第二百六十六話 永正の錯乱

御所 第11代将軍足利義澄


 水無月に起きた管領細川右京大夫政元暗殺から御所の気が淀んでいる。奥州に行きたいとか吐かしておったが、行水している最中に山城下郡守護代香西元長に殺された。香西元長は討ち取られたが細川京兆家は家督を巡って内紛をおこしおったわ。お陰で忌々しい細川政元の影響を幕府から排除することはできたが、京兆家の家督を得た右京大夫六郎澄元めが大きな顔をし、政を取り仕切っておる。さらに前将軍足利義材、いや今は義尹(よしただ)と名乗っておったか、が大内にそそのかされて上洛の準備を始めたという報せが寄越され、皆沈鬱な面持ちとなってしまった。


「右京大夫よ、大内追討の綸旨は西国にやったのだな?」


「間違いなく。しかし前将軍を抱えた大大名である大内に対抗できぬようです」


 将軍は余だというのにどいつもこいつもなめやがって。


「西国が頼れぬと言うなら東国だ」


「六角が兵をだすでしょうか」


「出させるのだ。それとさらに東国、尾州家と今川に兵をださせれば良かろう」


「尾州家と今川は犬猿の仲でございますぞ」


「ではもっと東国よ」


「と言われましても坂東は伊勢と関東管領、古河公方らが争っておりこちらに回せる兵はおらぬでしょうから最上か大崎でしょうか」


 どちらも最近はあまりいい話を聞いていないな。


「その二家では遠くてこちらに兵を出せないだろう」


「大樹、ここは周防権介と和睦なさっては如何でしょうか」


 そういうのは右京大夫の家臣、三好筑前守行長。


「筑前守よ右京大夫の家臣の立場で越権ではないか」


 武田治部少輔彦次郎(元信)が異を唱える。


「何を仰る。しからば治部少輔様には何か御妙案がおありで?」


「ぬ、ぐぅ」


 管領が九郎澄之になってからと言うもの三好の増長が目に余る。陪臣の身でありながら余へと直接物を言うなどな。しかし他に良い案がないのも確か。


「それでは筑前守に任す。良きに計らえ」


「ははっ」


 筑前守は笑みを湛えながら、民部少輔(細川高国)など他の幕臣は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「沈鬱な話というのもしんどいのう。そういえば先頃討ち死にした左兵衛尉の嫡男が小さいとはいえ城を落としたそうでございます」


「それで?」

 

 斯波とは言え奥州の田舎ではな。しかも前当主が国人ごときに討ち取られ足利の名に泥を塗った斯波だ。


「まだ八つだと聞いておりますが、今少し大樹に挨拶したいとの願いの文が来ております」


 親の汚名を殺ぎたいのであろうか、挨拶にくるというなら断るわけにも行くまいて。


「童の話など聞いても仕方が無いが、まあよかろう。好きにさせておけ」



鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「ええっと、永正の錯乱っていうのか?」


 花巻城は奪えなかったけど、小山田と豊沢川以南の土地を得ているのでまずまずの結果だ。小山田は稗貫の分家筋だしいざとなれば稗貫郡を得る口実にはなるだろう。まあそれも大事なんだが、京では六月に管領細川政元が殺されたというニュースが飛び込んで、と言ってもすでに八月も半ばだけど、きたもんでその影響がもっぱらの話題だ。


「そうよ。子供のなかった管領、右京大夫様は何を思ったのか三人の養子を貰っちゃったのよね。で最初に家督を譲るつもりで九条家から迎え入れた澄之(すみゆき)様だったけど、細川家に関係ない血筋だからってことで批判を浴びて讃州家から澄元さんを養子にして家督を譲る約束しちゃったのね」


「それでキレた澄之様の一派が入浴中の管領サマを襲って殺したってことか」


 なんで管領ともあろう人がそんな頭の悪いことをって思ったけど、秀吉も似たようなことしてたな。あっちは養子にした秀次に切腹させてたけど。


「そうよ。で、細川澄之様が京兆家の家督を継ぐんだけど、今頃澄之様は澄元様に殺されたんじゃないかな」


 うん?一年も立たずに管領が二回も変わるのか。短命政権も良いところだな。それにしても相変わらず情報伝達が遅いなあ。まあ普通に歩いていったら一ヶ月かかるから仕方がないけど。


