第二百四十九話 和賀の終焉 後
丸子館(まりこだて)周辺 三人称
「相去はあまり兵をださなかったですね」
「腹が減りすぎて兵らが動けないのだそうだ」
「なんとも情けない。目と鼻の先にこんな得物が居るというのに」
「そう言ってやるな右馬助(平沢右馬助)。それにおかげで我らの取り分が増えるというものよ。三ヶ尻の兵は館にこもったままか。よし、かかれぇ!」
和賀定久の言葉に、ヒャッハー!まってました!と言う声をあげ足軽共が丸子館周辺(現金ケ崎町)の村を襲う。ある者は麦の育つ畑に押し入って青刈りし、ある者は家に押し入って食い物を奪い、家人を縛り奴隷とする。
「ヒャッヒャッヒャ。あとはこの辺りをキレイに消毒しねぇとなぁ」
今までの鬱憤を晴らすかのように火矢を射かけ村を焼き払う。ついでに丸子館にも火矢を射かけていく。
「おおっとこんなところにガキが」
「お、おやめください、子供には……!」
「うるせぇ!じゃあまずはテメエからだ」
「い、いやぁ!そ、そんな貧相なもので!」
「ぐあああ!死ねぇ!」
其処此処で略奪や暴力が展開され、粗方略奪を終え、丸子館が燃え落ちたのを確認し次の村へと進む。
「ちぇっ、お前さんはずいぶんたくさん手に入れたなぁ。俺にも分けろよ」
「何言ってんだ。まだ次の村があるだろ」
「それもそうだな。よおし!じゃあ次の村に行くか!」
さらに入り込み金ヶ崎城の近くまで来ると柏山(かしやま)伊予守重明率いる兵が出てくるが、勢いに乗った和賀軍に返り討ちに遭い、城にこもることとなる。
「へへっ。領主が雑魚だとおまえたちも大変だな」
「ひっ……!お、お助け!」
「残念だったなぁ。ま、恨むんなら雑魚の領主を恨みな」
そのとき後続から悲鳴が上がる。
「なんだぁ?」
「た、大変だぁ!阿曽沼の騎馬兵が襲ってきたぁ!げふっ!」
「葛西家が一門たる阿曽沼小初位下守親が家臣来内茂左衛門だぁ!葛西領における乱暴狼藉、決してそなたらを許さぬ!」
叫んで逃げてきた男の首を流れ矢が貫く。あっという間に和賀軍は混乱状態に陥った。そうかと思うとさっと馬を翻し駆け去って行く。
「ええい!静まれ静まれぇい!くそ、阿曽沼は出てこないのでは無かったのか!物見は何をしておった!」
「それが、物見の足軽も乱妨取りに勤しんでおりまして……」
和賀定久は大きくため息をつく。
「阿曽沼の騎馬は多くないぞ!追撃しせめて一矢報いてやる!」
和賀定久の檄に幾ばくかの兵が正気を取り戻す。ある者は槍を、ある者は印地の手ぬぐいをもち怒りを燃やす。
「くそう、いいところだったってのに阿曽沼め」
「俺たちの食い扶持の邪魔をしようってのか」
「許せねぇ」
「んだ、許せねぇべ」
そして金ヶ崎から和賀に戻ろうと進軍を開始したそのとき、進行方向の田畑に火が付く。
「ぬぅ、こしゃくな。我らを足止めする気か」
火の無い北上川沿いを北上する。
「殿!この先で阿曽沼軍が待ち構えております!」
「な、なにぃ!嵌められたか……」
「殿、如何なさいますか」
「ふ、ふふ、ははははは!これはやられたなぁ!しかし儂とて和賀の当主!そうそうやられはせぬ!野戦ではあの大砲というやつも使えぬだろう!者共!阿曽沼守親の首ぞ!他には目を向けるな!死にたくなければ阿曽沼守親の首を獲れぇ!」
和賀定久が檄を飛ばし、兵たちが雄叫びを上げる。まさに今合戦の火蓋が切って落とされる。
◇
少し時間が遡り相去城 阿曽沼守親
「貴様が相去安芸守か。貴様が当家に臣従するというのは誠か」
「はっ。誠でございます」
相去城の評定の間、さらにその上座へと案内された。その席には相去安芸守のほか、煤孫、鬼柳、そして沢内太田といった和賀の重臣たちが居並んでいる。
「ふむ、理由を聞いても良いか」
「簡単なことでございます。勝てぬ主に仕えたい者は居りませぬ。それに阿曽沼様の元であれば我が領も富み、民が飢えることも無くなると思ってのことでございます」
煤孫等に顔を向けると同じ考えのようで、すっと頭を下げる。嘘をついている様には見えぬ。
「ふむ。まあ良いだろう。其方等の臣従を受け入れよう。では早速であるがこの館の下で和賀定久を迎え撃つ。其方等は先鋒につけ」
「ははぁ!」
