第二百六十二話 蠣崎はホクホクです

勝山館 蠣崎若桜守光広


「ほぉう、こんなにも布を盗って来られたか」


「はっ!湊の蔵に山と積んでありましたんで奪ってきてやりましたよ」


「しかしずいぶんと太い糸で作った布よな」


 帆布を触りながら蠣崎光広がつぶやく。


「それと気になるのは其方が燃やしたという大船だ」


「はい、あれは見たことのない船でございました」


「一体どのような船であったか」


 河野加賀守政通が説明する。二本のマストに長く突き出た舳先、高い乾舷の船について光広にもたらされる。そして帆を畳んだ状態であったことも。


「ほぉうそれはすごい船じゃのう。その船で蝦夷の民と商いをしておったのかのう。しかしそんな大船が奪えなかったのは残念じゃな」


「大船は抵抗が激しかったため奪えませんでした」


「それで代わりに焼いてきたということだな」


「そういうことでございます」


「であればよい。それほどの大船で、一隻しかなかったということはそうそう作れるものでもあるまい」


 蠣崎光広の目的は蝦夷交易の独占による利益の独占であり、船を奪うことは主目的では無かった。とはいえそれほどの大型船を手に入れたいと思うのは戦国武将ならずとも生じる。


「しかしその大船は欲しいな。それほどのものであれば上方との交易もやりやすかろうな」


「はい、それは間違いなく」


「であれば大風の季節になる前にもう一度荒しに行くか。運が良ければ大船を手に入れられるであろう。まあ船を奪えなくとも船大工や布を奪えるならばそれはそれでよい」


 そうして次の襲撃の計画が練られ始める。



橋野高炉 長兵衛


 あれから儂は鉄を作り続けていた。安太郎らは鞴の力を増やすために水車を大きくしたが、炉底部の鉄だまりはほとんど改善しなかった。


「なぜじゃ、なぜうまくいかん!」


 相変わらずできる鉄の塊が恨めしい。


「親父、いったん休んだらどうだ。もう何日も寝ていないだろう」


「えぇい、休んでいる暇があったら少しでも考えねば。折角工部大輔様から譲ってもらったのだぞ」


「しょうがねぇなあ。なあ親父、今まで高炉を動かしてどのときのが一番できが良かったかわかるか」


 何を急に聞いているのだか。疲れた頭では反論も思いつかないが。


「春頃、それも梅雨に入る手前の一番からっとした時季だな」


「梅雨前か。梅雨の時期はどうだったんだ?」


「ああ?そりゃ雨で炉が湿気てしまう……!そうか!」


 慌てて図面を開く。


「お、おい親父、どうしたんだ?」


「送り込む風を乾かせば鉄のできが良くなるはずじゃ!」


「ええ……いやいやちょっと待ってくれ親父、その風はどうやって乾かすんだ?まさか天日干しにするわけにも行かねえぞ」


 そういえばそうか。湿気を取るとはどうすれば良いのか皆目見当もつかない。


「干すわけにはいかんが、火に当てればどうだ」


「はあ?親父、火って言ったってどうやって火に当てるんだよ」


「とりあえず送風管の下で火を焚いてみよう」


 安太郎はなんでそんなことをするんだという顔でこちらを見てくるがどうせ他に妙案が無いのだから試してみるほか無い。


「鉄の出来が良かったときを考えたらうまくいくかと思っただけなんだが、なんでそうなるんだ。ま、いいか他に言い考えも浮かばねぇし、ここはいっちょ親父の言うとおりやってみっか」


 そうして高炉に直結となっている鞴をすこし離し、鋳鉄製の送風管を設けそれに火を当てるための小さな窯を付けることにする。地面からの湿気がはいって来ぬよう穴を掘り、砕いた炭を入れて良く突き均しその上に石を組んで窯を作ることとするか。


「とりあえず鋳物の管を通してみて、どうなるか見てみないとな。んーそうと決まればちょっと寝てくるぜ。明日からまた忙しくなるぞぉ!」


 今日は久しぶりにゆっくり眠れそうだな。



十勝大津 狐崎浦幌介鯛三


 この大津に城を作るべく作業を始めてすでに二ヶ月ほどになった。この間に父上が来て、いまは釧路、そして根室に向かっていることだろう。なんでも釧路でとれる石の炭をなるべくたくさん採ってくるよう若様から言いつけられているのだとか。


「石の炭なんて何に使うんだろうね」


「さて、若様は我らの知らぬ事を知っている方ですから」


「神様からお告げを聞くと言われているが、まんざら嘘でも無いのだろう」


「あそぬま、わかさま、かみさま、あえる?」


 トメマツが不思議そうに我らの会話に入り込む。


「うーん、会えるというか、夢でお告げを受け取るのだそうだ」


「そうなんだ。あそぬま、わかさま、すごい」


 確かに神様からお告げなんてね、神職でも無いのに聞こえるもんなんだな。そのうち俺も聞こえたりしないだろうか。


「まあそんなこと考えてもしょうがねぇベ。それより鯛三さんさっさと城造り進めねぇと」


「そうだな。よし今日は掘ってでた土を沼に捨てていくぞ。ある程度沼を埋めたら、埋めていない沼を掘って湊にしなけりゃならんでな」


 十勝川の河口は概ね一〇〇間(約一八〇m)、今後船が大きくなっても問題なく入れるだけの広さはある。きっとここの湊ができたら堺や敦賀の商人も来て、ずらっと蔵が並ぶようになるだろう。


「よっし!じゃあどんどん進めねぇとな!別茶路の集落もこっちに移してしまいたいしな」


 別茶路の辺りは畑にしちまおう。若様の話では米はできないけれど麦も大豆も麻もよくできるようだから食うに困らなくはなるだろう。そして何れは十勝守様とともにこの蝦夷ヶ島を制圧したいものだ。

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