第二百六十話 ドライドック作るのも一苦労

山田村 阿曽沼孫四郎


「船渠を作りたいがこのあたりは干満差はどれくらいなのだ?」


「干満差とは?」


「満ち潮と引き潮の差のことでござるよ小国殿」


「おお、なるほど」


「それで概ね三尺ほどですね」 


 三尺となるといくらくらいだかわからないけど余り大きくはないようなので、干満差を利用した排水機構は作れない。ならポンプで排水するしかないか。


「弥太郎に余裕はあるだろうか」


「工部大輔殿はたしかいま蒸気機関とかいうものを作っておられるのでしたな」


「そうなのだが、まだあまり力を出せるものではないようでな」


 蒸気機関を使ったポンプで排水できればいいんだけどね。


「ここは一つ工部大輔に言って試作の蒸気機関と井戸のポンプを使って排水設備を作らせては如何でしょうか。何事も実際に使ってみなければ改良点は見つからないものです」


 それもそうか。であれば試作の蒸気機関を使って試作のポンプも使って耐久試験も兼ねてやろう。


「では左近、この文を弥太郎に届けてくれ」


 隣に控えていた左近に手紙を渡し、弥太郎に蒸気機関とポンプを使う旨を知らせる。


「それで若様、船渠の大きさはどれくらいにいたしましょうか」


「いまの大槌形より一回り大きな船が作れるものが良いな」


 本当は複数作ればいいんだけど、いきなり何個も作って失敗したら大変だからね。


「ところで若様」


「小国よどうした」


「カッターとか言う帆船は漁にも使えるでしょうか」


 使うのが容易なものであれば漁師にも使わせたいのだとか。たしかに漁に使えるなら少し沖合に出ることもできようから悪くないか。


「使えなくはなかろうな。帆の取り扱いに慣れたものが増えれば我らとしても助かる」


 いざという時に船員として徴発することもあるかもしれない。できればそうはしたくないけども。


「それで船渠を作るのはいいのですが、煉瓦は十分あるでしょうか?」


「ぐっ、高炉の補修用で手一杯だ。とてもこちらに回すだけの数は無い」


 登り窯は煉瓦専用では無いからな。今年中にもう一つ窯を拵えてそれを煉瓦専用にするとかなんとか。煉瓦量産の為にホフマン窯とか出来ればいいんだけどアレは確かコークス使用するんだったか。コークス製造も目処が立ってないからとりあえず使えるものを考えねばならん。


「煉瓦、というもので無くとも石積みではいけないのでしょうか?」


「いや、石積みでも問題は無い。そうか、石なら山にいくらでもあったな」


 少し掘ればいくらでも岩は手に入るだろうからそれでなんとかしよう。


「では船渠本体は石造りに致しましょう。で、門扉は如何致します」


 水圧に耐えられる丈夫な扉が必要か。やっぱり鉄で作るのが一番良さそうだが。


「門扉に必要な厚さがわかりませぬ」


「俺も全くわからん。しかし門扉に使うとなればかなりの鉄が必要だろう。作れたとしても運ぶ手立てが無い」

 

 鋳型に流し込んで門扉を作ったとしてもそんな糞重い鉄の板を運ぶ手段がこの時代には存在しない。


「小国よ何か良い案はないか?」


「ひえっ!某でございますか!?いえ、その、鉄が無理なら分厚い木の門を作っては如何でしょうか」


 俺の無茶振りにもよく答えてくれる。


「まあそうするしか無いな。定期的に更新もせねばならんだろうし、栗の木を山田に植えていくか」


 救荒食にもなるし困るものじゃ無い。遠野の山でもだいぶ栗林が増えてきた。今年の秋ぐらいにはみんなで栗拾いに行けるかも知れない。


「それと松もたくさん植えよう」


「松ですか?」


「ああ、松杭が必要だからな」


 城などの基礎に松杭が打たれている事もあるとか。鍋倉城は山を削ったおかげで確りした礫層に直接基礎を置いてるわけだが、軟弱地盤だと杭基礎にした方が良いし松はなかなか腐らないからうってつけだろう。特に今回みたいに重い石を組んで作るのだからかなり松杭が必要になるはず。


「なるほど。しかし某は松杭をどのように使えば良いかわかりませぬ」


「そうか、こういうことに詳しそうなのというと清之かな」


 ウサギの世話を頼んできたのだがちょっときてもらおう。便利使いしてごめんね爺や。



高水寺城 斯波孫三郞


 どういうことだ。阿曽沼に対抗して紙漉きを始めたがあちらは二手も三手も先を行っている。いままで石高で我らが勝っており戦えば勝てる状況だったのがあれよという間に和賀郡と江刺郡、それに胆沢郡の半分を其の手に入れてしまったでは無いか。


 まだ得たばかりで落ち着いていないが来年、再来年と時間がたてば収穫も増え、人も増え我ら斯波が数でも劣るようになるのは時間の問題だ。しかも向こうにはまだ少ないとは言え鉄砲も大砲もある。


 さらにこちらも漸く忍者が使えるようになってきたが、阿曽沼はすでに何年も使っていたのかこちらの忍者が負けてしまい、有用な情報を得られていない。


「くそっ、どうするか」


「殿!大事でございます!」


 思案していると梁田中務が駆け込んでくる。


「一体どうしたというのだ」


「我らの地に悪党が来まして」


「それがどうした。賊などいくらでもおるだろう?」


「それが倒した賊の着ていたものに稲藤大炊助の紋が入っておったのです」


「それは戦で斃れた者から剥がした物では無いのか?」


「それにしては綺麗なものでございます」


 むぅ、今は家中で争っている場合では無いのだがな。


「では大炊助を呼び出してあやつの話も聞いてみよう」


 まずいな。もしこれが阿曽沼が仕掛けた離間の計だとしたら。


「桜花!」


「ここに」


 呼び出したのは俺の護衛をするくノ一だ。身体の厚みは無いがなかなか腕が立つと言うことで身辺警護を頼んでいる。


「殿、なにか良からぬ事を考えておりませんか?」


「一体何のことだ。それより今回の騒動に阿曽沼が関わっていないか調べてくれ」


「わかりました」

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