逃げるようなら討てば良いし、討ち死にするようならそれはそれで良い。
「さて来内茂左衛門、おそらくこの先の村で狼藉を働いて居るであろう和賀定久らの兵を明朝に軽騎兵を率いて撹乱し、帰り際に一面に火を放ってこい」
「はは!」
「では我らは瘤木に向かい、迎え撃つ。守儀、鉄砲の準備はよいか」
「応!鉄砲隊五十人、撃ちたくてうずうずしてるぜ」
「くくく、頼もしいな。守綱、其方は足軽が足止めしたところで右翼より騎馬でとどめを刺せ」
「承知!いやあこれほど楽しみな戦もそうそうねえな。神童の作戦が上手くいったらまた頭をなでてやらねばなぁ!」
みな獰猛な笑みを湛え、来る決戦へと臨む。
◇
瘤木周辺阿曽沼軍陣地 三人称です
城を出て瘤木に陣を敷く。持ってきた柵を組み立てる。本陣は川沿いで守儀の鉄砲隊を中核とした五百の兵が待ち構える。右翼には守綱率いる三百の兵と臣従した相去等二百の兵が、その裏手には撹乱を終え戻ってきた来内茂左衛門率いる騎兵隊五十人が待機している。
しばらくすると和賀定久の軍が少し離れたところで停止する。しばらくすると、大きな声を上げ、土埃を巻き上げ本陣を落とそうと一塊となって突き進んでくる。
「弓隊、印地隊!まだ撃つなよ!本陣にとりついたら射かけるのだ!」
耐えてくれよと守綱は祈りながら、しかしどこか気持ちを昂ぶらせながらそのときを待っていた。
そしてついに本陣より白煙と少し間を置いて轟きが聞こえてくる。
「おお、斯波との戦よりも激しいな。良いぞ!では儂等も攻めかけるぞ!弓隊、印地隊!射かけろ!槍隊は儂につづけぇ!」
突然の側面攻撃に和賀軍が浮き足立つ。さらに和賀軍の左翼後方より来内らの騎兵隊が、今度はしっかりと甲冑を着て、攻めかかる。これに対し和賀定久の兵はまさに恐慌状態となり、我先にと逃げようとするが前も後ろも左側も阿曽沼に囲まれており、残るは北上川しか無いが、生き残るべく少なくない兵が雪解け水をたくさん含んだ川に飛び込み、沈んでいった。
「守儀!定久にとどめを刺しにいくぞ!」
「兄上!応ともさ!てめえ等、着剣しろ!突撃するぞぉ!」
銃弾にはまだ余裕があったが、血気盛んな戦国武将は直接首を刈るべく銃剣をつけ、槍を掲げ、和賀定久の幟をめがけ銃弾で穴の開いた和賀兵を踏み越え突進していく。
「おのれ!おのれ!おのれぇ!はぁはぁはぁ!汝等雑兵ごときに首をやれる和賀定久では無いわぁ!」
逃げ惑う和賀軍の中で数少ない小姓らとともに、押し寄せる阿曽沼兵を切り伏せる和賀定久であったが流石に疲労困憊となり、肩で息をしている。そこに阿曽沼の将で和賀定正が一番乗りする。
「兄上、いや小四郎定久、ここが貴様の墓場ぞ」
「ぬぅ!小五郎(定正)か。ふふふ、こうして貴様と打ち合うのは子供の時分以来か」
「出来ればこのような敵味方として切り結ぶことが無い世を望んで居りました」
「はっ!この戦乱の世に何を甘いことを!まあ良い、冥土の土産に最期の稽古をつけてやろう。来い!」
「兄上お覚悟ぉ!」
カカカッ!キン!
そうして始まった槍での応酬に周囲の兵等も思わず足を止める。阿曽沼守親も周りの者を制して一騎打ちを見守る。
「ふふふ、小五郎、腕を上げたな」
「阿曽沼では訓練に事欠かなかったからな!」
ガキィン!
定久が攻撃を槍で受け止めるが、これまでの戦いで弱っていたのか定正の槍にたたき折られる。そのまま槍が定久の兜を叩き、定久は膝を着く。
「兄上、ここまででございます。おとなしく縛に就いてくだされ」
「はぁはぁ、甘い、甘いぞ小五郎!」
歯を食いしばり、定久が折れた槍先を投げつけ、定正の鎧の隙間を貫く。
「ごふっ!あ、兄上……」
「済まぬな、儂もすぐに後を追う故、冥土で待っていろ」
定正の骸を横たえた定久が守親に向き合う。
「阿曽沼小初位下殿とお見受けする。こうして向き合うのは初めてでござるな」
「如何にも阿曽沼小初位下守親だ。何か言い残すことはあるか」
「ふふふ、誠に見事な武者よの。能うならば小五郎の隣に埋めてくれぬか」
「あいわかった」
和賀小四郎定久は阿曽沼守親の介錯により戦死し、ここに戦国大名としての和賀氏が滅亡した。
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