第二百六十五話 斯波がまとまってしまいました

高水寺城 斯波孫三郞


「何!?稗貫左衛門佐が殺されただと!」


「はい、阿曽沼から降伏するよう文が来たようで、身の振り方を評定で検討した後に、ということだそうです」


 なるほど左衛門佐がどう判断したかわからんが、いずれにせよ反発した家来に刺されたのだろう。


「ふむ、兵は今どれだけ出せるか!」


「近習のみで百いくかどうかでございます」


「それで良い!阿曽沼が出て来る前に稗貫を獲るぞ!」


「し、しかし大将はどうなさるのですか?」


「俺が出る。具足を持て」


 もしもの為に用意していた具足をつけているところに岩清水右京が駆け込んできた。


「わ、若様!兵を挙げられるとは一体どういうこと……!そ、その格好は!」


「おお、右京よ来たか。稗貫が殺されたのだ阿曽沼に手を伸ばされる前に出るぞ。そなたもさっさと支度をせんか」


「しかし若様!っ、細川長門、貴様かぁ!若様をそそのかしたのは!」


「おお右京殿、いやはや未だ童だと思っておった若様であるが斯様にご立派であるぞ。そなたも急ぎ支度なされよ」


 しっかりと甲冑に着替えてきた細川長門守が岩清水右京を煽る。


「長門!貴様傅役でありながら若様をお止めせぬとはどういうことだ!」


「右京よ、長門には俺が命じたのだ。このことは誰にも相談しておらぬ。その間も惜しいのでな。稗貫を我が物にし、かつ阿曽沼や他の家に対する良き牽制になる」


 むしろここで取れなければ阿曽沼との差が広がり取り返しがつかなくなるだろう。悠長に構えている暇はない。


「孫三郎!そなた兵を出すというのは誠ですか!」


「これは母上、嘘を申してどうするというのです。大炊助にも兵を出させてください」


「長門守に右京亮、なぜ孫三郎を止めぬか!」


「母上、これはもう決まったことなのです。止めるとあらば母上であろうと許しませぬ。そこをお退きください」


「ならぬ!まだ元服もしていない我が子を戦場に行かせる母がこの世のどこにあるというのですか!」


「母上、お叱りは終わったあとに伺いましょう。右京よ母上を取り押さえろ。我らは先に花巻城に向かう」


「ぎ、御意」


「こ、この親不孝者!お待ちなさい孫三郎!孫三郎ぅ!」


 今は母上の小言に付き合っている暇はない。馬にまたがり激を飛ばす。


「この一戦は当家にとって重要な一戦だ!遅れれば阿曽沼の伸長を許すことになる!名門斯波の復興の為、遅れることは許されん!間に合わぬものは捨て置け!能う者のみ付いて参れ!いざ出陣!」


 急いで、とはいうものの速歩での移動になるので途中一息入れることを考えると一刻ほどはかかるか。



高水寺城 岩清水右京亮


 奥方を女官たちとともに奥の間に押し込んだが、ずいぶんと骨が折れた。子を思う親の気持ちというのはわからぬではないが戦より疲れるな。


「いやあしかしあのときの若様の気迫は恐ろしいものでしたな」


「おお、大炊助か。見ていたなら助けてくれても良かったろう」


「いやいやあのような場に踏み込めるほど某は豪のものではないのでな」


 ち、調子の良いことを言いやがって。おおかた奥方の目につかぬよう隠れておったのだろう。


「まあいい。それより若様を危険に晒すわけにはいかん。急ぎ支度して追うぞ大炊助!」


「無論だ!しかし若様のあの仰り様はとても童とは思えませぬな。若様がおられれば斯波も安泰ですな!」


 ふん、まあ確かにな。並の童であれば何もできないであろうにあれだけ啖呵を切り挙げ句、兵を率いるなどこれは将来が楽しみなのは同意だ。大炊助と同じ思いなのは癪に触るがな。


「ふん、足軽を集めよ!若様の後詰をする!準備ができたものから出陣じゃ!」


 領内の村という村に触れを出し徴兵する。もどかしいがここはしっかりやらねばならん。しかしながら若様はまだ八つでしか無いのになんとも立派なことだ。あのお年で命のやりとりは無理であろうからな。急いで支度をしてお助けせねば。


「俺が行くまで若様を頼むぞ長門!」


 若様に遅れること二日、漸く千の兵が集まり高水寺城を出る。すると梁田中務少輔が駆け込んでくる。


「おお中務!どうしたそんなに急いで」


「若様が!」


 な、まさか若様の身に何かあったのか!


「花巻城を落とされたぞ!」


「な、なんだとぉ!い、いやいずれにせよ阿曽沼が出てくるやも知れぬ。みな急ぎ花巻城に向かうぞ!」


 なんと早く攻め落とされるとは、この右京の目をもってしても見抜けなかったわ。


 急いで兵を進め、夕刻ころに花巻城に着くと確かに二つ引き両が城のそこここに掲げられている。城門をくぐると未だ捨て置かれている死体がいくつかあるがそれほど激しい抵抗はなかったように見える。


「おお右京ようやく来たか。若様が評定の間でお待ちだぞ」


 長門に連れられ評定の間に入ると鎧を脱いでくつろいでいる若様が座っている。


「おお右京よ来たか。後詰めを連れてきてくれて助かるぞ」


「は、いえ、それは当然ではありますが、あまりに鮮やかな城攻めにこの右京感服致しました」


「はっはっは、なに当主が殺されて戦意もろくに無かったからな」


 右手、下座に目を遣ると稗貫の一門と思しき者たちが怯えたような顔で我らを見ている。


「取って食おうというわけでは無かったのだがな。すっかり畏れられてしまったわ。時に貴様、新堀と申したか。城を開ける支度をしておったのだな」


 新堀と言うもの、以前見かけたことのあるような気がする武将が口角を上げて若様を見ている。


「貴様が左衛門佐をあやめて城を開け放ったのだな」


「はっ!阿曽沼に降るなどと妄言を申しましたためこの手で討ち申した!」


「なるほど、それは殊勝。褒美を取らさねばならんな。近うよれ」


 歓喜の表情で新堀が若様に近づく。手の届くところまで新堀を呼び寄せると若様はおもむろに立ち上がり短刀を取り上げる。


「見事であろう。これは亡き父上の形見の一つだ」


 そう言いながら刀を抜き刃文を眺めている。新堀なんぞに短刀とは言え貴重な先代の刀を与えるとは何ということだ。その新堀は感極まったようにひれ伏している。


「これを与えようと思う」


「は、はは!まことにありがとうございます!……えっ?」


 新堀が平伏したところで若様が短刀を翻し、背中に突き立てる。


「ごふっ!な、なぜです……」


「貴様のような主家を裏切ったものはまた何れ裏切るであろう。貴様のような蝙蝠野郎は当家には不要だ。しかしこの城を明け渡した功績を汲み、この俺自らが其方の首をもらい受ける!」


 驚きと痛みで動けない新堀某という武将の首を情け容赦なく一刀で切り捨てる。


「さて蝙蝠野郎は消えた。稗貫の一門よ其方等の敵はこの斯波孫三郞が獲った。残りたいものは残り、去りたい者は去れ。止めはせぬ故好きにしろ。長門、中務、右京!其方等は阿曽沼が出てこぬか見張れ!大炊助は内政に手を貸せ!」


「御意!」


 敵味方にかかわらず裏切り者への言い見せしめになっただろう。八つだというのにとんでもない大将だぜ。


「これはもう地獄までお供するしかねぇな」

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