第二百五十八話 カッターって帆船もあります
大槌城 阿曽沼孫四郎
大槌への襲撃に対して急遽評定が開かれる。
「此度の事は致し方なし。まずは被害を知らせよ」
「はは、まず大槌湊の船は粗方燃やされてしまいました。あと倉にしまってあった麻布も大半が奪われ、燃やされております。さらに家々もいくらか燃やされております」
得道が淡々と報告する。父上も淡々と報告を受けている。よくこうも淡々として居られるものだと感心する。俺も十勝守も襲撃を受けてからイライラしているというのに。
「はぁ、惨憺たる被害だな。近場に水軍がおらぬ故、儂もすっかり油断しておったわ」
「はい。まさか蠣崎がこうも早く仕掛けてくるとは思いませんでしたな」
父上と得道はこめかみに青筋を浮かべながら笑い合っている。しかし現状で仕返しする手立ても無い。
「十勝守、水軍はすぐに作れるか」
「殿、船が燃やされてしまいました故、すぐには難しいでしょう」
「関船で無くともよいのだ」
関船でなくといいか。なんにせよ水軍を育てるとなれば海上戦闘にも慣れてもらわねばならないか。まず沿岸警備隊みたいなのを作って海軍に拡大改良するとしますか。予定ではスクーナーそろえて海軍にしようと思っていたけどそうもいかないね。
「であれば十勝守、カッコをすこし幅広くして二人、あるいは四人で横座りに漕げる舟なんかは作れるか」
「あぁ、短艇ですか。それくらいなら比較的早めに用意が可能です。とりあえずカッコの幅を大きくして座面を設けるようにします」
「よし、大槌の防備に関しては孫四郎と得守に任す。二度と無いようにな」
「ははっ!」
◇
大槌城 阿曽沼孫四郎
というわけで父上は政務の為に遠野に戻った。俺は残ってしばらく大槌周辺の整備だ。有り難いことに丁度ウニの旬なので毎日、いや流石に毎日だと飽きるかな。
「というわけで海上警備を考える良い機会になった。海軍の創設はまだ先だと思っていたが、そうもいかなくなったな」
「若様、水軍ではなく海軍なのですか?」
「水軍といっても海賊だからな。印象が悪い」
それに水軍は大陸に倣ったものなのかもしれないが、大河で戦うなら水軍で良いだろうけど、この日本では海の戦いが主体なのだから海軍で良いだろう。
「はぁ、まあ某としましては呼び名は何でも良いので構いませんが、海軍となると組織を如何するのでしょうか」
組織か、どうしようかね。まっさらな状態で組織を作るってなるし、折角だからこちらははじめから近代海軍を目指そうかな。議会がまだ無いけど評定で予算や編成を議論できるようにしたいものだね。
「そうだな、海軍と言っても兵部の所属になる。で、海軍の頂点は提督とし、其の下に参謀、さらに其の下に機動艦隊、沿岸警備隊、教育機関、補給廠を置くものとしよう」
「ずいぶんと先進的ですな。最終的には若様の仰ったとおりにするとして、今はまだ人が足りませんからな」
「まあな。なので今あるものでいえば現行のスクーナーは軍用としては生産終了としよう」
「な!それでは機動艦隊とやらは如何するのですか!」
得守が身を乗り出して抗議してくる。
「慌てるな。現行の、と言っただろう」
俺の返答に得守が訳わからんと言ったような顔になる。
「高炉ができただろ」
「はあ」
「余っている銑鉄があってな、そいつを鋳型に流し込むことで大砲が容易に作れるようになってな。ただ陸で運びながら使うには重くなりすぎるのだ」
「えっとつまり船に積むと言うことですか?」
「そういうことだ」
青銅砲のほうが軽くなるんだけど、青銅を作るための銅と錫が足りないし、一方で鉄はいくらでも作れるから鉄で作った方が安上がりだ。鋳造の技術が未熟だから暴発するかも知れないけど。
「ええと、船に大砲を積むってことは上甲板に乗っけるんで?」
「いやいや、舷側に並べるんだ」
「ああ、戦列艦みたいな奴ですね」
とりあえずは試験的に左右に合計八門積んだものを作ってみよう。
「じゃあ機動艦隊はその砲を積んだ船を主体にしていくことになると。では沿岸警備隊とやらはどのようなものになるんでしょうか」
「沿岸警備隊は機動艦隊ほど戦闘に重きを置かない。おもに洋上監視と不審船への接舷と臨検を行う。もちろん必要があれば戦闘はするがな」
「では先ほどの短艇はどこで使うのです?あれは洋上監視に使えるほどの大きさはありませんよ?」
カッターでは洋上監視は確かに厳しいだろうな。
「洋上監視は一本マストの小型帆船にやらせたいんだが、手頃なのは知らないかな?」
「なるほど、一応沖合に出られる程度の小型帆船ですか。それですとカッターがいいかと」
あれ、カッターに帆船ってあったっけ?あれは手こぎボートだったと思うんだが。
「短艇と呼ばれるカッターボートとは別物です。まあカッターボートに帆を張ったものもありますが基本的に別物です。一本マストでバウスプリットに一枚か二枚の前帆をもった、わかりやすく言うと竜骨構造で前帆のついた小さな弁財船みたいなものです」
多分だいぶ語弊はあるんだろうけど、イメージはついた。
「じゃあそれで帆船の使い方に慣れさせるのも兼ねようか。できれば狼煙を上げられるようにして」
「ではそのように。繰り返しになりますが短艇はどこで使うおつもりですか?」
「湾の入り口に配置して、狼煙が上がったら出動する形にしたい」
実際の配置は十勝守に任せよう。この辺りの土地に詳しいのは十勝守だし。
「であれば追々調整致しましょう」
「あとはその出動地の近くに砲台も置いておきたいのだ」
向こうは攻撃してくるだろうから砲台も置いておければな。砲台の守りも同じ場所に置いておけば意思疎通もしやすいだろう。
「ではそのように」
「さて教育機関はなかなか難しいな。初等教育とせめて前期中等教育は終えておきたいのですぐには動けない」
幼年学校が悪いわけじゃないけど世間知らずになられても困るし、かといって海軍みたいにエリート偏重主義になられてもこまるんだよね。其の辺りのバランスはどう取れば良いのやら。まあ追々考えていこう。
「最後に補給廠だが、造船所は山田に移す予定だったな」
「ええ。あそこなら外から見えにくいですから」
「海軍の主な工場をすべて山田に作るか」
「ええ!そんなことしたら大槌に人が居なくなってしまいます!」
「まあまあ、大槌は遠野から一番近い外港で、商業港として重要だから」
「それなら釜石のほうが近いのでは無いでしょうか」
「確かに直線距離では釜石のほうが近いのだが、仙人峠を越すのが大変でな。まだ峠がなだらかな大槌の湊のほうが使いやすいのだ」
前世みたいにトンネルでぶち抜く技術があれば別だけど、今だとトンネルは掘れても小規模なものだろうし街道整備しながら少しずつ考えよう。
「なるほど、商業港と軍港を分けるのですな。しかしあそこは小友殿の領です。造船所の話はしましたが軍港となりますと……」
「何か問題があるか?」
「鮭が上がってこなくなるかも知れませんよ?」
それは困るが、軍港は必要だしなあ。
「まあ鮭は蝦夷から持ってくれば良いようにも思いますが」
閉伊川にも上がるようだから何かのおりに小友を宮古に移して鮭の研究を続けさせるかな。その際、大槌は当家の直轄地にしてしまうのも一案か。
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