第二百六十八話 危ないところだった

京都御所 斯波孫三郎


 なんだかわからないが呼び出されたので一月半ほどかけて京まで来て、数日待たされ御所に呼び出された。


「待たせたな。そなたが斯波の嫡男か」


 御簾の向こうから将軍義澄がめんどくさそうに声をかけてくる。


「はっ。斯波左衛門尉が嫡男、孫三郎でございます。この度はお願いをお聞き入れ頂き誠にありがとうございます」


 顔を上げるように命じられる。周りを幕臣たちに囲まれて緊張する。


「城を落としたと言うから、どれほど肝が座っているかと思ったが童は童だな。歳は幾つか」


「や、八つでございます」


 周りからおお~と感嘆の声が上がる。


「むう、わずか八つで城を落としたか。左衛門尉はあっけなく討たれたと聞いておるが、嫡男のそなたはずいぶんと武が立つようだな」


「きょ、恐縮でございます。しかし私は未だ童、城攻めも当主が殺され混乱していたところを乗り込み抑えたに過ぎませぬ」


「そのように謙遜せずとも良い!わざわざ奥州の田舎からその話を土産に上洛してきたのだからもっと誇ればよいのだ」


 いやはや子供の顔で恐縮してみせれば幕臣どもはクスクス笑い、油断しているように見える。


「しかし奥州の田舎と上方の戦とは違うでな。見せてやりたいのだが、右京大夫よ此奴を連れて行ってくれんかな」


「大樹、元服もしていない童を連れていくのはどうかと思いまする」


 仕事を増やすなと言わんばかりの表情の右京大夫が将軍に進言する。

 俺があからさまにホッとしたが、おもったよりも下に見られているのだな。戦も代わりの居ない高水寺城だったから俺が先陣を切っただけだ。後学のために幕府のお膝元たる上方の戦なんだし見物くらいはしても良いかもな。始まる頃に右京に連れていってもらうか。


「何を言っておるか、すでに初陣を済ましておるだろう。ふむ、しかし元服は確かに必要か」


「それは……」


「しかたがないのう。まだ八つでは元服にも早すぎるしの。しかしそなたのところも鮭が獲れるのだな」


 まあそれは篠屋に命じて調達したものだけどな。あとは特に大した品物はない。


「当家もと言うことは他にどこかが?」


「ああ、越後で鮭が獲れるのでな」


 なるほどそういえば前世でも村上は塩鮭で有名だったな。この時代からすでに鮭が有名だったのはしらなかったが。


「しかし其方は左兵衛尉がおらぬで元服の際はどうするかな」


「奥州のことですので探題に任せるのが妥当でしょう」


 伊勢貞陸っていったけか政所執事のおっさん。しかしもう成人について話し合うのか。まあ父上は居ないからな。


「しかし当の大崎めは家中が落ち着いておらぬだろう」


「では最上は如何でしょうか」


 最上は羽州探題だったっけか。確か寒河江氏を破って臣下に加えたとか聞いていたな。


「奥州の事で最上を出すわけはいかんだろう。どうだ右京大夫、そなたがしてやっては、あっはっは!」


「大樹!」


 これには流石に政所執事以外から、というか評定の間の全員から反対された。冗談めかして言っていたけど、もし本当に管領から直々に烏帽子親してもらうなんて事があったら俺は細川の家臣になってしまうのではないか。


「皆怒るなただの冗談だ。それより、何れ元服するときには左京大夫(大崎義兼)に烏帽子親をしてもらうよう取り計らおう。その折には澄の字を与えようと思うがそれくらいはよかろう?」


「たかが奥州の田舎には過分ではあろうかと思いますが、足利の連枝たる斯波であれば偏諱くらいは良いので無いかと」


 一字もらえるだけで結構な厚遇だったと思うんだけど、そんな功績あったかな。


「ああそうだ、孫三郞とか言ったな。よく見ると其方は余の好みのいい顔をしておるな。明日の夜、余の寝所に参れ」


 なんでまた夜に将軍の部屋に行かなければならないのかわからないし、今までどうでも良いと言う感じだった幕臣のいくらかから良くない空気を感じるので余り良いことではないように思う。が、断ることもできないので頭を下げてそれで終わった。在洛中の宿として借りている名前もよく知らない寺へともどるため御所の門をくぐる。


「はぁ、疲れた」


 御所の門前で待っていた岩清水右京を連れて賑やかな西陣を抜けていく。


「お疲れ様でございます。今日は何を?」


「戦に連れて行くだの右京大夫に烏帽子親させようかなどいろいろな」


「な!管領が烏帽子親と?それはまたずいぶんと舐められましたな。末席とは言え斯波の連枝たる当家に細川の家臣と為れと言っているようなものでございます」


 「まあ流石に冗談で仰られたようだが、少しばかり冗談がきつかった」


 流石にあれはやばい。あの瞬間、流石にムカついたな。管領も政所執事もみんな咎めてくれたが。


「あまり長居してもよくなさそうだしさっさと高水寺に帰ろうか」


「そうですなあ」


「ところで右京よ、明日の夜、大樹の寝所に来るようにと言われたのだがどういうことだ?」


「なんと!それは大樹の房事に呼ばれたのでございます」


 な、なんだってー!え、もしかして俺の尻穴ヤバい?まてまてまて、戦国時代なら上流階級でよくされていたとはいえ、俺は令和を生きてた人間だぞ。衆道の気はない。いやしかしそういうことか、一瞬感じた嫌な空気、あれは嫉妬か。男の嫉妬は怖いからこれはさっさと逃げ帰った方が良いかもしれない。


「う、右京、すぐに帰ろう!ぼ、房事など俺には早すぎる!」


「何を仰るのです、大樹の寝所に呼ばれるなどこの上ない栄誉でございますよ?若様はきれいなお顔をなさっておりますからな!好みであったのでしょうな。はっはっは!」


 確かに好みの顔だとか言っていたけど、そんな栄誉は要らない!俺には要らないんだ!


