第二百五十九話 いくらの醤油漬け
大槌城 阿曽沼孫四郎
というわけで大槌にしばらくとどまって政務を行う事になったわけだ。
「なんで雪がいるの?」
「若様の妻ですのでホホホ」
まあいいんだけど。
「習い事は良いのか?」
「そう言って一人だけ美味しいものを食べようってことね」
いやまあこの夏前が旬ってものも多いから美味いものを食ってやろうってのは間違いじゃないけど、それは目的の一つだけど主目的はお仕事なんだけど。
「それで、明日は大槌湾を船で遊覧するんでしょ?」
言い方ァ!ちゃんとカッターで強襲する部隊を置いておく場所を調べに行くんだよ。
「大砲置くとしても今の大砲なんてせいぜい1kmほどしか飛ばないじゃん。そんなので守れるの?」
「大砲と言っても命中率は低いし、現時点ではどっちかというと脅しと音が聞こえることで早期に気づかせるってのと大砲の扱いになれてもらうってのが主目的かな」
「若様、雪様、船の支度ができましたが、準備はよろしいでしょうか」
◇
荷降ろしが終わったばかりの弁財船に乗船し、大槌湾に繰り出す。
「んー、いい気持ち!最高ね!」
雪が潮風に髪を靡かせながらはしゃぐ。
「ははは、姫様は船乗りに向いてるかも知れねぇなあ」
紗綾と言う雪の下女も気持ちよさそうに満面の笑みを浮かべている。
「ふふ、考えておくわ」
にこやかに雪が答え、船乗りたちもにこにこになる。船を出してすぐ、左手に程よい浜が見える。
「十勝守よあの浜に一つ置けぬか」
「赤浜ですか。たしかにあそこなら湊からすぐですし、近くの七戻崎(ななもどりさき)には砲台がおけますし良いかと」
一つを赤浜に置くことにし、次に向かい側を見るとお誂え向きなことに白い浜が見える。
「向かいのあの白い浜にも置けるか?」
「白浜ですね。あそこも良い入り江です。ではあそこにも置くようにしましょう。他にどこか置くところはございますか?」
大槌湾はこれでいいだろう。あとは海軍機能を置く山田湾においておこう。宮古湾と釜石湾にもいずれ置くけど取り急ぎ。
大槌湾をでて海岸沿いに山田湾へと北上する。
避難港としても使えるか。半島の方にはなかなかいい感じの山があるのでそこに一つ砲台を置いて、湾の反対側、岬になっているところにも砲台を置けばちょうどいいかな。
湾内に入るとそれまでの波が嘘のように穏やかな水面となっている。
「ほぅ、これはずいぶんと穏やかな水面だな」
「ええ、半島と岬があって波が入りにくくなっています」
これだけ穏やかな海なら湊として申し分ない。大きな川も無いから土砂でうまるということもなさそうだ。まさに天然の良港といったものだろう。あまり広い湾ではないので拡張余地は少ないけど暫くは問題ないだろう。
伝作鼻と呼ばれる岬と大島の間に船を置き織笠という浜に上がると、出迎えのため待っていた小国彦十郎らがズラッと待ち構えている。大仰なことだとも思うが、必要な儀式だから仕方がない。小国らの後ろからは一目俺たちを見ようと集まった村の者たちが背伸びしたりしながらのぞいている。
「若様、斯様なところまでご足労いただき恐悦に存じます」
「うむ。この海は良い海だな。民もなかなか元気があるようで、良い政を行っておるようだな」
「いえいえそれもこれも若様のお陰でございます」
そんな世間話をしながら浜の裏手、織笠の山にある館に入る。
「ふむなかなかいい館だな」
「お褒めに預かり恐悦に存じます」
早速仕事を、と思いきやお膳が出てきて宴の様子。
「これは?」
「折角若様と姫様がお越しに成られましたので宴をと」
うむぅ、ここでも宴か。饗応してくれているのに断るわけにもいかないから仕方が無い。
「ではいただこう」
少し早い夕食となったが、ここでも初日だからかかなりのもてなしだ。新鮮なウニにホヤ、それとホタテに似た赤い貝。
「この貝は?」
「それは赤皿貝と申します。これもなかなか美味な奴でして」
ホタテの様に火に掛けてパカッと開いたものを食べてみると、なるほどホタテに負けず劣らず美味だ。
「ほんと!美味しい!」
「ささ、雪様、こちらの貝も焼けております」
「紗綾ありがとね。うん、これもとっても美味しいわ!ああ醤油を持ってきたら良かったわね」
「そういうこともあろうかと、私めが持ってきてございます!」
そう言うと紗綾が小さな樽を持ってくる。
「雪様、醤油はどれくらいかけましょうか?」
「うんとね、さじで一杯くらいでいいわ」
焼けた貝に醤油を垂らすと一気に醤油の良い香りが部屋に充満する。これは……飯テロだ!
「なあ俺も少しもらって良いか」
「はい」
うん、醤油をかけると一層旨味が増すな!
「紗綾は良い下女だな」
「でしょ?私の自慢よ」
感動したのか紗綾が泣いている。なかなか感情豊かな下女さんだね。
「わ、若様、姫様、某も醤油を使ってよろしいでしょうか」
「雪、いいか?」
「ええ勿論!」
普段はせいぜい塩を付けるくらいだったというのに、醤油で味の深みが増しいつもの魚介が一層旨くなったと皆が喜ぶ。
「そうだ小国よ」
「なんでございましょうか」
「鮭が上がってきたらイクラの醤油漬けをつくってほしいんだ」
「いくら?いくらとはなんですか?」
しまった。そういえばイクラはロシア語だかなんだかだったか。
「うむ、蝦夷地の言葉で鮭の子をバラバラにしたものだそうだ」
「そのようなものがあるのですね。承知しました」
たぶん醤油の消費量も増えるだろうから大豆畑を増やさなきゃならないな。水田の出来ないところでどんどん作らせよう。豆のさやは牛に食わせればいいし。
「イクラ食べられるんだ。やった!」
雪も喜んでるし良き良き。
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