第二百五十話 金ヶ崎一帯が無人になりました

相去城 阿曽沼守親


「小四郎、小五郎、兄より先に逝くとは何たる不孝か」


 中でも和賀左近将監定行の落胆ぶりは見るに堪えないほどである。つい昨日まで家督争いをしていた者とは思えない。


「殿……」


 その姿に和賀の将たちが愛想を尽かしたはずの左近将監の姿に涙する。


「少初位下様、お願いがございます」


「申してみよ」


「某は出家し、この者らを和賀家誕生の地でございます黒岩城にて弔ってやりたく存じます」


「ふむ良いだろう。家督は如何する」


「我が嫡男、二郎行儀に譲ろうかと」


「あいわかった」


 評定の間を見渡せば和賀の将らは意気消沈し、一方我ら阿曽沼の部下らは勝ち戦なのに祝えなくて微妙な顔をしている。


「せっかくの勝ち戦だ。左近将監の心情はわかるが祝わせてもらう。そろそろ孫四郎が食料なりを持ってくるはずだしな」


 そう思って宴を楽しみにしていたその時だ。


「御注進!丸子館および、金ケ崎城下で一揆が起こりました!」


 せっかく戦が終わって落ち着いたかと思ったら次の火種が勝手に舞い込んでくる。


「落ち着け、どちらも江刺の領内ぞ。儂等がどうこうすることではないぞ」


「そ、それが、一揆衆の求めでは我ら阿曽沼に従属せよということだそうです」


「はあ?」


 詳しく聞くと、和賀兵らが狼藉を働いていたときに綺羅星のように現れ、狼藉者を射殺し、颯爽と駆け抜けていったことに感銘を受けた民が不甲斐ない領主を責め立てているそうだ。


「だからと言って我らがノコノコ出ていっては一揆衆をそそのかしたと思われるだろう」


「守綱の言うとおりではあるが、すでにそう思われておるかも知れぬ。とりあえず葛西宗家も江刺も動けぬだろうから一門である我らが鎮撫に行くしかなかろう」


「葛西一門なのは神童殿だがな」


「そんな細かいことは気にするな」


 戦勝祝いでもしようかと思っていたが水を差されたな。まあ左近将監らの沈んだ気を紛らわすことはできるか。


「よし、儂自ら出る。茂左衛門、供をせよ。守綱、守儀、宴の支度は任せる」


 直垂のまま馬に乗り、騎馬隊を率いて一揆鎮撫に向かう。馬で駆けるのは気持ちがいい。


「殿、流石に軽装過ぎますぞ」


「なに、一揆衆は儂等を求めておるのだ。儂まで物々しい出で立ちでは民は耳を貸さぬだろう」


 速歩で馬を進めると、丸子館の周囲に集まっている民がこちらに気づく。


「おめさ、誰さ」


「頭が高い!阿曽沼少初位下様の面前であるぞ!」


「ひ、ひえ、阿曽沼の殿様だぁ!」


 とある男がひれ伏すと釣られてか周りのものらもひれ伏す。


「お願ぇです。ここも阿曽沼様に治めて欲しいんです!」


「んです。聞けば遠野はずいぶんと豊かになったとか。戦も強ぇし、お願ぇです!」


 いろんな方向から異口同音に声が上がる。


「其方等の願いあいわかった。しかしここは江刺の領である。儂がここを得る大義名分が無い。無いが、そうだな三ヶ尻殿と話をして見る故、道を開けてくれぬか」


 正直なところ丸子館や金ケ崎城を得ても突出部になってしまい防衛の難しい土地になるので現時点では無用ではある。丸子館に入ると城主の三ヶ尻安房守清重が出迎える。


「小初位様、よ、ようこそおいでに」


「うむ。挨拶は良い。其方は如何したい」


「如何とは」


「知れたこと。一揆衆ををどう鎮撫するのかと聞いておる」


「そ、それは……」


 煮え切らない態度に少しばかりいらつくが、戦をしに来たわけではないのでここは気持ちを落ち着けさせる。


「この土地を得るためにここに来たわけでは無い。あくまで民草の鎮撫である」


「で、では……」


「江刺殿、或いは葛西宗家からの求めに応じて返還するが、それまでの間当家で面倒を見るのは吝かでは無い」


「わ、我らは如何なるでしょうか」


「貴様等は我らの配下では無い。どうなるかなど知らん」


 臣従しているわけでも同盟しているわけでも無いので、こやつ等がどうなろうと知ったことでは無い。


「それにもう少しすれば岩谷堂城から留守居の兵が来るであろう」


 その言葉に三ヶ尻等は目を伏せる。


「も、もし能うならば我らも小初位様の元で働かせていただけないでしょうか」


 どうも先日の戦を見ていたようで、この地を治めてくれないなら一緒に遠野に行くと言い出す始末。なだめようとしたが全く聞く耳を持たないのでやむなく人のみ連れて帰ることとした。


「すまぬが火渡中務小弼よ相去城までこやつ等を連れて行ってくれぬか」


「殿はどうなさるので?」


「金ヶ崎城にも脚を運んでみる」


 三ヶ尻一族に城下の民ら併せて百人ほどが火渡中務小弼らの騎馬隊十名に挟まれ、相去城へと向かう。


「さて茂左衛門、金ヶ崎城に往くぞ」


 道中、丸子館の支城である花館でも同じようなやりとりがあり、民らは阿曽沼領に向けて北上する。


「殿、なんだか猛烈にいやな予感がするのですが」


「茂左衛門、其方もか。実は儂もな」


 金ヶ崎城に着く頃には城主の柏山伊予守重明と思しき者らが城下の入り口で伏して待っていた。


「阿曽沼小初位下守親である、其方らはなにをしておるのだ」


「某は柏山伊予守重明と申す。ついては阿曽沼様の元でこの金ヶ崎を治めていただきたく、お待ちしておりました」


 柏山、お前もか。


「其方の希望はわかった。しかし我らは葛西家が一門である。江刺とも戦をしているわけではござらぬし、その予定も無い」


 儂の言葉に柏山らが青くなる。


「こ、このままでは此度の件で我らは江刺治部大輔により誅せられます。お願いでございます!我らをお救いくださいませ」


「くどい!我らは今、この地を治める気はない」


 儂の言葉に柏山一門も金ヶ崎城下の民も表情を失う。


「はぁ、我らは荒れた和賀郡や開発の進む閉伊郡で人手が足りなくてな。もし阿曽沼領で仕事をしたいというのであれば止めはせぬ」


 一転して皆の顔色が明るくなる。全く、なんでこんなことになったのだ。人手は欲しいが、これでは江刺殿から恨まれてしまうではないか。


 後日我らの元を目指す者も居るとのことで、金ヶ崎一帯は無人となるようだ。今後のことを思うと少し胃が痛むがこうなっては仕方が無い。金ヶ崎や周辺の村の民を連れて相去城へと帰還する。

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