 と俺が頭を抱えた時、腹巻きに槍を持った一団が前から近づいてくるのが見えた。


「おやまた戦か」


「今度はどことどこがするのでしょうな」


 奥州も毎年のようにどこかが戦をしているが京の近くはほぼ毎日のように戦をしているのか、鎧武者やら足軽やらの集団を見かける。


 道から離れてやり過ごそうとしたが、何か話しこむとニタリと嫌らしい笑みを浮かべ俺たちを指さす。ああまずいな強盗に狙われたか。


「へへ、かわいい童じゃねえか。俺ぁお前みたいな童が好物でよぉ」


 そういい舌舐めずりしながら近寄ってくる盗賊の頭と思しき輩に足がすくむ。


「う、右京!」


「若様こちらに!」


 岩清水右京に担がれ、田んぼを突っ切って逃げる。他に人通りがないのに身なりの良さそうなおれが狙われたのか。


「このまま山に入って撒きましょう!」


 山に入り追手をやり過ごす。


「はぁぁ、右京大丈夫か?」


「なんとか」


「もう高水寺に帰りたい……京怖い……」


 将軍だけでなく野盗からも尻を狙われるなんて、都会は怖いところです。


「桜花!近くにいるか?」


 周辺に危険がないか桜花に確認させようと呼びかけたが気配は全くしないし声もかけてこない。


「くそ!どうした!桜花はおらん!」


「若様、草のような下賤なものを近くに置かれなさるな。このように裏切ることなど当然のようにする輩共です」


 そんな!裏切ったのか?いやまさかまだこの目で見るまでは。


「とりあえずまだあの野盗らはいるか見てみようぞ。いなければ寺に戻って荷物をまとめ陸奥に帰ろう」


「まだ野盗が居たらどうなさいます?」


「そのときはこのまま逃げるしか有るまい。右京貴様が腕がたとうとあの数はしのげんだろう」


「そうですな。若様を抱えてではちと厳しいですな」



京のはずれ 桜花


 ちっ!どこかの足軽崩れの盗賊共が若様に襲いかかるなんて!賊共の脚を止め、注意を若様からこちらに向ける。


「てっきりどこかの家の差し金かと思いましたが、違ったようですね。ただの野盗なら遠慮は要りませんね」


 目の前には下卑た顔をした賊共がこちらを値踏みするように見てくる。


「へぇ良い女だな。部下共に使わせた後で遊女屋に売ればそこそこ良い値が付くだろう」


「ふっ、私を女子だと思っているのでしたら笑止!ちゃんと付いているのですよ!」


 賊共は一瞬怯んだように見えたが、頭らしき者が舌舐めずりしながら出てくる。


「それは良いことを聞いた。さっきの童を逃したのはもったいなかったが、貴様もなかなかだな。いいぞ俺の相手をさせてやろう」


「な、なにを言うのです!私の初めては若様と決めているのです!貴様の汚らわしい魔羅など願い下げだぁ!」


 若様も私のことを女子と思っているようで、ときどき色目を使ってきておられます。このまま行けばきっといつか初めてをもらってくれると信じておりますのでこんなところでは散らすわけにはいかない!


「私の恋路を妨げようとする者は何人たりとも許しません!」


 しかしこの野盗の頭はなかなか良い動きをしますね。後ろに回り込もうとした雑魚共は斃しましたがこいつだけは斃しきれません。


「ふむ、なかなか良い動きをする。顔も良いのに動きも良いのかますます気に入ったぞ。やはりほしいな」


「お前なんぞに気に入られて喜ぶ奴があるかぁ!」


 しかしそろそろ若様は逃げおおせたでしょうか。


「おっと気がそぞろになってるぞ」


「ぐふっ!」


 その一瞬の隙を見逃されず投げ飛ばされ、一瞬息が止まる。


「げほっ!がはっ!」


「くっくっく、なかなか良い動きだったが残念だったなぁ。俺には勝てねえぜ」


 腕をつかまれ腹ばいにさせられる。


「へへ!俺の魔羅で極楽を見せてやるぜ」


 くっ!若様以外に汚されるのであれば死んだ方がましです。ここは潔く!


「な!桜花!右京あの者を殺れ!」


 若様のお声が聞こえたかと思うと賊は私を抑えていた手をほどき距離を取ります。


「ぬ!草の!貴様逃げたのではなかったのか!」


「何を、私が若様を捨てて逃げるなどあり得ません!」


 私の純情を捧げる方だというのにどうして逃げることができましょう。


「へっ、さっき逃げた奴らか。わざわざ戻ってきやがったかと言いたいが手下が殺られて貴様等二人を相手にしては分が悪い。しょうがねえ、今日のところは見逃してやるぜ。童と草と言われたお前、貴様らに俺の魔羅を突っ込んでやるからな!楽しみにしていろ!」


 その巨体には似つかわしくない身のこなしで賊の頭は山へと帰っていきました。


「おお、桜花よ無事か」


「お見苦しいところを見せてしまい申し訳ございませぬ。右京殿も危ないところ、かたじけのうござる」


「いや、其方が戦っているとわかっていればもっと早く手助けしたのだがな」


 なぜかばつが悪そうに右京殿が声をかけてきます。若様がご無事ならそれで良いのです。


「其方が無事で何よりだ。それより早く陸奥に帰りたい」


「大樹の寝所に入らなくてよいのですか?」


「か、構わん!此度の様な事がこれからもあると思うと命がいくつあっても足りぬ。大樹には申し訳ないが襲われて行方不明になったと噂を流してくれぬか、桜花」


「はは!」


 大樹も狙っていたのですね。ふふ、でも如何に大樹と言えど若様は差し上げませんよ。

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