第二百五十一話 落ち武者狩りに気をつけましょう
金ケ崎城付近 枛ノ木田大炊助(はのきだおおいのすけ)
「和賀の賊が来たと思えば阿曽沼に追い払われ、落ち着いたかと思ったら今度は一揆か、留守居だというのに付いてないな」
大きくため息を吐きながら、戦装束の枛ノ木田大炊助清正が城を出る。今回のことはおそらく後ほど江刺治部大輔から叱られるだろうことを考えると足が鉛のように重くなる。
しかし岩谷堂城を出て北上川に差し掛かる頃になると違和感が大きくなる。
「ずいぶんと静かだな」
「一揆衆は帰ったのでしょうか」
「であればいいのぅ。よし、気をつけて川を渡るぞ」
小舟で川を渡っていく。宿内川に入ったところ、金ヶ崎城のすぐ側で下船するも騒ぎの一つどころか、人の気配すら無いことに気がついた。
「どういうことだ。誰もおらぬぞ」
「城に籠もっているのかも知れません」
すでに賊も一揆衆も居ないにもかかわらず人の気配がないことを不審に思い、一軒一軒確認しながら進むが、人影がないどころか食料も家財道具も一切がない。
「賊に燃やされたと思しき家はあれど、なぜ誰も居らんのだ」
城主の柏山邸に入ってみても、やはり誰もいない。こちらは塀や庭は争った後があり、死体もいくつかそのまま放置されているが邸に踏み込めば誰もいない。金ヶ崎城に踏み込んでみたものの、門は閉じられておらず、いくらかの味噌樽や炭俵が放置されているほかは禄にものが無い。勿論人も居ない。
「一体如何なっとるんだ」
「殿!書院にこのような書が!」
もたらされた書を読む。
「なになに、この度の件で責任を追及されるのが怖いので逃げます。探さないでください……はぁ?はぁあああああああああああああああ?儂だって逃げたいわぁ!」
こんな書を治部大輔殿に渡せるわけがないだろう!不味い、不味いぞ。これでは責任を負わされるのは儂になってしまう。
「柏山らは何処に逃げたかわかるか!」
「わ、わかりませぬ」
「くそっ!探せ!探し出してその首を差し出さねば儂の首が危ない!」
一刻ほどして足軽が一人の百姓を連れてくる。
「殿!一人見つけましたので連れて参りました!」
「おお!其方はどこにいくつもりだ」
「阿曽沼領でございます」
「阿曽沼だと!?なぜだ」
「敵にびびって城にこもっている様な侍と、襲われているところを助けてくれた阿曽沼様とどっちが良いかなんて聞くまでもないでしょう」
阿曽沼か。くそ!こんなのを如何報告しろってんだ。流石に阿曽沼では儂等だけではどうにもならん。しかしこのままでは……。
「おい、早く放してくれよ。さっさと阿曽沼領に行きてぇんだ」
「うるせぇ!」
いかん。思わず切り捨ててしまったわ。まあ民の一人くらいどうと言うことはない。
「大炊助様どうなさいますか」
「どうするもこうするもない。斯くなる上は俺等だけでも阿曽沼に追撃をかけるしかあるまいよ。其方は文を書く故、治部大輔殿に届けてくれ」
「大炊助様、正気ですか!」
「かといってこのままでは俺はお終いだ」
そうだこのまま指をくわえて眺めるのが一番悪い。この柏山と同じ憂き目に遭うのは必定。それなら適当に戦って敗れたといったほうがまだましだ。
「なに、一当てしたら引き返す」
しぶしぶ従う兵等をつれて丸子館に到達するがやはりここでもまるで誰もいない。
「ここもやはりだれもおらぬか」
「阿曽沼に逃げたのでしょうか」
「かもしれんな。困ったのう」
さらに進むと阿曽沼の兵等がこちらに気がついたようで慌てて戦の支度をしているのが見える。
「お!阿曽沼め、油断しておったな!それ!一矢報いるぞ!」
「おおお!」
こちらはわずか二百だが酒でも飲んでいたのか甕を抱えて寝ているものも居るのをみて、勢いよく突進する。勝てる!そう思った矢先、城から雷鳴のような轟音が鳴り響き、数瞬後、数人の足軽が飛び散る。
「な、なんだ。あの音は」
「う、噂に聞く、大砲という物かも知れません!」
そしてもう一発轟音が響く。そしてまた何人かが宙を舞う。その光景を見た足軽たちは我先にと逃げ始める。
「こ、こら!お前等!かってに逃げるでない!」
「ひいいいい!いやだ!死にたくねぇベ!そんなに死にたければあんただけ残ればええべさ」
「んだんだ!」
「な、なにを!」
足軽を切って捨てようとしたところでさらにもう一発撃ち込まれ、這々の体で逃げ出す。
「はぁっ、はぁっ。あ、あんな妖術をつかう奴らに敵うわけがなかったのだ……」
「殿、お、お待ちくだされ!」
馬はすっかり怯えて言うことを聞かないので捨てた。北上川を渡ろうと茂みに入ると、藪から槍が突き出され、そして目の前が真っ暗になった。
◇
千厩城 江刺治部大輔隆見
「和賀が攻めてきたか!」
「はい。丸子館の三ヶ尻や金ヶ崎城の柏山は敗れて城にこもっているそうです」
情けない報告にため息が出る。こちらはこちらで想定以上に大原らに粘られている。
「ちっ。大原め思ったより粘りよるわ。石巻なども兵は挙げているんだろうな!」
「そのようでございますが、何れも決め手に欠けているようです」
まったくどいつもこいつも。伊達の口車に乗ってみたかと思えば何のことはない当てにならん。
「ご、ご注進!」
そのとき岩谷堂城からの伝令が駆け込んできた。
「どうした!」
「はは、枛ノ木田大炊が兵を率いて金ヶ崎に向かいましてございます」
おお、あの盆暗がか。槍働きは二流三流といった奴だがやるときはやるようだな。伝令がもってきた文を受け取り読み上げる。
「ぬぅ、金ヶ崎城は無事と。しかし柏山と民が和賀と阿曽沼に攫われたため奪還に向かいます。か」
「ほぉう。城は無事でしたか。しかし和賀はともかく、阿曽沼が攻めてきたとは」
「阿曽沼め。思ったより狡賢いようだな。やむを得ん、攻囲を解いて帰還するぞ」
田植えもあるのでこれ以上兵をだすわけにはいかない。まずは帰り、和賀と阿曽沼に襲われた金ヶ崎城や丸子館の様子を確認にいこう。その上で阿曽沼に柏山はともかく民を返すよう脅しをかけねばな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます