第二百六十三話 養蚕は斜陽産業だったようです

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「で、孫四郎よ。この夏の間に稗貫を落とそうというのか」


「はい。我らは力をつけましたが、斯波は我らを警戒しております。じっくり我らの戦力が整うのを待っていては斯波に攻めかかられるやもしれませぬし、今年といわずともそろそろ以前の借りを返すときではないかと」


 永正元年、今から三年前か。あのときはやり返す力がなかったが今は違う。予定外に江刺郡を得たのも良かった。いまなら稗貫を落とすくらいであればなんとかなるだろう。稗貫もあれから家中がごたついているようだし。


「へへっ神童、良いこと言うじゃねぇか。なあ斯波の御所を攻める前に今俺達がどれだけ戦えるかやってみねえか」


 守儀叔父上は一も二もなく賛同してくれる。


「ふむ、たしかに我らは稗貫を超えただろう。しかしまだ和賀郡や江刺郡などは落ち着いたわけではない。今年は力を蓄え来年以降に攻めかかるのが得策ではないか。守儀も江刺郡はまだ落ち着いたわけではあるまい」


 一方で守綱叔父上は冷静に今年は国力の涵養に努めるべきという意見が出る。


「むぅそう言われるとなあ」


 守綱叔父上の正論に守儀叔父上も口をつむぐしか無い。


「気持ちとしては孫四郎と守儀に賛同したいし、守綱の言うことはもっともだ。だがまずは領内を落ち着かせなければならん。それまでそうだな稗貫が我方に降りて来ぬか文でも書いてみようぞ。しかし孫四郎もそのように焦ることもあるのだな」


 む、焦っていたか。いやそうかもしれない。蠣崎に良いように荒らされ、斯波が動きそうだというのでちょっと焦っていたかもしれない。


「父上、この孫四郎はまだ元服もしていない童ですよ」


「そういえばそうだったな。孫四郎と話していると大人のように思う時があるのだ許せ」


 父上がそう言うと周りから押し殺したような笑い声が聞こえる。まあ見てくれはともかく中身は転生してるからもういいおっさんになってるんだよな。見た目は子供、頭脳は大人、その名も……!っていうアニメを思い出したがあれも子供のフリできてないのによくバレないよな。


 とまあそんなことはどうでも良い。来年以降にむけて俺は俺のできることをするっきゃ無い。手押し田植機のお陰で少しずつ正条植えが普及してきている。とりあえず集落に一台は支給したので、これ以上は年貢を多く納めたものから順に与えるようにしよう。さながら産業革命前夜のイギリスで起きた囲い込みとあぶれ者の都市への流入を田植機で再現になるかもしれない。いずれにしても生じる余剰労働力でもって開墾に麻糸の紡績や養蚕などを推し進めよう。


「というわけでだ、葛屋よ」


「はっ。いよいよ絹に手を付けられるのですね」


「ああ、日ノ本でつくられている絹は真綿にしかならぬと聞いているが、本当なのか?」


「ええ、朝廷や御所が使う絹はすべて明から買っております」


「なんと……、それでも京の近くであれば蚕を飼っているところもあろう」


「確証はありませんが、あったと思います」


「では蚕種を手に入れてきて欲しい。それとついでに四条様への贈り物も頼みたい」


「ははっ。弁財船で堺まで行ってもよろしいでしょうか」


「無論だ。それに弁財船を欲しがるようなら売ってきても良いぞ。まあ房総沖は海が荒いようだから気をつけてな」


 真綿でも得られるなら、またおなかの大きくなってきた母上と妹たちの防寒具になるだろう。



遠野学校 阿曽沼孫四郎


「若様!今日も稽古をお願いします!」


 今日は国語、まだこの時代にはなかった言葉のようだが手習いというよりはかっこいい気がするので採用した。領を違えば言葉が変わるのは統治上問題なので言葉を統一するのも近代国家には必要だ。この時代の共通語は上方の言葉なので前世で言うところの関西弁が共通語になりますねん。まあそういう国語の授業が終わって、昼前の腹の空く時間だ。