「ここからが厄介なんだけど」


 すでに厄介でよくわからないんだけどまだあるのか。


「これから大内義興様が前将軍の足利義稙、今はまだ義尹様ね。を神輿にして上洛をしてくるの」


「それで今の将軍、足利義澄様が迎え撃つんだな?」


「うーんと、確かね戦わずに逃げちゃうの」


「は?」


「一応和睦しようと細川高国を交渉役として差し向けようとしてたんだけど、澄之様を討った三好之長、これは三好長慶のお爺さんなんだけど、細川澄元様を管領に押し上げたとかで結構横暴だったようでね、高国さんが大内側に着いてしまったから戦えなかったのよ」


 権力闘争怖いんですが。こんなどろどろでよくまあ室町幕府が保ってたな。いやだから滅びたのか。


「んーと何れにせよ今は大内義興におべっか使ったほうがいいのかな」


「えっと、そうかも?」


「斯波孫三郎は今の将軍に挨拶に行ったんだろ?そしたら次の将軍からはあんまり良いようには思われないだろうし」


 西国の大大名がこんな田舎の小領主になど意識もしていないだろうけど。


「そういえば斯波の若様を暗殺しなかったのはなんでなの?」


「先代が戦死して母子で争って瓦解すると思ってたんだよ。まさかこんな形で裏切られるとは思ってなかったんだ」


 ちょっと見くびりすぎていたね。というか斯波孫三郎は前世でどんな人生歩んでいたらあんなことができるんだろうか。


「まあこれ以上手をこまねいていてもしょうがないから手を打たないとね。父上に相談しなければならないのと、左近いるなら入れ」


「失礼いたします」


「今の話は聞こえていたか?」


「姫様との睦言に聞き耳を立てるほど野暮ではございません」


 ずいぶん味気ない睦言だと思うけど。


「上方にいくらか人を入れておったであろう」


「はい。それが?」


「その中からでいいので大内に人を遣ってくれんか」


「御意。しかしなぜ大内に?」


「日ノ本一の大大名の動きは知っておきたいのだ。それと前将軍の動きだ。この混乱を利用して将軍に復帰することを考えておられるかもしれん」


「承知いたしました」


 本当に聞いていなかったかどうかは分からないが、とりあえず左近には下知を下したからあとは父上だな。


「父上少しよろしいでしょうか」


「孫四郎か。入れ」


「失礼いたします」


「今度はどうした。花巻城をやはり攻めたいのか?」


「それはもちろん。しかし今はその願い事ではございません。管領が暗殺されたことで前将軍が大内とともに上洛するとの噂が流れております」


「なんだと!誠か?」


「保安局に命じて確認しておりますがどうやら間違いはなさそうです」


 まあ保安局じゃなくて雪の知識だけどな。


「そうか、しかしそれがどうした。まさか前将軍に誼を贈れというのか?」


「いえ、大内に誼を結ぶのです」


「孫四郎、そなた大樹が敗れると思っておるのか」


「父上、大内は日ノ本一の大大名です。如何に大樹と言えど大内を相手にして確実に勝てるとは……」


「ぐっ……、いやしかし細川家が管領家があるだろう」


「京兆家の家督を巡って家中で争う細川家がどれだけ戦えるでしょうか」


「むぅ……」


「それと以前から大内とは誼を結ぼうと仰っておられたのは父上や守綱叔父上ですよ」


「そういえばそういうことを言ったな……はぁ」


「はい。明からの珍しいものを手に入れるには大内と誼を結ぶ必要がございます」


「なるほどたしかに明の書物は必要だ。だが良いか、前将軍とではないぞ。あくまで日ノ本一の大大名たる大内と誼を結ぶために使いを送ることは許そう」


「ははっ!我儘をお聞き入れいただき有り難く存じます」


 まあ大内と仲良くなるついでに前将軍に贈り物をするくらいは良いだろう。さてそうと決まれば支度をせねばな。

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