第二百五十二話 蠣崎からの使者が来ました

二子城 阿曽沼孫四郎


「兄上如何する?」


「どうにもならん。江刺殿には正直に話すしかあるまいて」


 食料や補修資材をもって来てやけに人が多く感じたんだが、その理由を最初は理解出来なかった。民がそろって逃げてきたとか、そんなのありなの?ていうか人が居なけりゃ土地なんてあっても仕方がないのに、話し合ったってしょうがないよね。やっと和賀郡をすべて手に入れて、穀倉地帯に山岳部の鉱物資源に手を付けられるとおもったらこれか。休む間もなくまたすぐ戦かな。


「しかしなぁ、民がまるごと逃げてくるってのは前代未聞だぞ兄上」


「守儀の言うとおりだ。まともに話になるとは思えん」


「しかしな江刺は三千の兵を出せるのだ当家は漸く千と言ったところだ。籠城するならともかく、野戦では勝てぬだろう」


「父上、正攻法では勝てぬとも、奇襲であれば勝てるかも知れません」


「孫四郎、何か良い知恵でも浮かんだか」


「はい。そろそろ田植えの時期であります。となれば攻囲を解いて帰ってくるのではないかと」


「それで」


「帰途の気が緩んでいるところを襲えば良いのです」


 それも岩谷堂城にほど近いところまでいけば、より一層油断しているだろう。


「なあ守綱、守儀、我が子ながら時々怖くなるのだが」


「全くだ。こんな元服もしないうちにこんな謀を思いつくとはな」


「何言ってるんだ兄上、頼もしい限りじゃねぇか。上手くいきゃあ江刺郡と胆沢郡も手に入るんだぞ。ここはやるっきゃないだろう」


 浮牛城と枛ノ木田城が孤立するが、枛ノ木田は当主が落ち武者狩りにあって死んだと聞くし、浮牛城の口内(くちない)は後回しでもいいだろう。


「はぁ、こうなってはやむを得んか。では儂は謝罪に赴く旨の文を認める。守儀、上手くやれよ」


「へへっ、まかせろ」


「では保安局に逐次居場所を知らせさせましょう。左近、頼むぞ」


「御意」


 上洛した際にはまだ北上川と胆沢川に沿った部分しか開拓されていなかったな。前世では確か日本最大級の扇状地で胆沢ダム造ることで生産力がどうたらこうたらって聞いたことがある。尤も現状では人が足りないので遠野と和賀郡の開発で手一杯になるだろうけど。


 父上等がどう考えているかはわからないけど、とりあえず獲れるときに獲れるだけ獲っておくのも悪くはないだろう。



大槌湊 大槌十勝守得守


「それでは其方等、頼んだぞ」


「お頭が居ねえと張り合いが足りねえんだがな」


「何を言っている。おまえが隊長なんだぞ」


「へへっ。俺が隊長ですか。柄じゃねぇですが悪かぁねぇですな。ま、ちょっくらいってきまっさ」


 そういう鯨次が指揮する四隻の艦隊が出港していく。これで上手くいくなら蝦夷航路と別に小笠原諸島を探す航海にでるのも可能になるだろう。長期航海になるからもう一回り大きく、そして快速を出せるよう細長く、マストも三本以上にして速度を出せるようにしよう。海流に上手く乗れば小笠原だけでなくハワイ諸島やマリアナ諸島にフィリピン、さらに琉球諸島にも行けるだろう。もっと航海術が発展すれば偏西風にのってアメリカ大陸に、貿易風に乗ってフィリピンに到達するような航海も可能になるかも知れない。全くもって夢が広がるな。


 そんな妄想に耽っていると、見慣れない船が宮古湾に入ってきたと知らせを受ける。航海上の難所である三陸沖を来るとはどこのどいつだろう。


「さて如何した物か」


 五隻目のスクーナーを見られる訳にはいかんな。六隻目も建造中でこちらはまもなく進水と言ったところだが、見られるのは不味い。


「何処の者かもわからぬうちから手にかける訳にもいくまいし、若様に文を送るか。保安局の者、誰かおるだろう。頼めるか!」


 簡潔に文章を認め、保安局の者に預ける。それと入れ替わるように湊肝煎が報告に上がってくる。


「殿、宮古に来た船は丸に割菱の紋を掲げているそうです」


「丸に割菱……菱と言えば武田だったと思うが」


 たしか武田氏がそんな家紋を使っていたと思うが、この時代にここまで船を送ってよこせたのか。


「いずれにせよ厄介な。スクーナーは釜石に、見えぬよう釜石に移動させよ」


「作りかけのものは如何しましょう。それと弁財船はよろしいので?」


「作りかけのはどうするか……そうだ弁財船の中に紛れ込ませよう。なに、弁財船は売ることも考えているものだ。多少見られても構わん」


 木を隠すなら森の中だ。まあまだ組み立てているわけではないからなんとかなるだろう。……なってくれ。


「はぁ。では急ぎ作業に掛かります」


「それと御使者をこちらにお招きしてくれ」


「ははっ」



宮古湾 河野加賀守右衛門政通


「ここが阿曽沼の地か。なるほど豊かそうだな」


 宮古湾から見ると閉伊川に沿って田畑が広がり、河口部には小舟がいくつも並んでいる。


「お、岸から小早がきおったぞ」


 二隻の小早がよってきて、隣に付ける。


「某はこの地を治める大槌十勝守得守の代官である小原藤二郎行秀である。其方等はどこから来られたか!」


「我らは蝦夷から来た。蠣崎若狭守光広が使者、河野加賀守右衛門政通である。阿曽沼殿にお目通り願いたく参った!」


 俺の返事に向こうは驚いたようだ。まさか蝦夷からの使者が来るとは思っておらなんだようだ。


「これは、失礼仕った!我が殿に知らせる故、まずはお上がりくだされ!」


 好意に従い、小早に乗り換え千徳の館に招かれる。


「早舟を出し伺いを立てます故、しばらくご緩りとお過ごし頂き、長旅のお疲れを流してくだされ」


 小原と名乗った武将が下がる。勿論見えないところから監視はされているだろうことはわかっているが、久しぶりの大地に気が緩む。


「いやはやなかなか丁寧な扱いですね」


「我らは一応使者だからな。これくらいは当然であろう」


「それもそうでございますな」


「さて、何日ほど待たされるかわからぬが、ゆっくりさせてもらうとしよう」

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