第二百五十五話 蝦夷に鉄砲が支給されました

別茶路 狐崎浦幌介鯛三


 漸く蝦夷地にも春が来た。今日は南から暖かい空気が流れ込んで一気に雪解けが進んでいる。


「さて、そろそろ十勝守様がお越しになるだろう。皆、支度をしっかりしておけよ」


「今年は船大工を連れてきてくださるという話でしたが、こちらで船が造れるようになれば大槌との連絡も取りやすくなりますね」


 そう、今は年に一回くる以外は連絡を取る術が無い。今のところ敵襲も無く落ち着いているが、いつ何時敵襲を受けるかわからない。万一に備えていつでも早舟を出せるようにしておきたい。


「大工が増えれば城も作れるようになるからな。この場所は川に近いがいざというときに守りにくい」


「それにこれだけ大きな川ですと洪水が心配です」


「そうだな。この十勝川が海に注ぐ土地にある小高い山に城を築くか」


 名前が無いのは不便なので、川が海に注ぐ場所を大津と名付けて、周りの沼を築城ででた土で埋めよう。


「そうとなれば忙しくなるな。長老たちにも了承を得ておかねば為るまい」


 早速長老に話を持っていき、洪水時に逃げる場所であり、かつシブチャリやシュムクルと戦うときに必要だと話をしたらばやむを得ないということで許可をもらった。出来た暁には別茶路の民も守るという条件は付けられたが、それくらいなら問題は無い。


 早速木を切っていく。切り倒した木々は手頃な物は杭として川岸に打ち込んでいき、大木は造船に使うだろうから乾かしておく。


 作業を始めて十日ほどすると沖に見慣れた船が四隻写る。


「おお!十勝守様がお越しだ!みな出迎えの支度だぁ!」



十勝沖 狐崎玄蕃玄三郎得義


「おお、あれが蝦夷ヶ島か」


 鯛三は元気だろうか、怠けていないか狐崎玄蕃は心配をしながら北の大地を眺める。


「帆をたたんで錨を降ろせー!」


 船員たちが慌ただしく停泊準備を始め、太い麻縄が付けられた四つ又になった鉄の錨を落とす。そうしているうちに十勝川の河口から来たカッコが横付けするので縄梯子が降ろされ、カッコから鯛三らが上がってくる。


「おお、親父じゃないか!久しぶりだな!息災そうで何よりだ」


「鯛三!貴様こそ息災そうで何よりだ!確りこの地をまとめておるようだな感心感心」


「はっはっは。そりゃね、十勝守様から任されてるからな。ところで十勝守様は何処だい?」


 甲板を見渡すがそれらしき人は居ない。他の船に乗っているのか?


「十勝守様は今頃戦にいかれておる」


 なん、だと……。


「十勝守様来てないのかよ、はぁ、色々報告と相談ができると思ってたんだがなぁ」


 船を作るのと船乗りを置いてもらうのと頼みたかったんだけどな。戦じゃしょうがない。


「それにしても、戦かぁ、俺も戦で武功をあげたいな」


 やはり武士だからな。戦ってなんぼだと思う。


「何を言っておる、貴様は貴様でこの地の防備を任されておるだろう」


「いやそりゃそうだけどさ」


「それよりそろそろ上陸させてくれんかね」


「おっとと、そうだった。荷物を降ろすのは後どれくらい掛かるんだい?」


 船頭の千三郎に声をかける。


「おう坊ちゃん、久しぶりだな。そうだなぁ、明後日くらいまでは掛かるだろうな。其の後は釧路に向かうための積み込みで数日かかるだろうし」


 釧路?釧路とはなんだろう。


「なあ千三郎のおっちゃん、クシロってなんだ?モシリヤじゃないのか?」


「ああ、川にちなんであの辺りを釧路って呼ぶことになったんだ。其の奥は厚岸に根室だ」


 へえ、目印になるものを地名にしている感じか。字を見せてもらう。なるほどこういう感じね。


「ンモオ~」


 なんだ、海の上なのに牛の鳴き声が聞こえるぞ。


「おっと、坊ちゃんどいてくれ、若様の命で牛のつがいを連れてきたんだ。よし!降ろせー!」


 酔っているのかぐったりした牛がカッコに降ろされる。馬より持久力があるけど、まずはこの土地に慣れてもらわないといけないな。

 

「そうそう、鉄砲も持ってきたからよ。鉄砲隊付きでな」


「本当か!これで熊退治が捗るぜ!」


といってもこの大津に降ろすのは5人だけで、あと5人は釧路に配置されるらしい。後で俺も撃たせてもらおう。


「まあそう欲しそうな顔をするな。鉄砲だけならもう少し余裕がある」


 束になった鉄砲が運ばれていく。よく見れば銃床に菱で囲った三つ巴の紋が掘られている。なんでも三つ巴紋をそのままでは無く阿曽沼を示すために違いを付けたのだとか。


「おお!俺も撃てるんですね!」


「弾と火薬が少ないからあんまり撃ちすぎるなよ」


「へへっ、わかってるって」


 鉄砲を抱えて船を下り、別茶路の長老たちを前に試し撃ちをしてもらう。引き鉄を退くと同時に十間(約十八m)離れた分厚い板が割れ、別茶路の民たちは縮み上がる。


「おおー!これが鉄砲の威力ですか。話には聞いておりましたがこれはすごいですな。これなら鎧を貫くのもわかるというものです」


「ただ雨が降れば使えぬからな。弓や槍の鍛錬を怠るなよ」


 この冬はどっかの集落が襲われて全滅したとか聞いたからな。鎧も貫くこの鉄砲があれば鬼に金棒だろう。


「タイゾウ オレモ ウッテイイカ」


「おっと、むやみに使うと怪我するぞ。使い方は追々学べばいい」


 長老と村人たちが何やら話し込んでいる。一方で若い男衆は弾の入っていない鉄砲をのぞき込んだり、撃ったばかりで熱くなっている鉄砲を触ったりと興味津々といったところだ。


 しばらくすると長老が俺に話しかけてくる。


「タイゾウ、オマエ、ヨメ、トル」


「はい?」


「トメマツ、オマエ、ヨメスル」


 トメマツっていやあ十勝守様がもらったカリン殿より少し年下だが、将来有望な娘っ子じゃねぇか。


「おいおい、俺なんかにトメマツを嫁がせていいのかい?」


「ヨイ、テッポウ、カミノチカラ、ソレツカウ、オマエタチ、ダイジ」


 神様ねぇ。若様は会えるって話だったが、俺はそんなたいしたもんじゃ無いんだがな。


「まあ断る理由もねぇし、有り難くもらうよ。ってこった親父、祝言挙げるぜ!」


 親父も突然のことにびっくりして固まっていらぁ。

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