「まあ腹が空いては戦もできん。まずは腹ごしらえだ」


 試験的に昼の給食を始めてみた。南部ではなく遠野せんべいとうすい味噌汁だけだがこれだけでも栄養状態の改善にはなるだろう。満腹とまでは行かないが無いよりはいい。


「よし、食ったら講堂に集合だ!」


「ははっ!」


 講堂に行くとすでにお春と雪が稽古をつけている。


「お、もう来ていたのか。ふたりとも精が出るな」


「あ、若様!」


「あら若様もこれから稽古ですか?」


「ああ、今日は学校の皆と稽古しようと思ってな。ふむ、お春よ皆に稽古をつけてくれぬか?」


「それは構いませんが、得物は何にいたしますか?」


「とりあえず槍だな」


 とそこで周りを見渡すと皆ちょっと嫌そうな顔をしている。


「どうした」


「大人とは言え女に稽古をつけてもらうというのは……」


 子供のくせにお春に勝てると思ってるのか、全くこまったものだ。


「ふぅむお春はこう見えてかなりの武芸者だぞ。まあ疑うなら戦ってみれば良い。なんならお春に勝てたら今日の夕餉に呼んでやろう」


 俺の挑発にいとも簡単に乗った奴らが口角を上げる。


「やったぜ。今日の晩飯は城の良い飯だ!」


「はいはい。そういうのはお春に勝ってから言え」


「では僭越ながら、毒沢彦次郎丸です。一つお手合わせ願います」


 いつの間にか稽古のときにつけることになっている胴をつけた彦次郎丸が模造の槍を手に立っている。そういえば小姓らはお春さんの稽古を受けたことがなかったか。


「ふふ、いつでもかかってらっしゃい」


「では!はああああああ!うまいメシ貰ったぁ!ぎえええ!」


 掛け声とともに突進したかと思うとサラッと流され、強かに肩をしばかれている。


「はい一本。彦次郎丸よそなた死んだぞ」


 戦場で三本勝負なんてないからな。一本取られればおしまいだ。


「はい次は誰かしら」


「くっくっく、彦次郎丸は我ら小姓四天王でも最弱。突きしかできないあいつが負けることくらい織り込み済みです」


 おいおい小姓は四人しか居ないんだから四天王もクソもないだろう。


「この小国梅助、彦次郎丸のようにはいきません!てやぁぁ!」


 おっ!言うだけあって彦次郎丸より動きが良い。しかしすべての攻撃が軽くいなされている。


「くっ!思ったよりできる!」


「あらあら、その程度で若様をお守りできると思っているのですか?まだ我が娘、雪のほうがいい動きをするわよ?」


「な、なにおぉ!でやあああ!」


 軽い挑発にのった梅助は足を払われ、バランスを崩したところをお春さんの突きを食らって伸びてしまった。


「竹丸と雪丸はやらんのか?」


「も、もちろんやります!」


「ふふっ二人同時でもいいわよ」


「なっ!」


 バカにされたと思ったのか、ふたりとも顔を赤くして襲いかかったが軽くいなされそれぞれ強かにしばかれて伸びてしまった。


「これに懲りたら相手を見た目で判断せぬようにな」


 小姓や他の者達がガックリうなだれる。


「で、若様は如何なさいます?」


「もちろん戦るさ」


 一礼して、次の瞬間枕を取らせないよう横払いで攻撃をかける。軽くいなされるが、それは織り込み済みでいなされたのを利用し石突で狙うもお春には読まれていたようで防がれる。その後はお春の槍を追い落とすように打ち付け、三段突きなど出したが躱され逆に石突で胴を突かれて、咽る。


「だいぶ良くなりましたが、まだまだですね」


 結局誰も勝てなかったので仲良く槍の稽古をして、最後に少し行進訓練をしておしまいにした。

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