第二百六十七話 大槌はキレています

大槌城 大槌十勝守得守


 あれからずいぶんと工事が進んだ。とりあえず大槌湾と山田湾の入り口に短艇基地、といってもまだ小屋と短艇をおいただけのものだが、を置いて襲撃に備えた。砲台もとりあえず木を切って大砲を据えただけのものはできた。砲丸は橋野や釜石の製鉄所でいくらでも作れるので問題ない。むしろ火薬庫をどこにするかで頭を悩ませ、二箇所ずつに分けて設置することになった。


「ふぅ、火薬庫は冷えるな」


「夏だというのにここだけ冬のようですな」


 これだけ寒ければ冷蔵庫代わりに使えるかもしれないな。また今度若様に報告しよう。


「十勝守様ぁ!蝦夷船団が帰ってきましたよぉ!」


 声に促され砲台に登るとたしかに四隻の大型船が白い帆を膨らませて大槌湾に滑り込んでくる。


「どうやら無事に帰ってきたようだな」


「まあ今年はこちらが大変な目に遭いましたが」


「久しぶりの大槌の町並みをみて怒り出すかもしれん」


 まだ燃えた跡がそこここに残る町並みと引き上げて解体されたスクーナーの残骸が横たわっている。


「目に浮かぶようです」


 もちろん我らとて許したわけではない。殿か若様の下知さえいただければ明日にでも蠣崎の地に砲弾を降り注いでやりたいくらいだ。


「まずは船を増やさねば、そして我らがもっと強くならねばならん!」


「ええ次の戦では目に物見せてやりますよ!」


「一人十殺できるよう稽古も気張るぞ!」


「合点です!」


 特に武に優れた奴を選抜して上陸部隊を作るか。それと甲冑を着たまま海を泳げるようにしたほうがよいかもな。



鍋倉城 阿曽沼孫四郎


 今年も無事蝦夷から荷を運び入れることができた。荷揚げを済ませた船は山田に回送して点検をしているそうだ。そして焼けた大槌を見て皆青筋を立て、来るべき蠣崎戦に向けて直ちに鍛錬に入るという。そういえば十勝守の筋肉が以前の倍くらいになってたな。顔つきも厳つくなって美男子だったのが益荒男になっていた。


「今年も鮭がよく獲れたようです」


 そんな筋骨隆々になってきた大槌の民が馬ではなく自ら担いで運んできた、形の良い鮭が山と積まれている。


「大内は鮭を好むだろうか」


「さて某にはわかりかねます」


 前世ではわりと皆大好きだったから大内もきっと好いてくれるとは思うが。


「それで使者はだれを遣るのが良いだろうか」


「それは若様を置いて他にはおられませんでしょう」


 清之は俺が行けば良いと言うがどうだろうな。小身であった頃はともかくいま迂闊に出歩いては襲われるかもしれないしな。それに大内は複数の公家を養っていると聞くし、ここは大宮様に行っていただくのが最善に思う。


「まあ大宮様に行っていただこう。俺が行くとすれば堺か敦賀まで船で直接乗り付けられるようになってからだな」


「ねえ若様、いつになったら京に連れて行ってくださるのです?」


「雪、無茶を言うでない。若様が困っておられるだろう」


「連れて行ってやりたいのは山々だが俺たち武家は狙われる。特に雪みたいに可愛い子はな」


「え、かわいい?えへへ」


「まあ心配せずとも船ができれば連れて行ってやるさ」


 造船技術の向上に航海術の向上に水軍や海賊を追い払うための長距離砲撃能力を得なければならんだろう。十勝守なんかは乗り込んで制圧すればいいとか脳筋なことを言い出したが遠距離攻撃は大事なので、遠距離攻撃で弱らせてから狩ればいいと言ったらそれもそうだなとか言っていた。自分の町を燃やされたのがスイッチになったのだろう、今後すこし心配だな。主に敵対水軍が。


 ところでいまだ大砲はライフリングもない原始的で命中精度の悪いものしかないからな。旋盤の製造試作も始めるとかなんか言ってたが、蒸気機関の改良と並行してできるもんなんだろうか。まあそこは専門家に任せるしかないけれど。


「さてそろそろ刈り入れだな。今年もいまいち暑さが足りなんだが今のよく育った苗を植えるやり方のお陰で最近は収量が安定しておるな」


 ポット苗のお陰で大凶作と言うほどにはならないので周辺他家よりは余裕がある。


「左様ですな。しかし急に領が広がり人も増えたので余裕はございませぬ」


「それはやむを得ん。しかし来年は荒田(こうでん)がいくらか使えるようになるから、かなり余裕が出るだろうな」


 領土は増えたが人はまだまだ少ない。和賀川の周辺や北上川周辺の荒田に人を入れて改修しているので来年からは収穫が増えるはずだ。牛馬も増えてきたこともあり畜耕が広がって荒田を修繕するのもずいぶん早くなった。


