第二百四十八話 和賀の終焉 前

新平館 和賀小四郎定久


「阿曽沼はどうか」


「どうやら我らを警戒して二子と安俵とに幾ばくかの兵を入れた様子です」


「出てくる気配はどうか」


「特にありませんな」


 慎重派の八重樫丹後守が淡々と応じる。阿曽沼と事を構えることを嫌がる者たちも葛西の混乱に乗じて胆沢に乱妨取りに行くことの受け入れはいい。


「では江刺が出兵したようだからな胆沢に向かうぞ。沢内よ留守は頼むぞ」


「はは。ご武運を」


 此度は皆戦に行きたがっているので留守役がおらず、沢内は稗貫との戦に兵を寄越さなかった罰として留守役とした。途中で煤孫と鬼柳と合流し相去城へと向かう。今回は煤孫と鬼柳と相去が殊の外やる気を見せておるようで何よりだ。


「いざ出陣!」



鍋倉城 阿曽沼孫四郎


 和賀が動いた。その情報が二子城より早馬にてもたらされた。


「やはり狙いは江刺郡あるいは胆沢郡か」


「どうもそのようでございます」


 和賀はこちらには攻めてこないようだ。どうも我らの大砲や鉄砲を警戒しているらしい。そのためまだ我らの持つ武器のない江刺を狙ったようだ。稗貫を狙わなかったのは稗貫も不作だったからのようだ。


「兄上如何する?」


「和賀定久を討ち取る好機だ。守親兄上、すぐに打って出るべきだと思うぞ」


 守綱叔父上が強く主戦を推す。俺としてもすでに攻め込む前提で色々と手を伸ばしているので出兵してもらわねば困るな。


「父上、守綱叔父上の言う通りかと。ここは和賀の地を抑え、江刺に対する牽制と為すべきでしょう」


「むぅ、たしかにそれも一理あるか。よし!儂等は出陣した和賀定久を追って兵をだすと二子城に伝え、安俵城は稗貫への牽制を続けるように伝令を出せ!三日後までに出兵する。遅れた者は置いていくからな!」


「応!」


 去年はまともに戦ができなかったからか、皆の返事がめちゃくちゃやる気にあふれている。皆足早に退室すると競うように各々の館へある者は馬で、ある者は走って帰っていく。いずれもまあルンルンといった感じだ。いつか太平の世が出来たら旨くコントロール出来るか不安になる。というか家康はよくこんな奴らの手綱を握れたもんだ。

 

「守綱叔父上、騎馬隊は出せますか?」


 他の者を追って書院を出ようとしていた守綱叔父上に話しかける。


「ん?ああすでに二子城に入れておるぞ。出すか?」


「出すのは出していていただきたいのですが、少しお願いがございます」


 こそこそと、って訳では無いけどあまり大きな声を出さないように話をする。


「ほぅほぅ、なるほどな。それは面白いな」


 守綱叔父上は上機嫌で城を出て行った。


「守綱とはなにを話しておったのだ?」


「父上、はい、確実に和賀郡を得る方策でございます」


 必要なのは和賀郡であって和賀定久の首じゃ無いんだよね。生かしておいても仕方ないから首を取ってくれるのはもちろんいいんだけど。


 さて補給物資の移送を始めなければな。攻め落とすのはいいが疲弊した和賀郡をなるべく早く復興させねば広がった領を守るのも困難になってしまう。



新平館 沢内阿波守五郎太定一


「さて征きおったか」


「殿本当によいのですか?」


「何を今更言っておるか。宗主を簒奪し度々戦を興して民草を疲弊させ、それだけにあらず、ろくに戦にも勝てぬようなものは和賀の地を治めるに値せん」


 そうだこれは我らの生活がかかった行いである。失敗すれば間違いなく一族郎党皆殺しとなろう。しかし成功すれば阿曽沼の手腕によりこの土地も豊かなものになるだろう。


 我らがここを奪えば如何だとも考えたが、それはそれで結局阿曽沼か稗貫かに攻め寄られてしまうだろう。所詮俺は沢内村の少数の兵しか持っておらぬからこの新平館を守るだけの兵もない。であればさっさと阿曽沼に降りて阿曽沼家中でそれなりの地位を得た方が良いというもの。幸い誰も留守役をやりたがらなかったので新平館に残る口実も簡単に得られた。


 和賀定久が出立を初めて約半刻ほどで、館内から出兵の兵が出て行く。残っている兵を確認すると和賀定久の息がかかった兵は概ね五十ほど。こちらの配下も五十ほど。まともに立ち会えばこちらの損害も大きくなるのでここは阿曽沼からもらった強力な眠り薬を使って寝ているうちに捕縛してしまおう。


「さてあとは奥方だな。阿曽沼からは婦女子に乱暴したならば叛乱と見なすと言われているでな、逃がさぬように、しかし手を出すなよ」


「婦女子に乱暴するなとはずいぶんと優しいな」


「阿曽沼は乱妨取りなぞせんでも食えるのだろう。羨ましいことにな」


 本当にどうやったらそんなに富むのか。そういえば最近の遠野の米はこの辺りで一番旨くなったと聞く。旨い米は領外にはほとんど出てこないので食べる機会も無いのだが、阿曽沼の軍門に降ればくえるだろう。


「紙や麻布を盛んに作っていると聞いておりますし、鮭もずいぶんと捕れるようで」


「鮭も多く捕れるのか。ますます羨ましいな」


「それで得た銭や米を使って蹈鞴場も拵えているようで、阿曽沼から流れてくる鉄が増えてきておりますな」


「全くもって羨ましい限りだが、それも今日から変わることだ。兵たちにも前祝いとして眠り薬入りの夕餉を出してやれ」


 和賀定久の奥方らを差し出すだけで生活がよくなるというならばこれほど楽なことは無い。せいぜい気取られぬようことを進めねばな。

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