第二百六十四話 稗貫の落日
稗貫城 稗貫右衛門佐晴家
「阿曽沼が降れと」
「ああ、和賀だけで無く江刺まで得たのだ。もはや我らに負けることは無いと思っているのだろう」
「悔しゅうございます」
それに対して我らは亀ヶ森と大迫を斯波に奪われ、凋落の一途だ。こうなれば斯波か阿曽沼に飲み込まれるのはそう遠くは無いだろう。
「そこで皆の意見を聞きたい」
「殿!ここは戦うべきでしょう!」
「そうです!降るにしても舐められぬよう、一当てするべきです!」
「いやいや其方等のいうのもわからんでは無いが、ここはおとなしく阿曽沼に降り機をうかがうべきでは無いか?」
「なにをいっておるか!家格の劣る阿曽沼に降るなど、稗貫の名を何と心得るか!」
色々と言葉が飛び交っているが概ね主戦派が多いか。しかしこの期に及んで家格か、果たしてこの稗貫は誇るだけの格はあるのだろうか。
「あぁ皆の意見はよくわかった。その上でだすまぬが先ずは稗貫の家を遺すことを優先したいのだ」
「殿の仰りようはよくわかります」
降伏すべきと言うのは、当家の分家筋といわれる小山田五郎左衛門。阿曽沼領に最も近いことからまずこやつの所領で戦になろうからな。
「ふん、貴様は阿曽沼に近いから戦で荒らされるのがいやなだけであろう」
「何をいうか新堀!貴様なぞ斯波に近いから何かあればすぐに逃げる魂胆では無いのか?」
「なんだと小山田ぁ!分家筋だからって舐めてんじゃねぇぞ」
刀を抜く一歩手前で回りに取り押さえられる。これでは阿曽沼と戦う前に家が割れそうだな。落日の家などこんなものか。
「そこまでだ。当家は阿曽沼に降る。これに不服なものは申し出よ、感状を用意する故斯波にいくが良い」
どちらに降りるにせよ我らの地が戦場になるのは必至。であれば少しでも条件の良い家に降るべきであろう。
評定を終え、酒宴を催し、一人書院にこもる。阿曽沼への降伏の文と斯波への感状を書いていく。
「殿、少しよろしいでしょうか」
「其の声は新堀長門守か」
「は、昼の議でお恥ずかしいところを見せてしまい、謝りに上がりました」
流石に昼間のやり取りを恥じたか。小山田土佐守はこやつを猪武者と言っておったが、なんてことは無い。しっかり分別が付けられるではないか。そう思い襖を開けると、脇差を抜いた新堀長門が立っているではないか。
「な、何の真似だ……」
「貴様は所詮石巻(葛西)から送られてきただけの当主、この地への執着は我らほどでは無いのだろう」
「な、何を言うか!儂とて!」
「稗貫の名を汚す咎人め!天の名において誅してくれる!」
そして左胸に暖かい感触がした後、身体が冷たくなった気がして暗転した。
◇
鍋倉城 阿曽沼小初位下守親
「殿!一大事!一大事でござるぅ!」
「なんだ茂左衛門、騒々しい」
「稗貫右衛門佐殿が殺されましてございます!」
「なんだと!どういうことか!」
まさに寝耳に水とはこの事か!
「父上、大きな声をお出しになるとは一体どうしたのです?」
「孫四郎か。いやはや稗貫左衛門佐が殺されたらしいのだ」
「ええ!誠ですか?」
「ああ、儂も今聞いたところだからな。茂左衛門、詳しく話してくれ」
どうやら朝になって小姓が起こしに行ったところ、胸を刺されて死んでいる稗貫左衛門佐が見つかったらしい。
「その死体に天誅と書かれた紙が置かれてあったといいます」
「むぅなるほどな。もしかして儂が送った降伏を促す文のせいであろうか」
「父上、保安局の者を使って裏をとりたいと思います」
「うむ、頼むぞ」
「それと斯波が出てくるでしょうから戦の御支度を」
「う、うむ」
今年は兵を休めたかったがそうもいかんな。しかし孫四郎はまたずいぶんと好戦的になってきたな。所領が大きくなって気が大きくなったか、将としては頼もしいところではあるのだが猪武者ならぬか少し心配だな。
◇
鍋倉城 阿曽沼孫四郎
稗貫の当主が殺されたか。大方当家に降るかどうかでこじれて家臣にやられたのだろう。おっかないね。
これで稗貫郡が荒れるな。おそらく一部は当家に降るだろうが、残りは独立するか斯波に付くかするだろうから、少数でも良いので早く兵をだしたほうが良いんじゃないだろうか。兵は拙速を尊ぶともいうし動くときはさっさと兵を動かした方が良いだんじゃないかな。
「やっぱ俺の兵が欲しいなぁ」
「あは、若様また言ってる」
「ああ、雪か」
「そんなに兵が欲しいならさ、若様自分で作っちゃえばいいのよ」
「簡単にいうなぁ」
流石に数え十歳ではなあ。もう二、三年もすれば元服だろうからそうすれば兵を持てるようになるだろうから待つしか無いか。
「えーでも大槌さんとか守儀様にお願いしたらそれなりの軍ができるんじゃ無いの?」
「まあそうかも知れないけどさ、十勝守は海軍と蝦夷地開拓があるから陸軍に人が割けられないな。守儀叔父上は確かに味方になってくれるかも知れないけど、そんなことしたらお家騒動になってしまうよ」
家を割ってまで急ぐことじゃないからなあ。それに今の両親に愛着もあるし、かわいい豊や大千代、それに今年か来年かには生まれる弟妹を考えればそんな選択肢は選べない。
多少不利になったとしても、生まれた当初の最悪の状況では無いからなんとかなるだろうし、なんとかするさ。長男だもの。
「雪だって清之やお春に清次郎が殺されてしまうかもしれんのだぞ?」
「あーそっか、それはちょっと勘弁して欲しいなあ」
「だろ?だから生きてこそ得られる栄光をこの手に掴むまで、今は耐えなきゃいけないのさ」
「なんかそれ、ちょっと負けフラグっぽく無い?」
「そ、そんなことないさ」
え、大丈夫だよね?
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