第二百五十六話 蒸気機関実証機の完成

別茶路 狐崎浦幌介鯛三


 昨晩は宴会がすごかった。鮭やら鰊やら熊の燻製やらが所狭しと並べられ、夜中までどんちゃん騒ぎですっかり寝不足だ。酒が少なかったので二日酔いしなかったのは助かるが。


「うらほろすけ、おきましたか」


「おお、トメマツ、其方は元気そうだな」


 とくに普段通りといった風に囲炉裏に薪をくべる。


「えっと、あまりみられる、はずかしい」


 初々しくてたまらんな。まだ体が小さいので致さぬが。


「うらほろすけ、きょうもおおつ、いくか」


「うむ。親父に城を築くところを見てもらわねばならんからな」


 んで若様や十勝守様に報告してもらわにゃな。ついでに人足も寄越して欲しい等と考えながら、粟の粥に熊肉を入れただけの朝餉を喰らい支度をする。


「では出かけてくる」


「まってくれ」


「どうした?」


「わたし も いく」


 どうやら作業を見たいようだ。そんなに面白いものでも無いがまあ良いだろう。馬の後部に乗せてパカポコ歩く。トメマツは馬に乗るのは初めてなのでかなりきつくしがみついてくる。


「そんなに抱きつかなくとも大丈夫だぞ」


「う、うん……」


 返事はある物の腕の力は変わらない。むしろかえって強く抱きつかれて、操りにくくなったが、抱きつかれる感触は悪くはないな。むしろヨイ。



遠野先端技術研究所 水野工部大輔弥太郎


「よし!火を入れろ!」


 前世で作ったとことはあったが改めて何も無いところから作るというのは大変だった。尤も玩具みたいな物だったし旋盤もあったからすべて手作業なこの時代とは全く手間が違うが。

 炭を満タンにした窯に火を入れ、しばらくすると湯気が漏れるシューっという音が聞こえてくる。


「よし!蒸気弁を開けるぞ!皆離れていろ!」


 爆発するかもしれんからな。皆を物陰に待避させたところで牛革の手袋を履いて弁を開ける。


「動け、動いてくれよ……」


 慎重に弁を開いていくとピストンシリンダーに蒸気が流れ込み、隙間から蒸気が漏れる。ある程度弁を開けるとシリンダーから伸びた棒がゆっくりと動き出す。


「おお!」


 やがてパタパタと音を立ててシリンダーが円盤を回し始める。


「やった!やったぞぉ!いやいや高炉よりも興奮するな。やはり俺は機械屋だな」


 これで工作機械の製作が始められるな。機織りも機械化できるはずなので布の値段も下げられる。あれ、そういえば以前に孫四郎さんに機織りを改良してやるって言ったような。


「ワオ!スゴイ!コーブダイスケ、コレガ、ジョウキノチカラカ?」


「おお、ワトウか。そうだ、これが、蒸気機関だ。今はまだ出せる力は大したことはないが、近いうちに鉄をも運ぶ強力な物になるさ」


 蝦夷の三人衆が興奮しながら機械の周りを跳びはねる。あんまり近づくのは危険なので注意しつつ、一旦火を止める。


「エエー、ナンデトメチャウノ?」


「今の試運転でどこか緩んだところとか窯にひびが入っていないか確認しなくちゃ為らんからな。その確認に数日必要だ。その後殿様を呼んでお披露目するから我慢しろ」


 三人は不承不承押し黙る。


「ソウダ、コウブダイスケサマ、コレデ、ニグルマ、ヒケルカ?」


 キユニが何やら聞いてくる。車を作りたいのだろうか。


「んーむ、動かせるとは思うがどうだろうな」


 少なくとも今の出力ではどうにもならないだろう。もっと高出力に出来なければな。蒸気機関車の様に煙管式ボイラにするかな。


「オオ!オレ、コレデクルマウゴカシタイ!」


「キユニズルイ!オレモコレデクルマウゴカス!」


 スチブンがキユニ対抗して車に乗せると言っている。一方でワトウはじっくり蒸気機関を眺めたかと思うと。


「ナア、コレモットツヨイチカラダセルノカ?」


「ん?ああ、そのはずだ」


 もっと高圧に耐えられる罐や、耐圧高精度のシリンダーが出来ればより高効率になるだろうな。いずれは蒸気タービンに移行したいけど、まずは蒸気レシプロからだな。



鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「おお!ついに蒸気機関が出来たか!」


 思ってたより早かったな。これでいままで水車を作れなかった場所でも工場を建てることが出来る。さらには発電所も作れれば言うことなしだな。となると銅精錬の実用化を急がせなければ。灰吹法は一応知っている。やったことないけど。葛屋に命じて鉛を集めてこさせるか。絶縁体としての紙や絹も大事だから、そろそろ蚕を集めてきてもらって絹の製産もしなきゃな。


「蒸気機関?孫四郎、以前言っていた鉄をも動かす絡繰りのことか?」


「左様でございます。ついに試作の作動実験に成功したとのことで、点検後、準備が出来れば披露すると」


 ということで弥太郎の指定した日に研究所へと足を運ぶ。すでに準備を終え、最終確認に勤しむ弥太郎の姿が見える。蝦夷の子供3人と一郎が手伝いをし、一通り確認が終わったようだ。


「弥太郎や、具合はどうだ」


「一応今のところ異常は見られません。では早速始めます」


 そう言うと弥太郎は罐に水を汲み入れ、火を付ける。しばらくして蒸気が漏れ出てくる。


「湯気が立っておるが、これでその絡繰りは動くのか?」


「まあ父上、もう少しまちましょう」


 父上以外に豊もあまり興味が無いようで大きなあくびをしている。

 そうしてしばらく待っているとシューっと音がしてきて、弥太郎が何かのバルブをひねる。するとシリンダーと思しきところから湯気が漏れ、しばらくしてゆっくりピストンが動き始める。


「おお!動いたか!」


 思わず床几から腰を浮かす。雪は興味なさそう。得守は興味ありげだが俺ほどでは成さそう。他は何がすごいのか理解できていないようだ。


「これの改良点はどこだ?」


「若様……。そうですね、まず高圧に出来るよう罐とシリンダーの改良、それと小型化、効率を上げるために複式化などなど多岐にわたります」


 罐の改良は鉄の改良も関わってくるだろうけど重くて良いならなんとかなるはず。


「小型化は急がなくてもいい。まずは船を動かせるような力を出せるようにしてくれ」


 船を動かすと聞いて父上等が驚く。


「おい、これで船が動くのか?」


「おそらくは。しかしすぐには無理です。それに火を使いますので船自体を燃えにくくする必要があります」


 といってもすぐには無理なのでとりあえず既存の船に取り付けられないかな。


「十勝守、船に乗せる罐ができ次第、この蒸気機関を載せたい」


「なんとかしてみましょう」


 泰平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も眠れずにあやかって見たいな。大砲も載せてやればかなり脅威だろう。

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