第二百五十七話 海賊に襲われました

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


 さて鉄砲の量産も軌道に乗り始めた。大体全体の二割程度を鉄砲隊にする予定で今後動員数も増えるだろうから予備も含めて五百丁の鉄砲生産を依頼した。概ね二年あれば製造可能だという。その期間でまた領地が増えていそうだけど、とりあえずまとまった数を発注することで人を雇いやすくなるだろう。

 大砲も量産予定だけど、鋳型がうまくできないのでもう少しかかりそう。鋳型うまくできるようになれば金属製品の製造にはずみがつくだろうから時間がかかっても頑張ってもらおう。


 しかし蠣崎が出てきたのは面倒だな。蠣崎だけなら勝てるだろうが、その後ろにいる檜山安東は強大だ。今はまだ敵対すべきではないだろう。少なくとも北上川流域以上の穀倉地帯たる横手盆地を手に入れるまでは。


「父上、湊家(湊安東)に使いを送ってはいかがでしょうか」


「む、何故」


「一つは未だ敵対したくないということ、今一つは現時点で上方への交易路を得るためです」


 太平洋航路でもって蝦夷の幸を売ることも考えたが、太平洋側は航路の難所だらけなので日本海航路を手に入れたい。


「今までは塩竈まで船を出す以外は街道を歩いて上方まで行っておりますが、時間がかかる割に多くは運べません。これが湊家と誼を通じることができれば」


「ふむ下国家(檜山安東)を挟むことになるな」


「はい。それに関して安東が南部に敗れてからは十三湊が使えていないようで、いまだ残る大光寺を攻略できておらぬ下国(檜山)は気にしなくてよいかと」


 あとは大光寺にも接近して檜山安東を牽制するのも良いだろう。ついでに九戸や根城に対しても牽制になるだろうし。ただ気になるのは津軽海峡を通る際に蠣崎のちょっかいを受けそうなこと。今後色々ちょっかいを掛けてきそうではあるので、湊家と仲良くなって後ろ盾にしたい。それに京都扶持衆である湊家と仲良くしておけば幕府に敵意が無いことの表明には成るだろう。


「ふむ、まあよい。それはそれで進めるか」


「ありがとうございます」


 そういって下がろうとしたそのときだった。


「殿!若様!大変でございます!」


 左近が珍しく大慌てで部屋に飛び込んでくる。


「どうした保安頭、騒々しい」


「そ、それが!大槌が蠣崎の水軍に襲われております!」


 思わず持っていた扇子を落とした。


「ええい!敵の数は!」


「お、およそ関船十隻です!」


 くそ!こちらが攻める前に攻めてこられたか!スクーナーは一隻しかなく、何か火器を備えているでも無く、狭い湾内では身動きがとれないのでどうしようもなかろう。


「十勝守様が応戦しておりますが、何せ相手の方が船が多く手が回っておりません!」


 くそ、これは完全に想定外だ。今まで陸の戦いばかりだったから海から攻められるなど考えていなかった。


「大槌を落とさせる訳には参りません!父上、すぐに兵を送りましょう!」


「無論だ。すぐに動けるものだけで良い兵を集めよ!」


 父上は具足を持ってこさせ鎧を着込んでいく。二刻ほどで城内にすぐに動ける者、二百が集まった。


「これより、賊に襲われている大槌へ救援に向かう!いくぞ!」



大槌城 大槌十勝守得守


 カンカンカン!

 半鐘の音が鳴り響く。海霧に紛れて突如海に現れた蠣崎の家紋の付いた関船により湊は混乱に陥った。訓練航海に出る為積み込み中だった五番艦は蠣崎の家紋を付けた海賊に襲われ、奪われこそしなかったが、火矢により帆柱が焼け落ち、船体のあちこちが燃えた。


「くそ!敵はそう多くないぞ!よく狙って射て!」


 矢を放つが盾に阻まれ有効打にならない。スクーナーを諦めた海賊たちは陸に上がり、倉に積んでいた麻布を奪い、人を攫い、町に火を付ける。見つけて追いかけてもあっという間に海に逃げてしまい、こちらが疲弊するばかり。カッコに乗って反撃に出た者も居たが数も少なく、海賊業になれた者たちの相手にならない。


 大砲があれば、いやせめて鉄砲があれば一矢報いる事も出来るというのに、なんと情けない事か!


「孫八郎、落ち着け」


「父上、しかし!」


「遠野には人を遣った。明日か明後日には援軍が来るはずだ」


「殿や若様といえど、海の戦いには慣れておりませぬ」


 海の戦いに慣れぬ者がいくら来ようとも増援たり得ない。海の戦いを制するのは海軍なのだ。


「とはいえ増援が来たらおいそれと上陸も出来なくなるから帰るだろう。それよりも問題は蠣崎の使者が帰ってから間が開いておらんことよ」


 父上の言葉にはっとなる。そうだ、使者が帰ってから数日もたっていない。前世のように短期間で北海道と行き来が出来るわけが無いのだ。


「ということは近くに潜んでいたのでしょうか」


「八戸辺りで待機しておったのかも知れぬな」


 そうかそういえば元々蠣崎は南部の出とか若様が言っていたな。そうか昔のつながりを使ったか。そう考えていると、俺等が防備を整えたからか略奪に満足したのか海賊たちが引き上げていく。腹立たしいがよく統率のとれた動きだと感心する。


「何れこの借りは返させてもらうぞ。蠣崎め」



大槌城 阿曽沼孫四郎


 俺たちが大槌に着いた頃にはすでに海賊は引き上げた頃だった。


「兵をだすのが遅れて済まぬな」


「いえ、敵はずいぶんと統率がとれた手練れたちでした」


「やはり蠣崎か」


 父上からの問いに得守が怒りを抑えつつ答えていく。


「蠣崎で間違いありませぬが、おそらく八戸辺りに潜んでいたと思われます」


 八戸か、何れ戦う事になるだろうが厄介だな。それより何より面倒になったのはスクーナーを知られてしまったことだ。すぐに同じ物を作れるとは思わないが時間の問題でしか無い。


「父上、ここは急いで八戸を討たねばならぬかと」


「無茶をいうな。斯波も九戸もおるのだぞ」


 ぬぅぅ、であれば仕方が無い。どうせ次の襲撃もあるだろうから、砲台を設けるしかないか。


「では父上、大槌の防衛の為、砲台を作らせてください」


「砲台?」


「はい。大砲を置いて、敵の船が入ってきたら撃つのです」


 大槌を奪われることは蝦夷交易も止まり、我らの益が失われる事になりかねない。大槌湾の入り口に砲台を向かい合わせで作ろう。


「大砲はそういう使い方も出来るか。よし孫四郎、それは任せる。敵船が入って来ぬよう防備を固めろ」


「はは!」

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