「乾田を少しずつ増やしていきたいな」

 

 乾田は水の管理と肥料の管理ができるなら今の湿田よりも収量が増えるはずだ。幸い硝石の副産物である堆肥がある程度供給できるようになり、遠野盆地以外でも使えるようになってきたから乾田を増やす見通しがたったといえるかな。あとは水路整備と取水設備の構築だ。


「そうなれば大宮様の許で数学を学んでいるはずの建設寮(予定)の竹丸のところへ話を持って行くか」


 水路設計となると傾斜の計算やら水路幅の計算やら必要なものがある。それらについてはまずこの遠野盆地でやってみて、うまく行けば和賀の地も新たに開墾できるだろう。毒沢にも用水路を整備したいがあれは確か田瀬ダムがあってこそだから今の技術では再現不可能だな。巨大ダムは不可能なのでとりあえず小さな堰堤で技術の蓄積から始めよう。治水にもなるしね。


「んーと私は遠慮しておくね」


 どうしたことか今日は雪は付いてこないそうだ。まあそういう日もあるだろうから仕方が無い。とりあえず清之と二人学校へと向かう。


「水路か。せやかて数学が必要なんかえ?」


「はい、効率よく水を流すために水路の傾きなどを考えねばなりませんので」


「そういうもんか。まあそれならあても手を貸しましょ」


「それとですね、大宮様にはまた上洛していただきたく」


「なんや忙しいな。まあ寒い遠野で正月をこすのは辛いからそろそろ上洛する気やったけど」


「ご無理を申しまして恐縮ですが、その際に大内周防権介殿に使者として赴いていただきたいのです」


「ほぉ、そらまた大役ですな。狙いはなんですかな」


「まずは明からの貴重な書物や食物、あとは遠野で飼える畜類を得ることです。もう一つは前将軍を神輿に上洛すると小耳に挟みましたゆえ」


 家畜、特に欲しいのはヒツジとヤギだな。ヒツジは毛と肉が、ヤギは肉と乳用に欲しい。他には大陸の牛馬に豚鶏も欲しいけど優先順位としてはヒツジが最も欲しい。寒いからねセーターほしいんだ。


 あとは今の大樹には嫌われているようだから、予め前将軍に取り入っておけば悪いようにはされないかなと。兵は出せないので馬を贈るくらいしかできないけど。


「なるほどな。まあ武家のあれこれは興味あらへんけど、世話になってる神童はんの頼みやしな、ええであてが行って来たるわ」


「ありがとうございます」


「かまわんかまわん。それより早速水路を作るところを見に行こか。竹丸、そなたも用意しぃ」


 そう言うと大宮様はすっかり慣れた風に馬にまたがる。


「大宮様もすっかり騎馬が上手くなられましたね」


「ほっほっほ、輿や牛車に載せられるより気軽やからな」


 まあ確かに。そんな感じに雑談をしながら白岩を流れる小さい川のほとりまで出る。


「この小川から水をひくのか?」


「はい、まずは小さいもので経験を積み、より大きなものを作ろうかと思っております」


「なるほどのう。ここから水を引くんならろくに計算せんでいいような気はするけど、そういうことならまあええか。それと田も改良したいとな」


「はい。農耕用の牛馬が増えてきましたので今の歪な形から四角くまとめるのと、この沼のような田では牛馬が入れませんので改良しようかと」


「ふむふむ田のことはあてもさすがにわからしまへんから、そちらは神童はんに任せよか。田の面積の求め方は教えたやろ?」


「はい、問題ございません」


 そう言うと翌日から測量の実地と言って生徒たちを連れ出して測量と計算を始める。そしてこの白岩の地に農地改良試験区という札を立てる。


「うむうむ、これはええ勉強になりますな。しかし農地改良試験区か、ほんまおもろい言葉をようかんがえますな」


「お褒めに預かり恐縮です。ところで後ほど測量が優秀だったものを何人か選んでいただけますか」


「任せとき。せやけど今年の作業はそろそろ終いや。あても上洛せなあきまへんからな」


「色々と有難うございます」


 これでこのあたりの地図作成もできるが、もちろん機密文書になる。測量の腕が良かったものも数人得られたら、そいつらはいずれ測量部に回ってもらうことにしよう。


「さて左近」


「なんでございましょう」


「そろそろ斯波孫三郎は京についた頃かな」


「おそらく」


「花巻城を落としたので手土産もって上洛か」


 すこし僻みっぽいかな。


「どう致しましょうか」


「しばらく奥州に帰ってこれぬよう足止め、いやあちらには野盗も多かったな。けしかけて可能なら亡き者にしろ」


 中途半端に泳がせたのが悪かったかな。雪が言うには来年は義澄が失脚して義稙が将軍に返り咲くようだし、畿内が落ち着かないうちに斯波を得たいが父上は今の所領に満足してしまっているからな困ったことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る