるようにせねばなりませんので、すぐにはできません」


「じゃあしばらくは鋳造でやるしかないか。ただ鍛造自体は必要なんで早めになんとか実用化してくれ」


「無茶を仰りますな。まあ善処致します」


 善処か、まあ善処してもらうしかないから仕方ないな。

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